物語の終わりを君と

お芋のタルト

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第三章『炎舞』

第二節「光無き」⑨ ・一等代員・

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目の前から迫る無数の【斬撃】。
それら全てを紙一重で回避する。

躱された【斬撃】は壁に当たる前に消滅し、後には傷1つ残らない。

回避しきれなかった分を剣で切り落とし【斬撃】を繰り出して反撃する。

「吾輩にその程度の攻撃は効かぬなぁ!」

苦し紛れに放った攻撃は呆気なく弾かれ消滅。
まるで羽虫を叩き落とすような要領で行われる。

「これならどう!」

少女は離れた距離から五連の【斬撃】を繰り出す。
5つの【斬撃】は猛スピードで男に向かっていく。

次の瞬間、男から10個の【斬撃】が放たれる。
そして、少女の技を打ち消して逆に5つの【斬撃】が少女を襲う。

少女は全くの同タイミングで迫る【斬撃】をその場から飛び退いて回避する。

しかし、回避した先で着地するタイミング、つまり避けられないタイミングで追撃を受ける。

咄嗟に【能動強化】で身体を覆うが直撃した【斬撃】は少女に無数の傷をつけた。

少女の体には既に無数の傷。
鋭い刃物で切られたような傷からは、今も止まることなく血が滴り落ちている。
それでも少女の高い戦闘力によってその傷は最小限に抑えられていた。

対する相手は【ジェー=ターギン】。
武力絶対主義の【メルバイン】において、【一等代員】の地位を得ている実力者。
剣を極め、【飛剣】の2つ名を持つ。

「ハッハッハ!よいぞ、よいではないかフィリイとやら!それだけの傷でまだ動けるか!」

フィリイは相手の攻撃を回避することに全力を注いでいたため、肩で息をしながら呼吸を徐々に整える。

(この人、想像以上に強い………!)

【斬撃】とは、剣術と【魔力】を組み合わせた高等テクニックである。
【魔力】の【一般能】には【強化】と【放出】の2つがあるが、【斬撃】はこの後者である。

単純に剣の切れ味を底上げする【強化】ではなく、【放出】の【魔力】を剣に纏わせ剣の形と性質を保ったまま対象へと放つ技。
【魔力】の操作が熟達していないと、地下でシェイムが球状の【放出】に失敗したように【斬撃】は形を保てずに大気中の【自然魔力】へと還る。

【斬撃】には切れるという性質を持たせなければならない。
そのため、【放出】した【魔力】がそのまま剣から剥がれ、飛び出すほどの速度とで剣を振るわなければならない。
斬撃は剣の有効範囲の拡張であり剣を振るうことが条件なのだ。

そんな難易度の高い【斬撃】という技術。
剣の腕が立つフィリイでさえ五連の【斬撃】を放つのが精一杯。

そもそも【斬撃】は剣の届かない範囲を攻撃する技であり、言わば純粋な剣の道から外れた技である。
剣の必殺技の様な扱いでは無く、相手との間合いを詰める足がかりにしたり、戦況を変えたいときに使う補助の技。
そのため【斬撃】だけを極める者はいない。

しかし、この男ターギンは例外であった。
それこそが、彼が【飛剣】と呼ばれる所以なのだ。

剣を握ったまま視線はターギンから片時も外さない。
戦闘が始まってからターギンはその場からほとんど動いていない。
そのため彼の足跡は足元に集中していた。

「ここまで腕の立つ剣士はなかなか居らぬ故、吾輩も楽しいぞ!」

ターギンから放たれる【魔力】が一段と大きくなり、異様なまでの威圧感を醸し出す。

(またあの攻撃が来る―――)

「【飛剣術ひけんじゅつ百景ひゃっけい】」

ターギンがその場で剣を一振すると、無数の【斬撃】が空間に出現しその場に留まる。
そして次の瞬間、それらは不規則なタイミングで放たれる。

フィリイは極限まで集中し、目の前から猛スピードで迫るそれを見極める。

あれら全てを躱すことはできない。
ならば自分にできることは被害を最小限に抑えること。
 
飛び退きながら【斬撃】や【放出】で作った【魔力】を放つが、自分の安全を確保する有効打にはならない。

(なんて数なの………!)

