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第五章 贅を尽くされた部屋
セレンティアの憂鬱(1)
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「……私は、何をしているのだろう?」
豪奢な寝台に横たわり、手足の爪に見事な細工と色石が飾られたセレンティア•リグレット侯爵令嬢は、いつまでも宙を眺めたままで居た。
レイチェル夫人の手の内に収まってから二ヶ月程が経過し、マリーが専属の侍女となり、リンとスウに身支度をされ、女家庭教師による礼儀作法により、淑女としてのマナーは完璧になったものの、花奴隷の鍵を使う気分にはなれず、また、婚約予定の恋人であるテオルースに会いに行く事も、父の待つ実家へ戻る考えも浮かばない日々。
時折、侍女のマリーが閨の遊び事を学ばせてはくれるが、どこか心の奥は空っぽのままで虚ろだった。
テーブルの上には、レイチェル夫人からお茶会の招待状が届いており、教育の成果を披露しろとでも言っているかのようだ。夫人も、紫水晶の鍵を使わない事を知っているらしく、催促に近いような文面も手紙には記されていた。
「セレンティア様、御髪が乱れてしまいますわ。そろそろお茶会の準備をしないと、サロンに遅れてしまいます」
髪を束ねてすっかり専属の小間使いらしくなったリンが、櫛や留め具を手にやって来た。
自分のお披露目を兼ねたお茶会、のためのドレスも既に用意されおり、装飾品もこの日のために特別に作られたと聞いている。テオルースの瞳の色に合わせた金の飾りに、公爵家の紋章をモチーフにした刺繍。お人形のような道化の服に、心底嫌気が差して来た。
「ごめんなさい。……少しだけ、緊張していたのよ。屋敷の人間以外に会うのは、ここに来て初めての事でしょう? 私を、将来の義娘として紹介して、貴族としての人脈を広げるための儀式ですもの…」
「セレンティア様は、作法を充分に学ばれた立派レディですわ。先生方からも、指導の必要は無しと告げられたと聞いております」
大人しくドレッサーに座ると、リンが髪を結い上げていく。令嬢としては大きめの背の高さをあえて強調し、少し年齢よりも色香を感じさせるスタイルに仕上げていく。との事だった。
「今まで、貧しさから学ばせては貰えなかった知識ですもの…。教えて頂けるだけで喜ばしい事よ。まだ、淑女と呼ばれる程の気品も備わって居ないもの。リリーチェ姉さまに……。いえ、レイチェル夫人と肩を並べられるだけの貴族には程遠いわ」
「このお屋敷にセレンティア様が残って頂けるのは嬉しいのですが、私としてはご実家に戻られて自由な暮らしをなさって欲しいと…。公爵家で働く者で有りながら、不遜にも思ってしまいます」
うっすらと涙を浮かべるリンの頬を撫で、もう後戻りが出来ない事に胸を痛めた。亡き母のブローチを飾り、豪奢なドレスに身を包む。
戦いの場に持って行けるのは、この身とちっぽけなプライド。それから、差し込む勇気が持てないままの花奴隷の鍵。
レイチェル夫人のサロンは、上品な淑女のための会合には程遠い、卑猥な集まりである事はセレンティアにも想像が付いた。けれども、そこに割って入らなければ、彼女の理想とする貴族院への道には決して辿り着けない。
こんな腐敗した血筋の院は、滅んでしまえばいいとさえ心のどこかで思っている。でも、それに期待してしまい、秘芯の奥を濡らしてしまう自分も居る。
赤い口紅が塗られ、差し出された手鏡が後ろ髪の確認を促す。無言で頷いて、いくつかの候補から耳飾りを選んで付け、あえて高いヒールの靴を履いた。
背の高さを気にして、学の無さを気にして、何人もの貴族令嬢に物笑いにされた貧乏なセレンティア伯爵令嬢ではなく、次期レイチェル公爵夫人であり、夫人の従姉妹の姫君としての姿を狂った貴族連中に思い知らせなくてはならない。
最後に気晴らしの砂糖菓子の小箱が渡され、エスコート代わりのカースティ補佐官が、フルスタイルで訪れる。
