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第一章 令嬢だった頃の日々
公爵家への訪問(1)
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※作中には、残酷な表現が含まれます。
―――――――――
「……さあ、セレン。満足な給仕も出来ない侍女の肌を、その鞭で火照らせて下さる? これからは、貴方自身が調教師となって、愚かな娘たちに指導していくのよ」
怯える侍女のリューズは、榛色の髪に手を添え、こちらへの許しを請うようにしてから頭を床に擦り付けた。
その見すぼらしい姿に過去の自分を覚えながら、口元だけ微笑んで手にした鞭を頬にかすませて、リューズの腕を掴んで無理やり立たせる。
「安心なさって、レイチェル夫人。この娘は私がよく整えて、公爵家に働くものとして相応しいお道具を身に付けさせましてよ」
手枷を付けられたリューズは、強く振るわれていく鞭を避ける事も許されず、ただ自分の罪を少しでも軽くしてもらえるようにと、何度となくセレンティアへの謝罪の言葉を綴っていく。
謝るだけで公爵家から解放されるなら、反発を繰り返していたあの時の自分は何と愚かだったのだろう。
あの日、あの場所から逃げ出す勇気さえあるならば、伯爵家の娘として過ごせた。父の言葉に素直に従い、王位への野心など抱かなければ、こんな自分にはならなかった。
―――――――――
健やかな風と共に、公爵領を示す看板が通り過ぎていった。
豪奢な毛並みをした四頭立ての馬車が、丘陵を駆け上がっていき、隣に控えた専任の小間使いが道々の案内を優美な口調で語りかける。
粗末なドレスと、質素な帽子に身を包んだ伯爵令嬢セレンティア・リグレットは終わりを告げ、これからは侯爵令嬢としての道と、公爵家嫡男との婚約という輝かしい未来が待っている。
リグレット伯爵家は、王家にも連なる血筋の生まれではあるものの、父の代で継いだ事業が軌道に乗らず、領地は荒れ果てて閑散としていた。
また、セレンティアが幼い日に母を亡くした事も有り、後妻となったラクトン夫人が新たに生まれた娘と息子に散財した結果、母が残してくれたドレスや宝石まで手放し、女学校への進学までもが途絶えてしまった。
このままでは、将来的に婚約の支度金でさえ用意する事が難しい最中、王室のお茶会で知り合ったアースティ侯爵に見初められ、まだ婚約の年齢には若いものの、将来的には公爵夫人としての地位を辿れるまでになった。
王室医師でもある若き侯爵の実家は、王族を親族に持つレイチェル公爵家。
婚約者が公爵位を継いで自身が女児を出産すれば、女性上位のこの国では王位継承権を持つ姫君、ノッデの称号を娘に付ける事が出来る。
オーファルゴートに暮らす貴族の子女にとっては、最大の栄誉に、セレンティアの心は大きく揺れ、また、アースティ侯爵が将来も有望で、王室所縁の輝かしい金髪を揺らした精悍な青年だった事も、彼女の矜持を更に高めた。
正式な婚約は一年後となったが、行儀見習いも兼ねた公爵家の侍女としての生活も始まる事となり、あれ程侮辱され続けてきた貴族令嬢達からも感嘆の声しか聞こえてはこない。
並の貴族では勤め上げられない、公爵家の侍女という重責、更に婚約の年齢にも満たないセレンティアの侍女登用を、父親は強く反対し続けたが、義母の勧めと、公爵家からの特別な計らいでの侯爵位への格上げと領地の兼任を任された事も有って、リグレット家は娘を公爵家へと送り出すしかなくなってしまった。
父や祖父母からの贈り物と、良くしてくれた侍女たちの手土産をバスケットに収め、アースティ侯爵から届いた青いドレスを身に纏う。
公爵家の馬車が領内を通り過ぎていくと、中に腰かけている少女が誰なのか知っているだろう領民たちが大きく手を振り続けた。
貧乏な伯爵家、何度も笑いものにされた深い色の黒髪セレンティアは、レイチェル公爵家を継ぐ夫人となるべく、新たな人生を踏むための門を潜り抜けていった。