フィリイの目の前から迫る無数の【斬撃】。
気づけば【斬撃】は四方八方から迫っていた。

(この理から外れた力が―――)

フィリイは無抵抗なまま【斬撃】の波に呑まれた。

【斬撃】によって発生した突風が、肉を切り裂く悲痛な音を乗せてその場に吹き荒れる。

「吾輩がこの技を使うのは、技を使うに値すると認めた者だけであるが―――」

ターギンは誇らしそうに話していたが、そこで少し表情を暗くした。
一瞬の間を置いて再び話し出す。

「この技を2のはお主が初めてであるぞ。」

辺りに血を撒き散らし、ボロボロの体でなおフィリイは立っていた。
それだけでなく、尚も剣先をターギンに向けている。

「あら、今までどんなにひ弱な剣士と戦ってきたのかしら。私は………まだまだ戦えるわ。」

「吾輩の【斬撃】は岩をも簡単に切り裂く。しかし、お主の傷は浅い。………良い【身体強化】であるな。」

フィリイの体に負傷の数は多いものの、そのどれもが表面を裂いているに過ぎない。
それだけでも充分な怪我なのだが、ターギンの【斬撃】の威力を考慮すると、とっくに肉片になっていてもおかしくなかった。

「フィリイ、その名を覚えておいてやろう。吾輩の名を持って認める、お主は最高の剣士である。」

ターギンはハッハッハと高笑う。

「もちろん、吾輩の次に、であるがな。」

ターギンが【魔力】を練る。
溢れ出る【魔力】はターギンの剣に収束し始める。
【斬撃】が放たれる事は容易に予想できた。

フィリイは考える。

苦手な場所で戦ってしまった。
この狭い塔の中ではあの技が使えない。

玉帝龍ぎょくていりゅう一刀抜刀いっとういあい王龍閃おうりゅうせん】。

【玉帝龍】とは剣の流派である。
この流派の技は本来、【龍の加護】を受けている者しか使
しかし、それを膨大な【魔力】で無理やり技へと昇華させている。

【王龍閃】は【玉帝龍】随一の速さを持つ。
この技を繰り出すためには、助走距離を確保しなければならない。
それが無理やり技へと昇華させているのならば尚のこと。

彼女が【王龍閃】を繰り出すために必要な助走距離は通常の約2倍。
故に彼女の技は

そしてその距離は、この狭い塔の中では確保できない距離である。

「私は………こんなにも弱かったのね………。」

今にも【斬撃】を放とうとするターギンを前に、フィリイは自分の無力さに打ちひしがれていた。

自分は【玉帝龍】の技に頼らずとも強いと思っていた。
単純な剣術だけで目的を遂行できるほどに。
【王龍閃】は、対【天才】用の必殺技だと思っていた。

しかし、現実は違った。
冒険者になってから、フィリイは自分の無力さを感じていた。
ナゼルと戦った時にも【王龍閃】を使わないと勝てなかったし、ティリアには技を止められた。

