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第三章 侯爵令嬢としての心得
奴隷たちの花蜜(1)
しおりを挟む「……おはようございます。セレンティア様、お目覚めの時間です」
薄茶色の髪を短く切り揃えた、小間使いのスウに起こされ、床の冷たさと背中の痛みを感じ取りながらセレンティアは孤独な自室での朝を迎えた。
眠っている間にかけてくれたのか、温かな毛布が身体を包んでいて、その感触に少しだけ安堵する。
「リンが室内に家具などを置いて、セレンティア様のご負担を軽くして貰えるように上に掛け合っております。
私たちや、レイン侍女長。奥様方は貴方さまの味方でございます」
「ありがとう…。スウやリンのお心遣いに感謝します」
水桶にぬるま湯が張られ、洗顔の準備が整えられていく。小さなテーブルには、忌まわしい丈の短い侍女服が丁寧に皺伸ばしとアイロンがけされており、手足の布枷も寝ている間に新調されたらしい。
言いたい文句や不満や怒り、それから深い悲しみは尽きなかったが、丸一日食事を与えられない空腹に頭を奪われてしまった。
それが当たり前のように、朝食用のサーブカートには空の皿と熱い紅茶だけが乗せられており、今日こそは違うのではと期待していたセレンティアの心は、悲しくも早朝から打ち砕かれる。
唯一の救いと言えば牛乳が置かれており、身支度を終えたセレンティアは少しずつ、少しずつ噛み締めるように一杯の牛乳を味わった。
スウに手伝って貰いながらコルセットを取り付け、いつもの侍女服に着替えると、他の部屋の仕事にも追われているらしく、言葉少なく彼女は部屋を後にする。
家具を置いて貰えたとしても、今後どうなると言うのだろうか。一杯の牛乳に少しだけお腹が満たされたせいか、昨日何もかも失った事とこれからの自分を考え始めていた。
こんな所から、逃げ出したい。貴族院や元老院に訴えてみるのはどうだろうか、それとも王宮に駆け込んで保護を訴えてみるか……。悩み始めるとまたお腹が鳴り、恥ずかしさと苦しさで身を屈ませた。
「蜂蜜……。あぁ、これなら少しでもお腹が満たされるわ」
ふとテーブルを見ると、食後のデザートのつもりだったのか、空のボウルと蜂蜜の入った小瓶が置いてあった。
ヨーグルトか、果物でも用意したという設定だったのだろうか。今日の紅茶には砂糖が添えられていなかったので、甘いものに飢え切ったセレンティアは急いで瓶の蓋を開けて、甘い蜜の味わいに酔いしれる。
小瓶で、スプーン数杯程度にしか満たない蜂蜜を最後まで舐め終えると、はしたなく蓋をしゃぶってしまい。理性と欲望とで意識が混雑していく。
味がしなくなるまでたっぷりと口にした後、何度かのノックとともに鍵が開かれる。
今日はどんな教育とやらが行われるのか、不安と諦めしかなかったが、味方だと言ってくれたスウの言葉を希望に、セレンティアは残忍な先輩侍女たちを迎え入れた。
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