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第五章 贅を尽くされた部屋
ヘイヴェン侯爵令嬢(3)
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「——血の繋がった。従姉妹ですものね、レイチェル夫人と貴方は…。このサロンから、逃れようがないかもしれないわ。リグレット様の娘と聞いたけれど、貴方は王族とも関係があるの?」
「ここに来て初めて知ったのだけど、遠い王位継承権も有るそうよ。十一番目だから、とても低いけれど…」
「そう、……だったの」
今まで無表情だったターニアの顔が、酷く歪んで苦痛に満ちた。もしかしたら、王族に対して強い不快感を抱いているのかもしれない。
「私の家は。ヘイヴェン侯爵家は代々、王家の居城という施設の管理補佐を任されてるの…。貴方も、話くらいは聞いたことがあるのではなくて?」
「居城…。確か、お伽噺の中に出てくる、国王陛下の守りの城の事よね。まさか、それが王宮に実際にあるとは思って無かったわ」
山々に囲まれた堅牢な国だからこそ、王宮内での守りを強化して暗殺を避けるため、国王とその伴侶以外は立ち入る事が許されない小さなお城。
最も安全で堅牢な石垣で作られたその城は、無口な番人の兵士によって常に守られて居る。そんな、内容の物語だったはずだ。
「居城は、基本的に王族以外は入り口に近寄る事も許されない…。私の家は、その中に入る使用人を教育して育てる役割を元老院から与えられているの。貴方が社交界入りを果たして、陛下に拝謁するようになったら場所くらいは教えられると思うわ」
「そうね…。私たちはまだ社交入りも果たせない、幼い少女だったわ」
正式な婚約を結び、社交界入りして王宮に足を踏み入れるのはたったの一年後。王家の茶会に招かれた際に、庭園から見える王宮に憧れを抱いたのはいつの日だったろうか…。甘い夢を見ながら、素敵なドレスと宝石を身に纏って精悍な殿方の腕に抱かれてダンスを踊る。
そんな日は来ないとは分かっていても、淡い想いを抱かずにはいられなかった。
「私たちが指導している、従僕と呼ばれる少女や少年は、選ばれた瞬間から永遠に外に出る事は叶わないの…。
時期によって人数は異なるけれど、基本的に世襲で選定されるから元老院以外の人間は、その素顔でさえ見る事は出来ないわ。従僕が高齢になり、交代する時期が来ても、入る部屋は居城の外廊下にある小間使い部屋。
城の外へは出られず、墓は居城の中庭に設けられるわ…。死んで外に出られるのは、国王陛下と王妃さまだけよ」
「でも、そんな話を私にして…。ターニアは大丈夫なの?」
「ここの人間と違って、貴方は王位継承権を持っている。私が話さなくても、いずれレイチェル夫人から聞かされる事だわ…。今の従僕は居城の中で暮らしているから会えないけれど、次代の王を支える従僕になら、貴方が会う機会があるかもしれなくてよ…」
閉ざされた居城に王のための従僕、永遠に出られない人たち。この国の深淵に触れるような気がして、耳がチリチリと痛んだ。
「ねえ、セレンティア…。貴方が近い将来に望むのは、テオルース様との間に女の子を産んで、ノッデの称号を付ける事かしら…」
「ええ、そうね。…それが、私に残された唯一の望みかもしれないわ」
もし、セレンティアが公爵家で女の子を産めば、その子供は確実に将来の女王候補となる。国王夫妻は高齢で、王女と第二王子には伴侶も居ない。第一王子には、娘のエリヴァルイウス姫が居るが、母方が子爵家のため位が低く、将来の王となるには後ろ盾が無い。
王女と第二王子はやや歳を取りすぎており、次代の姫君が産まれる可能性も低かった。その点、前王の血筋のレイチェル公爵家はみな歳若く、産まれる娘を王女か第二王子の養女に迎えれば、姫君と呼ばれるだろう。
「……どうしたの、ターニア?」
考えを巡らせる間に、ターニアは口を閉じて下を向いてしまっていた。あまり、話したくない事だったのか、セレンティアの答えが気に入らなかったのか、舞台の詩の内容や芝居の話を投げかけても相槌に応えるだけだった。
最後の演目を終えた道化が立ち去ると、辺りが暗くなってきた。ティーカップが片づけられ、代わりに赤いワインがグラスに注がれていく。