そして、ルーディンと対峙した時には、【魔力】を使わなければ逃げることすら出来なかった。
使と決めていたあの力を、使わざるを得なかった。

そして今も。
【王龍閃】は使えず、追い詰められている。

私は、こんなにも弱かったのか。

「吾輩とこれほどまで戦えたのだ。自分を誇りながら死ぬがよい。」

未だ防御姿勢を取らないフィリイに向かって、ターギンは一切の躊躇なく剣を振り下ろした。

「【飛剣術・山双斬さんそうざん】。」

ターギンから放たれた【斬撃】は急速に膨らみ、塔の最上部に達するほど大きくなる。
巨大な【斬撃】が地を掠めながら一直線にフィリイへと向かう。

「お主がどう対処するのか見ものであるな!さあ、この攻撃を防ぐがよい!」

迫る死を前に、フィリイは驚く程に冷静だった。
【斬撃】を見据え、ゆっくりと左手を伸ばす。

そして一言、たった一言、小さく呟いた。

「【反射リフレクション】。」

瞬間、辺り一面が光ったかと思うと、ターギンが放った【斬撃】は進路を180度反転させ、そのままターギンを襲う。

「な、何が起こったのだ?!」

突然の出来事にターギンは慌てて【斬撃】を放って技を相殺しようとするが、技の威力は衰えずにそのままターギンにぶつかる。

「ぐっ………おおおおおお!」

【斬撃】は剣を盾に耐えるターギンを易々と押し込んで、塔の外へと飛び出した。

街の建物を瓦礫にしながら【斬撃】は進行する。
しかし、100m程進んだところでようやくターギンは【斬撃】を弾いて相殺した。

「今のは―――吾輩の技であるぞ。」

「ええ、そうね。確かにあれはあなたの技よ。」

いつの間にか雨は降り止み、空は煤けた雲で覆われていた。

瓦礫の道をフィリイが悠々と歩いてくる。
先程まで居た塔はヒビが入って今にも崩れそうな様子だ。

「………吾輩の【魔力】は【斬撃操作スラッシャー】。斬撃の速度、数、方向性、威力の全てを思いのままに操作できる力である。」

フィリイはターギンの技を思い出す。
剣を一振するだけでいくつもの【斬撃】を生み出したり、【斬撃】をその場に留めたり、別の方向から向かわせたり、先程の技のように大きくしたり。
これが彼の技の正体だったのだ。

「吾輩の【特性】ならば、自分の【魔力】で生み出した【斬撃】を消滅させることも容易いのである。しかし先程の【斬撃】は消せなかった。」

ターギンは難しい顔で考え込む。
その間にもフィリイはゆっくりと近づいている。

「つまり、先程の【斬撃】は吾輩の技であって、吾輩の【魔力】では無かった、ということであるな。」

「案外頭が回るのね。そう、あなたがどれだけ【斬撃】を放っても無駄ってことよ。」

フィリイはターギンに挑発的な目を向ける。

「随分と生意気な口を利くではないか。無駄、と言ったが、吾輩はそうは思わぬぞ。」

ターギンは今の一瞬でフィリイの【特性】を予想する。

「【斬撃】がお主に返された時、そこに込められていたのは吾輩の【魔力】ではなくお主の【魔力】であった。つまり、お主は相手の技を返そうとする時、その技に込められた【魔力】と同じ量の【魔力】を込めなければならない。………当たりであろう?」

「………。」

ターギンの問にフィリイは答えなかった。
しかし、それはターギンの予想が当たっていると言っているようなものだった。

フィリイの反応を確認して、ターギンは決して悟られぬように心の中で安堵する。

反射リフレクション】は言わずと知れた非常に強力な【魔力】。
相手の【魔力】をそのまま返す力だと聞いた時は、ターギンも心底驚いた。

しかし、実際に受けてみて理解した。
反射リフレクション】は

いや、【特性】としては強力だが実践向きではない。
実践で使うにはあまりに【魔力】の消費が大きすぎる。

相手の【魔力】と同量の【魔力】を消費し、さらに【反射リフレクション】を発動するための【魔力】を消費する。

強力な【特性】ほど、【魔力】の消費は多くなる。
ターギンの技を返せるのは2回、多くて3回使える程度だろう。

その裏付けとして、フィリイは追い詰められるまで【反射リフレクション】を使わなかった。

「吾輩の勝ちは変わらぬ!【飛剣術・百景】!」

100の【斬撃】が多方からフィリイに襲いかかる。
視界を埋め尽くす程の波状攻撃。
しかし、フィリイが呟く言葉は変わらない。

「【反射リフレクション】。」

その瞬間、100の【斬撃】は四方八方へと弾け飛ぶ。
【斬撃】が当たった家屋は、一撃で瓦礫と化す。
街は既に甚大な被害を受けていた。

「街を破壊して何も思わぬか、悪魔であるな!」

ターギンが塔を壊さないように戦っていたのは、街への被害を出さないためである。
しかし、もうそんなことを気にしている余裕はない。
兵士達が住民の避難を済ませていることを願う。

「【飛剣術・百景】!」

「【反射リフレクション】。」

再び100の【斬撃】がフィリイを襲うが、その後の光景は先程と同様だった。

しかし、フィリイから溢れる【魔力】が一瞬、彼女から放たれる【魔力】が極端に小さくなる。

「ハッハッハ!どうやら勝負は見えたな!吾輩の勝ちである!」

ターギンの予想通り、フィリイに残された【魔力】ではもう【反射リフレクション】は使えないように見える。

ターギンの【魔力】は残り3割程度。
彼も【斬撃操作スラッシャー】による【飛剣術】はあと1回が限界。
ここまで追い詰められたのは初めてだったが、ターギンは持久戦に勝利した。

