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第五章 贅を尽くされた部屋
夜の訪れと処刑の時間(3)
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舞台も静まり返り、食後のデザートが運ばれてきた。王族でも滅多に口に出来ない果実の氷ソルベが贅沢に盛られたプレートには、さすがのセレンティアも味を噛みしめながら口する。
他の婦人方や上位貴族もそれは同じようで、無表情のままではあったが、ターニアまでゆっくりと氷の粒を味わっていた。
燭台の蝋燭の数が減らされ、新しいワインがグラスに注がれていく。楽団も立ち去り、いよいよ公爵家サロンでのパーティーも終わりと思っていたら、舞台に台車を使って大きな宝石箱が運び込まれた。
木枠の箱に銀細工が施され、数々の色石が埋め込まれた宝石箱は、参加者へのお土産のようにも見えたが、カースティ補佐官が隣に立って挨拶をしたので、最後の演目のために運び込まれた箱らしい。
「……光栄な事にカスティアベルン王女より、当家のサロンに侍女の下賜を頂戴致しました。皆さまもご存じの通り、元老院の御子息と通じて私たち派閥の情報を漏らした罪人の女ですわ。幸運にも罪を償う機会を陛下より委ねられましたので、皆さまで断罪し、生き延びる可能性を見出して差し上げましょう!」
レイチェル夫人によって宝石箱の鍵が開けられ、長い栗色の髪の少女が姿を見せた。
王家の侍女服のまま手足を縛られ、枷を嵌められた見窄らしい姿、しかも、ずっと閉じ込められたままだったようで、蓋が開いた際には目を眩ませていた。
「……カティーナ」
「彼女は、知っている方なの?」
何年も会って無かったが、印象的な栗色の髪ときつい橙色の瞳ですぐに分かった。社交を嫌うラクトン夫人の代理として、義弟の披露目やお茶会の付き合いで何度も足を運ばせられた際に出会った、レイリンドル伯爵家の娘だ。
セレンティアより三つ年上で、お金持ちで交流も広い伯爵家だったので会いたくもないのに会合に出くわし、使い回しのドレスや貧相な装飾品を非難され、時には髪を掴まれたり追い返された事まである。常にパーティーでは義弟や義妹の乳母扱いされ、給仕係と同じ扱いを受け続けた。セレンティアを貶した数多くの令嬢たちの中でも、特に中心的な人物だった。
社交界入り後にその容貌から王家に雇われ、将来は侯爵家に嫁ぐか騎士団かと噂されていたはずだった。王宮に行ってから姿を見せなくなって安心していたが、まさかこんな場所で会うとは…。
「ええ…。義母の代理の席で何度か…。別に仲がよくもないのよ…お金持ちで、会う度に嫌味を言われたり、貶されたりしただけ」
「ならいいのよ。彼女は、派閥間の情報を恋人に漏らした罪人ですからね。この場で罪を判断されて、明日まで生き延びれば彼女は解放されるわ…。耐えきれなくて首を括れば、彼女の負けになるのよ」
カティーナは参加者を見回してセレンティアの姿に驚き、そして隣のターニアを見つけると強く睨んできた。どうやら、密告の相手はターニアだったらしい。
「———罪人の名は、カティーナ・レイリンドル伯爵令嬢。ベルン陛下の侍女として可愛がって頂いたにも関わらず、元老院の議官子息に色目を使って腰を振り、陛下や第一王女派閥の情報を元老院側に漏らした罪深き罪人です。
さあ、皆さまのお御足で、まずは穢れた女を丁寧に清めて参りましょう!」
カティーナは公爵家の兵士によって箱から取り出され、首を押さえつけて床に臥した。
ずっと箱の中でそのままの姿勢だったらしく、抵抗する力も無いように見えた。
「どうぞ、前のテーブルからお一人ずつ、卑しい娘に慈悲を差し上げて下さいませ…」
兵士によって長い髪が舞台に散らばされ、カティーナは顎を床に擦り付ける体制にさせられた。先にディルーク卿から歩み寄り、長い栗色の髪を靴のまま踏みつけていく。
参加者の婦人もそれに続き、時にはカティーナの髪を引っ張ったり、頬をつねられたりしながら宴は続いていった。貴族令嬢にとって、美しく長い髪は嗜みだった。普段は巻き上げて留めるかサイドに垂らし、男性と二人きりの時にだけ髪を解く。
貴族としての誇りの塊である長い髪を踏まれるのは、処刑される際の前段階に行われる儀式だけ。
セレンティアの番が来た際には、強がりを続けていたさすがのカティーナも涙し、ターニアで踏みつけるのが終わると、最後はレイチェル夫人が髪束を掴み上げて、ナイフで乱雑に切り落とした。