室内には蝋燭が持ち込まれ、燭台に幾つもの火が灯った。茶会の時間は終わりを告げ、新しいナプキンとカトラリーが運ばれて、夜会の準備が進んでいく。
二回目の乾杯の合図をディルーク卿が行うと、猟銃を手にした兵士達が扉を開いて整列した。
「ここに来て初めて知ったのだけど、遠い王位継承権も有るそうよ。十一番目だから、とても低いけれど…」
「そう、……だったの」
今まで無表情だったターニアの顔が、酷く歪んで苦痛に満ちた。もしかしたら、王族に対して強い不快感を抱いているのかもしれない。
「私の家は。ヘイヴェン侯爵家は代々、王家の居城という施設の管理補佐を任されてるの…。貴方も、話くらいは聞いたことがあるのではなくて?」
「居城…。確か、お伽噺の中に出てくる、国王陛下の守りの城の事よね。まさか、それが王宮に実際にあるとは思って無かったわ」
山々に囲まれた堅牢な国だからこそ、王宮内での守りを強化して暗殺を避けるため、国王とその伴侶以外は立ち入る事が許されない小さなお城。
最も安全で堅牢な石垣で作られたその城は、無口な番人の兵士によって常に守られて居る。そんな、内容の物語だったはずだ。
「居城は、基本的に王族以外は入り口に近寄る事も許されない…。私の家は、その中に入る使用人を教育して育てる役割を元老院から与えられているの。貴方が社交界入りを果たして、陛下に拝謁するようになったら場所くらいは教えられると思うわ」
「そうね…。私たちはまだ社交入りも果たせない、幼い少女だったわ」
正式な婚約を結び、社交界入りして王宮に足を踏み入れるのはたったの一年後。王家の茶会に招かれた際に、庭園から見える王宮に憧れを抱いたのはいつの日だったろうか…。甘い夢を見ながら、素敵なドレスと宝石を身に纏って精悍な殿方の腕に抱かれてダンスを踊る。
そんな日は来ないとは分かっていても、淡い想いを抱かずにはいられなかった。
「私たちが指導している、従僕と呼ばれる少女や少年は、選ばれた瞬間から永遠に外に出る事は叶わないの…。
時期によって人数は異なるけれど、基本的に世襲で選定されるから元老院以外の人間は、その素顔でさえ見る事は出来ないわ。従僕が高齢になり、交代する時期が来ても、入る部屋は居城の外廊下にある小間使い部屋。
城の外へは出られず、墓は居城の中庭に設けられるわ…。死んで外に出られるのは、国王陛下と王妃さまだけよ」
「でも、そんな話を私にして…。ターニアは大丈夫なの?」
「ここの人間と違って、貴方は王位継承権を持っている。私が話さなくても、いずれレイチェル夫人から聞かされる事だわ…。今の従僕は居城の中で暮らしているから会えないけれど、次代の王を支える従僕になら、貴方が会う機会があるかもしれなくてよ…」
閉ざされた居城に王のための従僕、永遠に出られない人たち。この国の深淵に触れるような気がして、耳がチリチリと痛んだ。
「ねえ、セレンティア…。貴方が近い将来に望むのは、テオルース様との間に女の子を産んで、ノッデの称号を付ける事かしら…」
「ええ、そうね。…それが、私に残された唯一の望みかもしれないわ」
もし、セレンティアが公爵家で女の子を産めば、その子供は確実に将来の女王候補となる。国王夫妻は高齢で、王女と第二王子には伴侶も居ない。第一王子には、娘のエリヴァルイウス姫が居るが、母方が子爵家のため位が低く、将来の王となるには後ろ盾が無い。
王女と第二王子はやや歳を取りすぎており、次代の姫君が産まれる可能性も低かった。その点、前王の血筋のレイチェル公爵家はみな歳若く、産まれる娘を王女か第二王子の養女に迎えれば、姫君と呼ばれるだろう。
「……どうしたの、ターニア?」
考えを巡らせる間に、ターニアは口を閉じて下を向いてしまっていた。あまり、話したくない事だったのか、セレンティアの答えが気に入らなかったのか、舞台の詩の内容や芝居の話を投げかけても相槌に応えるだけだった。
最後の演目を終えた道化が立ち去ると、辺りが暗くなってきた。ティーカップが片づけられ、代わりに赤いワインがグラスに注がれていく。
室内には蝋燭が持ち込まれ、燭台に幾つもの火が灯った。茶会の時間は終わりを告げ、新しいナプキンとカトラリーが運ばれて、夜会の準備が進んでいく。
二回目の乾杯の合図をディルーク卿が行うと、猟銃を手にした兵士達が扉を開いて整列した。
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