周りの街はもう原型を留めていない。
ターギンはこの国の【一等代員】として、この事態を許せなかった。

「反逆者よ、死をもって償うがよい!」

ターギンは【魔力】を練り上げ剣に集中させる。
そして、全身全霊を込めて技を繰り出す。

「【飛剣術・大昂神彗星たいこうかんえいせい】!」

発生した2本の【斬撃】は十字に重なり遥か上空まで登っていく。
黒い雲を切り裂いてなお登り続ける。
そして、遂には視界から完全に消えてしまった。

街に訪れる静寂。
そして、遠くの方から地鳴りのような音が鳴り響いてくる。

次の瞬間、雲を吹き飛ばす勢いで上空から姿を現したのは、街を飲み込む程大きな十字の【斬撃】だった。

ズキッという頭痛で、ターギンは頭を押さえた。

【魔力】を貯蓄する場所を【魔力タンク】と呼び、その最大容量のことを【飽和魔力量】と呼ぶ。

大昂神彗星たいこうかんえいせい】は、【飽和魔力量】の2割以上を消費する【飛剣術】の最大威力の技。
そしてそれは、相手が動けないことを前提とする予備動作の大きい技である。

【魔力タンク】の【魔力】を全て消費すれば、【魔力切れ】という状態に陥る。
【魔力切れ】は目眩、頭痛、吐き気、動悸、倦怠感などの症状があり、まともに立つことすら出来なくなる。

1歩間違えれば【魔力切れ】に陥る賭けに、ターギンは勝ったのだ。

「跡形もなく消し飛ぶがよい!!!」

空一面を【斬撃】が覆う。
その光景は正しく地獄、この世の終わり。
天変地異が起こったのかと錯覚するような光景を前に、フィリイはその場から高く飛び上がった。

「まだ飛び上がる力が残っていたのであるか………?」

フィリイはもう【魔力切れ】を起こしてまともに動けないはず。
仮に最後の力を振り絞ったとしても、飛び上がって【斬撃】に向かって行って何ができるというのか。

ターギンは変わらず勝利を確信する。

フィリイは落ちてくる【斬撃】のすぐ側まで迫ると、小さくなったターギンを見下ろす。

空一面の十字架を背負った彼女の姿は、世界を救う天使にも、世界を終わらせる悪魔にも見えた。

「………この技も、あなたにお返しするわ。」

「ま、まさか―――」

フィリイは右手を【斬撃】に向け、言った。

「【反射リフレクション】。」

巨大な【斬撃】は進路を変え、ターギンのいる地上へと吸い込まれていく。

「馬鹿な!その技は吾輩の2割の【魔力量】であるぞ………!!どこにそんな【魔力】が残っていると言うのだ?!まさかお主―――」

【斬撃】は街に衝突する。
その瞬間、隕石が落ちたかのような衝撃派と共に、【斬撃】は地面を削り取り街を抉る。

街を支える岩の角を削ぐようにして入り込んだ【斬撃】は、正しく巨岩の縁を削り取った。
街の一部が土台の岩ごと粉砕され、500m下の大地へと落ちていく。

この日、【メルバイン】の地図から一部の地域が姿を消したのだった。





「ようやく終わったわね………。」

スタッとフィリイは上空から降ってきて着地する。

自分より前方の街が消えたのを確認して、フィリイは一息つく。

あの威力の技なら流石に無事では済まないだろう。
軌道を少しだけ身体の中心から逸らしておいたから、運が良ければ生きているかもしれないが。

戦いに決着が着いたことを確認すると、フィリイは後方を確認する。

地下へと続く階段がある塔は半壊し、塔の下部が辛うじて形を保っていた。

よし、階段はまだ塞がっていない。
時間を掛けすぎてしまった。
早く向かわなければ、シェイム君の元へ―――

「派手にやってくれましたね。」

フィリイの横から声が掛る。

「ジェーからは手を出すなと言われていましたから、私は住民の避難をしていましたが―――」

瓦礫を踏み分け男が姿を現す。

黒と金の装飾が施された暗い紫色のローブ。
そして、その胸には十字の傷のようなマークが着いている。

「こうなったからにはそんな約束は無しですね。………【一等代員】として、貴方をこの場で殺します。」

可能性として考えていなかった訳では無い。
しかし、フィリイにとっては大きな誤算。

この街にヴァルバロと共に訪れた【一等代員】は2
ターギンに続く2人目の【一等代員】が姿を現したのだった。
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