婚約令嬢の侍女調教

和泉葉也

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第一章 令嬢だった頃の日々

婚約者とのひと時(1)

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「おはようございます、セレンティア様。昨夜はよくお眠りになられましたか? 
 モーニングティーをお持ちしましたので、まずは喉を潤してから、私共が洗顔のお手伝いを致します」

「レイン侍女長。おはようございます。とてもよい眠りでした」

 三人は眠れるであろう来客用の豪奢な寝台から起きだし、渡された紅茶のカップを飲み干していく。
 適度に温度が整えられたお茶には、飲みやすくするための砂糖や蜜が入れられており、うっすらとしていた眠気も一気に覚めていく。

 昨晩は一人の夕食となったが、スペンス料理長は傍で出される料理の解説をしてセレンティアを楽しませ、眠る前には楽団が部屋を訪れて寂しさを紛らわしてくれた。
 顔を洗えば小間使いの少女たちが清潔なタオルで顔を拭いていき、髪を整えてから流行に合わせた朝のヘアースタイルに仕立て上げられていく。

「テオルース様も間もなくお戻りになられますし、朝食は是非、お二人でお召し上がりください。まだ仮の物とはいえ、お二人は婚約を結ばれたのですから、仲睦まじいお姿を侍女たちにお見せするのも、将来の公爵夫人としての務めでしてよ」

 薄紫のモーニングドレスに着飾られて、テオルースの瞳の色に合わせた薄い金色の髪飾りとペンダントがあしらわれていく。
 何度か茶会で出会ってからは、先日、婚約を決める際に会っただけ。
 数回の逢瀬しか重ねていない婚約予定者。素直に甘えられるかは分からないけれど、セレンティアは深い眼差しの青年に抱かれる事を夢見た。


「レイチェル公爵家へようこそ、婚約予定者殿。
 まだ君が既定の年齢に満たなくて、一年は正式な婚約が先送りになるだなんて、少し悔しいよ」

 来客用の部屋に案内されると、優美な仕草でカップを手にしているテオルースが椅子に腰かけていた。
 レイチェル公爵家の嫡男にして、王室の医師でもある、テオルースウォム・アースティ侯爵。名前にウォムを冠する貴族であり、王族の一員にして侯爵位を持ち、将来は公爵位を継承して、ルースウォム・レイチェルを名乗る青年。

 この国では公爵位以上となる場合、自分の名前を短くする決まりがあるので、彼と婚礼を迎えたら、セレンティアはティア・レイチェルと名を変える事になる。
 もちろん、それも貴族の子女としては最上級の栄誉だった。

「おはようございます、アースティ侯爵」
「テオルースでいいよ。侯爵位は父から譲り受けた中継ぎの物だからね。僕も、君の事をセレンティアと呼ばせてくれ」

 久しぶりの再会を婚約予定者は、熱い抱擁で出迎えてくれた。
 背丈が他の令嬢より高いセレンティアと釣り合う体格、王族由縁の美しい金髪。医術を操る細長い指先に、目を奪われるような薄金色の瞳。
 セレンティアを椅子に座らせるまでのエスコートも申し分なく、朝食を口にする姿やナイフを動かす所作でさえ、彫像のように妖艶で、美しく煌めいていた。

「元伯爵令嬢に過ぎない私が、テオルース様のようなお方に選ばれたのか……。まだ実感もなく、夢心地ですわ」
「君は愛らしいだけでなく、母上からも認められた才女だ。将来の公爵夫人としての気力が有ると、僕も思っているよ。侍女としての日々は、公爵夫人となるための教育も兼ねているそうだから、とても厳しい物になると聞いているが、出来る限り君を支えてみせるから」

 二人きりの朝食を終えると、色とりどりの薔薇に包まれた公爵家の庭園へと連れ出された。
 蒸気する頬を押さえながら、繋がれた手の温度を確かめつつ、セレンティアはテオルースの胸に抱き止められる。
 初めての口付けを交わし、溢れ出る歓喜の涙を拭い、咲き誇る花々について互いに語り合った。

「ご覧よ、この湖畔も高い山々も、将来は私たち二人で治める事になるんだ。
 あの小さい村はレーグンリット。ベリーが特産品で、よく料理長はそれを使った茶菓子を作ってくれる」

 午後になると、公爵領の丘へと案内された。手慣れた乗馬に身を預け、感じるテオルースの温かさが心地良かった。

「何て素敵なのかしら。私もいつか、領地の村へ伺ってみたいわ……」
「行儀見習いさえ終えれば、領民にも君が正式な婚約者だと告げられるよ。僕や両親達が家に戻れる日は少ないから、それまで寂しい思いをさせてしまうかもしれないけれど、補佐官や家令にも、君に目をかけるように話しておくから」

 セレンティアは手に口付けられて、頬を赤く染めた。彼の愛馬も歓迎してくれているようで、優しく甘えてくる。
 目にした丘や湖畔、遠くの山々まで全てはレイチェル公爵家の領地。医学に精通し、嫡男は王室の専属医を任され、いくつもの医療施設や研究員を抱えている王家の精鋭。

 王室が第一王女と王子との継承権で揺れる最中であっても、派閥を崩さないまま職務を継続し、レイチェル夫人は社交界の花として華麗に咲き誇っている。
 そんな公爵家の一員となるための教育が、どれ程困難で厳しい物になるか、セレンティアは不安こそ隠せない物の、今後の未来を思って深い野心を抱かずにはいられなかった。
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