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第三章 侯爵令嬢としての心得
カースティ補佐官のレッスン(2)
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「——この度は、わたくし共の侍女や料理人がセレンティア様にご無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした」
カースティ補佐官の執務室に入ってすぐに、彼は頭を下げて心からセレンティアに詫びた。
侍女のレミエールがテオルースとの婚約を夢見ていたそうで、今回の件は嫉妬による妬みだったらしい。また、スペンス料理長はクロームファラの叔父のため、姪の要望に逆らえずにこんな事をしたと、簡単に説明してくれた。
それならば、今朝の時点でまともな朝食を用意して貰いたかった物だが、口に出そうになる不満を何とか抑えながら、セレンティアはカースティ補佐官の言葉を聞き流す。
「……問題の二人には、既に暇をやりました。小間使いのリンとスウには、今後は掛け持ちではなくセレンティア様の専属として身の回りのお世話をする事とします」
「ありがとうございます、カースティ補佐官。お二人が付いて下さるなら、私も安心してお勤めを果たせます」
忙しそうに部屋を行き来していた二人の姿を思い出し、あんなにも職務に追われていたのに自分を気遣ってくれた事に、セレンティアは心の中で再び感謝の言葉を告げた。
「それで、スペンス料理長につきましては…。公爵家の食事に携わる者として、屋敷の子女が口にする物に手を加える行いは、昔であれば即刻処刑される、大変許し難い行為です。リンの話では、食事のカートや皿が不思議に思うほど軽かったとの事で、花奴隷によれば、セレンティア様は酷く空腹だったと…」
「はい。今朝の朝食も、飲み物以外は何を載せられておりませんでした。お恥ずかしながら、今も空腹に飢えておりますので、出来れば落ち着きましたら、何か食事を取らせて頂けないかと…」
「セレンティア様は将来の奥方さまとなられるお方であるのに、このような不遇な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。セレンティア様から伺った事情も含めて、スペンス料理長を告訴して厳罰な処分を下します」
「その辺りは、お屋敷の判断にお任せ致します」
「それから、厨房の方が現在、事実確認や薬物に関する調査をしておりますので、少し我慢をさせてしまいますが、本日の夕食は私が確認の上、きちんとした物をご用意致します。ただ、セレンティア様が食事を与えられてなかったとの関係から、しばらくはスープやオートミール等の軽いものになる事をご承知おき下さい」
すぐの食事ではないものの、具体的な時間を告げられセレンティアは安堵した。スウの持ってきてくれたビスケットと蜂蜜のおかげで、思わず鳴ってしまいそうになるお腹の音も抑えられ、あとは夕食までを待ち侘びるだけだ。
「それで、セレンティア様。衛兵や花奴隷からお掃除や手入れがまだ上手に行えてない、との話も耳に届いております。恐れながら、レイン侍女長や奥様がお戻りになるまでの間、私によるレッスンの時間を設けたいと思うのですが…」
「……レッスン、の時間ですか?」
カースティ補佐官は、執務室の隣の小部屋から木箱を持ち出して、そのまま箱の中身を机に並べていった。
赤黒い形の張り型に長い鞭、首の枷や手枷が立ち並び、セレンティアは恐怖に震えた。
「本来なら、レイン侍女長がそのお役目をするはずでしたが、戻るのにはあと数日はかかります。指導官としては引退した身の上のため、セレンティア様に相応しいレッスンを行えるかは何とも申し難いのですが、奥様にお見せ出来るように仕立てる必要がございますし…」
てっきり、二人の侍女による嫉妬であのような卑猥な行為を強いていたと思い込んでいたセレンティアは、床に腰を落としたまま動けなくなった。
レイン侍女長が進言したのは、丈の短い侍女服や調度品のない部屋。それから、用意されない食事だけで、お勤めに関しては二人は何も間違った事はしていなかったという話となる。
(……では、あの拘束されて喉を貫かれた行いは侍女が普段行う掃除で、花奴隷たちに身体を弄ばせられたのは、小間使いが行うお手入れ…?)