美しかった栗色の髪は埃と泥に塗れ、小間使いが用意した焚き木によって燃やされた。カティーナは燃えていく自分の髪をいつまでも見つめ、段々と気が強かった目が虚ろに変わっていく。
他の婦人方や上位貴族もそれは同じようで、無表情のままではあったが、ターニアまでゆっくりと氷の粒を味わっていた。
燭台の蝋燭の数が減らされ、新しいワインがグラスに注がれていく。楽団も立ち去り、いよいよ公爵家サロンでのパーティーも終わりと思っていたら、舞台に台車を使って大きな宝石箱が運び込まれた。
木枠の箱に銀細工が施され、数々の色石が埋め込まれた宝石箱は、参加者へのお土産のようにも見えたが、カースティ補佐官が隣に立って挨拶をしたので、最後の演目のために運び込まれた箱らしい。
「……光栄な事にカスティアベルン王女より、当家のサロンに侍女の下賜を頂戴致しました。皆さまもご存じの通り、元老院の御子息と通じて私たち派閥の情報を漏らした罪人の女ですわ。幸運にも罪を償う機会を陛下より委ねられましたので、皆さまで断罪し、生き延びる可能性を見出して差し上げましょう!」
レイチェル夫人によって宝石箱の鍵が開けられ、長い栗色の髪の少女が姿を見せた。
王家の侍女服のまま手足を縛られ、枷を嵌められた見窄らしい姿、しかも、ずっと閉じ込められたままだったようで、蓋が開いた際には目を眩ませていた。
「……カティーナ」
「彼女は、知っている方なの?」
何年も会って無かったが、印象的な栗色の髪ときつい橙色の瞳ですぐに分かった。社交を嫌うラクトン夫人の代理として、義弟の披露目やお茶会の付き合いで何度も足を運ばせられた際に出会った、レイリンドル伯爵家の娘だ。
セレンティアより三つ年上で、お金持ちで交流も広い伯爵家だったので会いたくもないのに会合に出くわし、使い回しのドレスや貧相な装飾品を非難され、時には髪を掴まれたり追い返された事まである。常にパーティーでは義弟や義妹の乳母扱いされ、給仕係と同じ扱いを受け続けた。セレンティアを貶した数多くの令嬢たちの中でも、特に中心的な人物だった。
社交界入り後にその容貌から王家に雇われ、将来は侯爵家に嫁ぐか騎士団かと噂されていたはずだった。王宮に行ってから姿を見せなくなって安心していたが、まさかこんな場所で会うとは…。
「ええ…。義母の代理の席で何度か…。別に仲がよくもないのよ…お金持ちで、会う度に嫌味を言われたり、貶されたりしただけ」
「ならいいのよ。彼女は、派閥間の情報を恋人に漏らした罪人ですからね。この場で罪を判断されて、明日まで生き延びれば彼女は解放されるわ…。耐えきれなくて首を括れば、彼女の負けになるのよ」
カティーナは参加者を見回してセレンティアの姿に驚き、そして隣のターニアを見つけると強く睨んできた。どうやら、密告の相手はターニアだったらしい。
「———罪人の名は、カティーナ・レイリンドル伯爵令嬢。ベルン陛下の侍女として可愛がって頂いたにも関わらず、元老院の議官子息に色目を使って腰を振り、陛下や第一王女派閥の情報を元老院側に漏らした罪深き罪人です。
さあ、皆さまのお御足で、まずは穢れた女を丁寧に清めて参りましょう!」
カティーナは公爵家の兵士によって箱から取り出され、首を押さえつけて床に臥した。
ずっと箱の中でそのままの姿勢だったらしく、抵抗する力も無いように見えた。
「どうぞ、前のテーブルからお一人ずつ、卑しい娘に慈悲を差し上げて下さいませ…」
兵士によって長い髪が舞台に散らばされ、カティーナは顎を床に擦り付ける体制にさせられた。先にディルーク卿から歩み寄り、長い栗色の髪を靴のまま踏みつけていく。
参加者の婦人もそれに続き、時にはカティーナの髪を引っ張ったり、頬をつねられたりしながら宴は続いていった。貴族令嬢にとって、美しく長い髪は嗜みだった。普段は巻き上げて留めるかサイドに垂らし、男性と二人きりの時にだけ髪を解く。
貴族としての誇りの塊である長い髪を踏まれるのは、処刑される際の前段階に行われる儀式だけ。
セレンティアの番が来た際には、強がりを続けていたさすがのカティーナも涙し、ターニアで踏みつけるのが終わると、最後はレイチェル夫人が髪束を掴み上げて、ナイフで乱雑に切り落とした。
美しかった栗色の髪は埃と泥に塗れ、小間使いが用意した焚き木によって燃やされた。カティーナは燃えていく自分の髪をいつまでも見つめ、段々と気が強かった目が虚ろに変わっていく。
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