この場所に戻って来る時は、泣き崩れているか誇らしく思えているか。どちらにしても、その先の未来には、考えたくもない残酷な結果しか残されないだろう。
豪奢な寝台に横たわり、手足の爪に見事な細工と色石が飾られたセレンティア•リグレット侯爵令嬢は、いつまでも宙を眺めたままで居た。
レイチェル夫人の手の内に収まってから二ヶ月程が経過し、マリーが専属の侍女となり、リンとスウに身支度をされ、女家庭教師による礼儀作法により、淑女としてのマナーは完璧になったものの、花奴隷の鍵を使う気分にはなれず、また、婚約予定の恋人であるテオルースに会いに行く事も、父の待つ実家へ戻る考えも浮かばない日々。
時折、侍女のマリーが閨の遊び事を学ばせてはくれるが、どこか心の奥は空っぽのままで虚ろだった。
テーブルの上には、レイチェル夫人からお茶会の招待状が届いており、教育の成果を披露しろとでも言っているかのようだ。夫人も、紫水晶の鍵を使わない事を知っているらしく、催促に近いような文面も手紙には記されていた。
「セレンティア様、御髪が乱れてしまいますわ。そろそろお茶会の準備をしないと、サロンに遅れてしまいます」
髪を束ねてすっかり専属の小間使いらしくなったリンが、櫛や留め具を手にやって来た。
自分のお披露目を兼ねたお茶会、のためのドレスも既に用意されおり、装飾品もこの日のために特別に作られたと聞いている。テオルースの瞳の色に合わせた金の飾りに、公爵家の紋章をモチーフにした刺繍。お人形のような道化の服に、心底嫌気が差して来た。
「ごめんなさい。……少しだけ、緊張していたのよ。屋敷の人間以外に会うのは、ここに来て初めての事でしょう? 私を、将来の義娘として紹介して、貴族としての人脈を広げるための儀式ですもの…」
「セレンティア様は、作法を充分に学ばれた立派レディですわ。先生方からも、指導の必要は無しと告げられたと聞いております」
大人しくドレッサーに座ると、リンが髪を結い上げていく。令嬢としては大きめの背の高さをあえて強調し、少し年齢よりも色香を感じさせるスタイルに仕上げていく。との事だった。
「今まで、貧しさから学ばせては貰えなかった知識ですもの…。教えて頂けるだけで喜ばしい事よ。まだ、淑女と呼ばれる程の気品も備わって居ないもの。リリーチェ姉さまに……。いえ、レイチェル夫人と肩を並べられるだけの貴族には程遠いわ」
「このお屋敷にセレンティア様が残って頂けるのは嬉しいのですが、私としてはご実家に戻られて自由な暮らしをなさって欲しいと…。公爵家で働く者で有りながら、不遜にも思ってしまいます」
うっすらと涙を浮かべるリンの頬を撫で、もう後戻りが出来ない事に胸を痛めた。亡き母のブローチを飾り、豪奢なドレスに身を包む。
戦いの場に持って行けるのは、この身とちっぽけなプライド。それから、差し込む勇気が持てないままの花奴隷の鍵。
レイチェル夫人のサロンは、上品な淑女のための会合には程遠い、卑猥な集まりである事はセレンティアにも想像が付いた。けれども、そこに割って入らなければ、彼女の理想とする貴族院への道には決して辿り着けない。
こんな腐敗した血筋の院は、滅んでしまえばいいとさえ心のどこかで思っている。でも、それに期待してしまい、秘芯の奥を濡らしてしまう自分も居る。
赤い口紅が塗られ、差し出された手鏡が後ろ髪の確認を促す。無言で頷いて、いくつかの候補から耳飾りを選んで付け、あえて高いヒールの靴を履いた。
背の高さを気にして、学の無さを気にして、何人もの貴族令嬢に物笑いにされた貧乏なセレンティア伯爵令嬢ではなく、次期レイチェル公爵夫人であり、夫人の従姉妹の姫君としての姿を狂った貴族連中に思い知らせなくてはならない。
最後に気晴らしの砂糖菓子の小箱が渡され、エスコート代わりのカースティ補佐官が、フルスタイルで訪れる。
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