リンとスウの姿を思い出してみると、入浴の手伝いの際には細かな擦り傷や愛撫の跡があったような気がする。あれがお手入れや掃除によるものであるなら、この屋敷で働く女性は衛兵達や他の男たちの慰みとして…。
淫らな侍女は共同の慰み者。と言っていたレイン侍女長の話を思い出し、そんな行いが平然と行われている屋敷の勤めが普通のはずもないと気付かされる。
ドレスの下の何も身に付けて居ない姿は酷く脆いもので、手を差し込まれたら拒絶する隙でさえ与えられない。
逃げ道を辿ろうにも雇用契約書が有り、おまけに食事を抜かれた身の上では外を飛び出す体力もなかった。
カースティ補佐官の執務室に入ってすぐに、彼は頭を下げて心からセレンティアに詫びた。
侍女のレミエールがテオルースとの婚約を夢見ていたそうで、今回の件は嫉妬による妬みだったらしい。また、スペンス料理長はクロームファラの叔父のため、姪の要望に逆らえずにこんな事をしたと、簡単に説明してくれた。
それならば、今朝の時点でまともな朝食を用意して貰いたかった物だが、口に出そうになる不満を何とか抑えながら、セレンティアはカースティ補佐官の言葉を聞き流す。
「……問題の二人には、既に暇をやりました。小間使いのリンとスウには、今後は掛け持ちではなくセレンティア様の専属として身の回りのお世話をする事とします」
「ありがとうございます、カースティ補佐官。お二人が付いて下さるなら、私も安心してお勤めを果たせます」
忙しそうに部屋を行き来していた二人の姿を思い出し、あんなにも職務に追われていたのに自分を気遣ってくれた事に、セレンティアは心の中で再び感謝の言葉を告げた。
「それで、スペンス料理長につきましては…。公爵家の食事に携わる者として、屋敷の子女が口にする物に手を加える行いは、昔であれば即刻処刑される、大変許し難い行為です。リンの話では、食事のカートや皿が不思議に思うほど軽かったとの事で、花奴隷によれば、セレンティア様は酷く空腹だったと…」
「はい。今朝の朝食も、飲み物以外は何を載せられておりませんでした。お恥ずかしながら、今も空腹に飢えておりますので、出来れば落ち着きましたら、何か食事を取らせて頂けないかと…」
「セレンティア様は将来の奥方さまとなられるお方であるのに、このような不遇な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。セレンティア様から伺った事情も含めて、スペンス料理長を告訴して厳罰な処分を下します」
「その辺りは、お屋敷の判断にお任せ致します」
「それから、厨房の方が現在、事実確認や薬物に関する調査をしておりますので、少し我慢をさせてしまいますが、本日の夕食は私が確認の上、きちんとした物をご用意致します。ただ、セレンティア様が食事を与えられてなかったとの関係から、しばらくはスープやオートミール等の軽いものになる事をご承知おき下さい」
すぐの食事ではないものの、具体的な時間を告げられセレンティアは安堵した。スウの持ってきてくれたビスケットと蜂蜜のおかげで、思わず鳴ってしまいそうになるお腹の音も抑えられ、あとは夕食までを待ち侘びるだけだ。
「それで、セレンティア様。衛兵や花奴隷からお掃除や手入れがまだ上手に行えてない、との話も耳に届いております。恐れながら、レイン侍女長や奥様がお戻りになるまでの間、私によるレッスンの時間を設けたいと思うのですが…」
「……レッスン、の時間ですか?」
カースティ補佐官は、執務室の隣の小部屋から木箱を持ち出して、そのまま箱の中身を机に並べていった。
赤黒い形の張り型に長い鞭、首の枷や手枷が立ち並び、セレンティアは恐怖に震えた。
「本来なら、レイン侍女長がそのお役目をするはずでしたが、戻るのにはあと数日はかかります。指導官としては引退した身の上のため、セレンティア様に相応しいレッスンを行えるかは何とも申し難いのですが、奥様にお見せ出来るように仕立てる必要がございますし…」
てっきり、二人の侍女による嫉妬であのような卑猥な行為を強いていたと思い込んでいたセレンティアは、床に腰を落としたまま動けなくなった。
レイン侍女長が進言したのは、丈の短い侍女服や調度品のない部屋。それから、用意されない食事だけで、お勤めに関しては二人は何も間違った事はしていなかったという話となる。
(……では、あの拘束されて喉を貫かれた行いは侍女が普段行う掃除で、花奴隷たちに身体を弄ばせられたのは、小間使いが行うお手入れ…?)
リンとスウの姿を思い出してみると、入浴の手伝いの際には細かな擦り傷や愛撫の跡があったような気がする。あれがお手入れや掃除によるものであるなら、この屋敷で働く女性は衛兵達や他の男たちの慰みとして…。
淫らな侍女は共同の慰み者。と言っていたレイン侍女長の話を思い出し、そんな行いが平然と行われている屋敷の勤めが普通のはずもないと気付かされる。
ドレスの下の何も身に付けて居ない姿は酷く脆いもので、手を差し込まれたら拒絶する隙でさえ与えられない。
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