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第二章 従う事への教育
燃やされたバスケット(3)
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「——急務によりお出かけになられた、レイン侍女長の代わりに参りました。午後のお勤めも共にご一緒します」
侍女のレミエールが、拘束して自由を奪う残酷な鉄棒を手に、何もない室内へと戻ってきた。
あれから空の皿を前に、どうする事も出来なくなっていたセレンティアは、空虚にイスに座ったままレミエールを出迎える。
「代理のお役目、ご苦労様ですレミエール様。不勉強な私を、午後もどうかご指導下さいませ」
「さすがはセレンティア様。勤勉な心掛けは、淑女として相応しい。ですが、これはどうなさったのですか?」
手首と膝の布枷に鉄棒を取り付けてから、レミエールはうっかり履き直してしまったドロワーズを指差して、セレンティアのヒップを強くつねった。
「このような物は、当家がご用意した制服には含まれておりませんわ。まさかとは思いますが、セレンティア様は衣装部屋から盗みを働かれたのですか?」
「ち、違います! これは、私が持ってきた物です!」
「口では何とでも言えましてよ? ……ああ、そうでしたね。セレンティア様がご実家からお持ちになられたバスケットから、ご自身のお衣装を出されたのですか…」
レミエールはベルを取り出し呼び鈴を鳴らすと、すぐに小間使いのリンが姿を現した。
「セレンティア様のバスケットを開いて、お衣装を出して下さる?」
「…かしこまりました」
すぐにバスケットの中身は開かれ、手前のケースからいくつかの着替えや下着が取り出される。
「このような物を公爵家に持ち込まれて、万が一疫病の類が付着していたらどうなさるおつもりでしたの…。お衣装を縫われたお針子が嘆かれます。すぐに、このような物は暖炉に入れて焼却致しましょう」
リンは一度だけ躊躇ったが、すぐにバスケットの中身を取り出して燃えさかる炎へと投げ込んでいった。
咄嗟に静止しようとしたセレンティアは、無情にも鉄棒を掴まれて身動きが取れなくなる。
「やめて!! お止めになって下さい!!
それには、お母さまの写し絵と父からの手紙が……」
「不浄な物を、当家で置いておくわけには参りません。セレンティア様は嫁がれる予定なのですから、過去との決別も必要ですわ」
「何て事をなさるの! あれは、父からの贈り物だと言うのに、使用人からの刺繍や小さい頃から大切にしていた小箱も…」
拘束を掴まれているにも関わらず、セレンティアは必死に振り解こうとレミエールの頬を上体を逸らして叩いた。動揺すら起こさない彼女は冷静な顔のままで鉄棒を掴んだ手を離さず、紙や衣類が燃やされる臭いが室内を立ち込める。
「あ、貴方は、血の通った人ではないわ!! 公爵家が何だと言うの、どんなに階級が上の方であっても、行ってはならない事があるわ。私は、一年後に婚約等致しません。公爵夫人になんて、なるものですか!
こんな不条理な行いを平然と行う使用人を雇っているお屋敷は、母なる始祖神様のお怒りに触れて燃やし尽くされるといいのです!」
「私に何と申されましても、貴方さまは将来の奥方となられるお方ですわ。このような事で声を荒げてはなりません。そうですね、お薬で少し楽になさってから、午後のお勤め先に参りましょうか」
「……まだ、私は…」
ポケットから鉄箱を取り出し、レミエールは鎮静剤の入った注射針をセレンティアの腕に差し込んだ。すぐに酩酊のような症状が現れ、手足に力が入らなくなってくる。
抗議の言葉を紡ぎたくても口が巧く動かず、レミエールは身体の落ち着きを確認してから、レターナイフでセレンティアのドロワーズを切り裂いて、これもリンに燃やすように指示を出した。
「少々、セレンティア様を甘やかしてしまったのかも知れませんわね。午後の予定は変更して、罰としてお掃除をして頂きましょうか。
貴方さまには、公爵家の奥様となられるために覚えて頂く作法がたくさん有るというのに……初日からつまづいてしまっては、いけませんわ」
首にリードが取り付けられ、反抗する気力を失ったセレンティアは引き摺られながら部屋を後にする。