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「……さあ、セレン。満足な給仕も出来ない侍女の肌を、その鞭で火照らせて下さる? これからは、貴方自身が調教師となって、愚かな娘たちに指導していくのよ」
怯える侍女のリューズは、榛色の髪に手を添え、こちらへの許しを請うようにしてから頭を床に擦り付けた。
その見すぼらしい姿に過去の自分を覚えながら、口元だけ微笑んで手にした鞭を頬にかすませて、リューズの腕を掴んで無理やり立たせる。
「安心なさって、レイチェル夫人。この娘は私がよく整えて、公爵家に働くものとして相応しいお道具を身に付けさせましてよ」
手枷を付けられたリューズは、強く振るわれていく鞭を避ける事も許されず、ただ自分の罪を少しでも軽くしてもらえるようにと、何度となくセレンティアへの謝罪の言葉を綴っていく。
謝るだけで公爵家から解放されるなら、反発を繰り返していたあの時の自分は何と愚かだったのだろう。
あの日、あの場所から逃げ出す勇気さえあるならば、伯爵家の娘として過ごせた。父の言葉に素直に従い、王位への野心など抱かなければ、こんな自分にはならなかった。
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健やかな風と共に、公爵領を示す看板が通り過ぎていった。
豪奢な毛並みをした四頭立ての馬車が、丘陵を駆け上がっていき、隣に控えた専任の小間使いが道々の案内を優美な口調で語りかける。
粗末なドレスと、質素な帽子に身を包んだ伯爵令嬢セレンティア・リグレットは終わりを告げ、これからは侯爵令嬢としての道と、公爵家嫡男との婚約という輝かしい未来が待っている。
リグレット伯爵家は、王家にも連なる血筋の生まれではあるものの、父の代で継いだ事業が軌道に乗らず、領地は荒れ果てて閑散としていた。
また、セレンティアが幼い日に母を亡くした事も有り、後妻となったラクトン夫人が新たに生まれた娘と息子に散財した結果、母が残してくれたドレスや宝石まで手放し、女学校への進学までもが途絶えてしまった。
このままでは、将来的に婚約の支度金でさえ用意する事が難しい最中、王室のお茶会で知り合ったアースティ侯爵に見初められ、まだ婚約の年齢には若いものの、将来的には公爵夫人としての地位を辿れるまでになった。
王室医師でもある若き侯爵の実家は、王族を親族に持つレイチェル公爵家。
婚約者が公爵位を継いで自身が女児を出産すれば、女性上位のこの国では王位継承権を持つ姫君、ノッデの称号を娘に付ける事が出来る。
オーファルゴートに暮らす貴族の子女にとっては、最大の栄誉に、セレンティアの心は大きく揺れ、また、アースティ侯爵が将来も有望で、王室所縁の輝かしい金髪を揺らした精悍な青年だった事も、彼女の矜持を更に高めた。
正式な婚約は一年後となったが、行儀見習いも兼ねた公爵家の侍女としての生活も始まる事となり、あれ程侮辱され続けてきた貴族令嬢達からも感嘆の声しか聞こえてはこない。
並の貴族では勤め上げられない、公爵家の侍女という重責、更に婚約の年齢にも満たないセレンティアの侍女登用を、父親は強く反対し続けたが、義母の勧めと、公爵家からの特別な計らいでの侯爵位への格上げと領地の兼任を任された事も有って、リグレット家は娘を公爵家へと送り出すしかなくなってしまった。
父や祖父母からの贈り物と、良くしてくれた侍女たちの手土産をバスケットに収め、アースティ侯爵から届いた青いドレスを身に纏う。
公爵家の馬車が領内を通り過ぎていくと、中に腰かけている少女が誰なのか知っているだろう領民たちが大きく手を振り続けた。
貧乏な伯爵家、何度も笑いものにされた深い色の黒髪セレンティアは、レイチェル公爵家を継ぐ夫人となるべく、新たな人生を踏むための門を潜り抜けていった。
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