婚約令嬢の侍女調教

和泉葉也

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第四章 サディスト夫人の嗜虐

指先潰し(3)

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「五本も針を爪の間に打たれて、どんな気持ちで居るのかしら…? 信じられないという動揺、恐怖に怯える不安。それとも、諦めの気持ちか…。或いは私たちに対する怒りの感情…?
 どれも、違うわね。貴方が感じているのは、戸惑い。今の状況を受け入れてしまっている身体と、恥じらいを捨てきれずに戸惑い続けている気持ち」

 六本目と七本目の針を爪の先にだけ突き立て、レイチェル夫人はセレンティアの手の甲に口付けた。

「こんな事をして、酷い女だと思って? でも、私は純粋に貴方に惚れ込んでいるのよ…。何をされていても、気位の高さを忘れない強さと気高さ。見た目の美しさと声の可愛らしさ。
 公爵家に初めて訪れた際は、使用人たちも貴方の美しさにため息を漏らしたと聞いているわ」

 針が引き抜かれ、爪先の間に膏薬が塗り込まれる。爪の中は赤く血に染まったままだが、先端の痛みは薬の効果で不思議な程に消え失せた。
 レイン侍女長が枷を外していき、指先には爪を保護するための染料がたっぷりと塗られていく。
 上着をかけられてソファーに促され、熱い紅茶と焼き菓子がセレンティアに振る舞われた。

「……公爵家に嫁いで、アースティ侯爵夫人に。将来は公爵夫人となって娘を産み、ノッデの称号を名乗らせる。それは、この国の貴族の娘なら誰で思い描く設計図。でも、私が貴方に望んでいるのは、もっと上の位。貴族院の代表格よ…」
「……私が、貴族院…」

 貴族の中でも、政治に直接関われる国の中枢。元老院との二院制に分かれてはいるが、実質宰相位を制圧しているのが、貴族院に属する上級貴族だ。
 どんなに階級が上であっても、滅多な事では入る事も許されず、直接王家の王位継承にまで携われる特権階級。

 もちろん、レイチェル公爵家も貴族院のメンバーでは有るが、他の公爵であっても必ず入れるという話でもなく、王家の継承者派閥や元老院との関係を損なわない家名を求められる。
 確かにリグレット家は没落しては居るが、セレンティアの亡き母の家格を考慮すると貴族院入りしてもおかしくはなく、カスティア王女の派閥ではあるが、どちらかと言えば中立派だったので他家との騒乱も無かった。

「貴方には入るだけの資格が有るのよ。セレン…。私の事を覚えていて? 公爵家に嫁ぐ前の私の名前は、リリーチェルク」
「……リリー、チェ…。もしかして、リリーチェ…姉さま?」

 母が存命だった頃までは、祖父母の暮らす辺境伯領によく訪れていた。母が亡くなり、辺境伯だった祖父が身罷られてからはすっかり疎遠になり、後妻のラクトン夫人が弟を産んでからは、訪れるための旅費でさえ工面出来ずに居た。
 リリーチェという名はセレンティアの叔母の娘の事で、親しかった従姉妹。だった。

「——忘れていても、仕方ないわ。私が公爵家に嫁いでからは、全く会う機会も無かったし。何より、義母と暮らす環境に、実母の親戚が訪れるのは難しいわ。セレンがテオルースと知り合ったのは、運命的なものかもしれなくてよ。私自身、貴方の写し絵を見るまで、セレンの顔を思い出せなかったの」

「義母のラクトン夫人からは、外には出ない事を求められていて…異母弟妹の面倒や、世話をしていたから、親戚の事まで目を向ける余裕なんて無かったのから、何も気が付かず…。でも、女学校にも行けずに、家庭教師も付けられ無かった学のない私が、貴族院の代表だなんて…」

 紅茶を口にして、ようやく混乱していた思考が落ち着いてきた。マリーが服と髪の乱れを正していき、頬を撫でて気持ちを落ち着かせてくれる。

「女学校にまで、通えず…? なんて、お可哀想なセレン…。ごめんなさい、私も亡くなった母も、貴方の事を心配していたのよ。でも、公爵家に嫁いでしまい、テオルースが大きくなってからは、私も辺境伯領に訪れる事が減って…。でも、お祖母様が、辺境伯夫人がリグレット家に充分な援助をして、セレンの後継人になったと聞いていたし…」

「こ、後継人…? 辺境伯夫人が?」

 それは、初めて聞かされる話だった。
 娘たちを早くに失った辺境伯夫人は、確かに自分を溺愛しており、誕生日の贈り物も毎年届けられた。しかし、義母妹が産まれて、ラクトン夫人の散財が始まった頃からは連絡も途絶えるようになり、忙しさと、蔑まれる日々にセレンティア自身も祖母の事を忘れてしまっていた。

 それが、祖母からの贈り物や手紙をラクトン夫人が着服していたとすれば、後継人としての援助金を取り上げてたならば、あのような豪華なドレスや装飾品を、義母妹に与えられていた理由もわかる。
 激しい怒りを通り越して、もはやラクトン夫人には呆れや関心しか抱けない。リグレット伯爵領を閑散とさせ、給金の滞った使用人達が逃げ出し、父が返済の工面に追われている中でも、贅を使う事を決して止めはしなかった女。
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