心の便りだった父からの贈り物の亡き母の写し絵を失い、手紙や使用人たちの縫ってくれた刺繍も燃やされ、彼女に残されたのは復讐の気持ちと公爵家への強い恨みだけだった。
侍女のレミエールが、拘束して自由を奪う残酷な鉄棒を手に、何もない室内へと戻ってきた。
あれから空の皿を前に、どうする事も出来なくなっていたセレンティアは、空虚にイスに座ったままレミエールを出迎える。
「代理のお役目、ご苦労様ですレミエール様。不勉強な私を、午後もどうかご指導下さいませ」
「さすがはセレンティア様。勤勉な心掛けは、淑女として相応しい。ですが、これはどうなさったのですか?」
手首と膝の布枷に鉄棒を取り付けてから、レミエールはうっかり履き直してしまったドロワーズを指差して、セレンティアのヒップを強くつねった。
「このような物は、当家がご用意した制服には含まれておりませんわ。まさかとは思いますが、セレンティア様は衣装部屋から盗みを働かれたのですか?」
「ち、違います! これは、私が持ってきた物です!」
「口では何とでも言えましてよ? ……ああ、そうでしたね。セレンティア様がご実家からお持ちになられたバスケットから、ご自身のお衣装を出されたのですか…」
レミエールはベルを取り出し呼び鈴を鳴らすと、すぐに小間使いのリンが姿を現した。
「セレンティア様のバスケットを開いて、お衣装を出して下さる?」
「…かしこまりました」
すぐにバスケットの中身は開かれ、手前のケースからいくつかの着替えや下着が取り出される。
「このような物を公爵家に持ち込まれて、万が一疫病の類が付着していたらどうなさるおつもりでしたの…。お衣装を縫われたお針子が嘆かれます。すぐに、このような物は暖炉に入れて焼却致しましょう」
リンは一度だけ躊躇ったが、すぐにバスケットの中身を取り出して燃えさかる炎へと投げ込んでいった。
咄嗟に静止しようとしたセレンティアは、無情にも鉄棒を掴まれて身動きが取れなくなる。
「やめて!! お止めになって下さい!!
それには、お母さまの写し絵と父からの手紙が……」
「不浄な物を、当家で置いておくわけには参りません。セレンティア様は嫁がれる予定なのですから、過去との決別も必要ですわ」
「何て事をなさるの! あれは、父からの贈り物だと言うのに、使用人からの刺繍や小さい頃から大切にしていた小箱も…」
拘束を掴まれているにも関わらず、セレンティアは必死に振り解こうとレミエールの頬を上体を逸らして叩いた。動揺すら起こさない彼女は冷静な顔のままで鉄棒を掴んだ手を離さず、紙や衣類が燃やされる臭いが室内を立ち込める。
「あ、貴方は、血の通った人ではないわ!! 公爵家が何だと言うの、どんなに階級が上の方であっても、行ってはならない事があるわ。私は、一年後に婚約等致しません。公爵夫人になんて、なるものですか!
こんな不条理な行いを平然と行う使用人を雇っているお屋敷は、母なる始祖神様のお怒りに触れて燃やし尽くされるといいのです!」
「私に何と申されましても、貴方さまは将来の奥方となられるお方ですわ。このような事で声を荒げてはなりません。そうですね、お薬で少し楽になさってから、午後のお勤め先に参りましょうか」
「……まだ、私は…」
ポケットから鉄箱を取り出し、レミエールは鎮静剤の入った注射針をセレンティアの腕に差し込んだ。すぐに酩酊のような症状が現れ、手足に力が入らなくなってくる。
抗議の言葉を紡ぎたくても口が巧く動かず、レミエールは身体の落ち着きを確認してから、レターナイフでセレンティアのドロワーズを切り裂いて、これもリンに燃やすように指示を出した。
「少々、セレンティア様を甘やかしてしまったのかも知れませんわね。午後の予定は変更して、罰としてお掃除をして頂きましょうか。
貴方さまには、公爵家の奥様となられるために覚えて頂く作法がたくさん有るというのに……初日からつまづいてしまっては、いけませんわ」
首にリードが取り付けられ、反抗する気力を失ったセレンティアは引き摺られながら部屋を後にする。
心の便りだった父からの贈り物の亡き母の写し絵を失い、手紙や使用人たちの縫ってくれた刺繍も燃やされ、彼女に残されたのは復讐の気持ちと公爵家への強い恨みだけだった。
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