上 下
3 / 25
プロローグ

閑話 評論家の涙

しおりを挟む
これはソラたちが異世界へ旅立つ前のお話


私はある日、日本のとある町に仕事に来ていた。そこは、地元の人の活気にあふれ商売が盛んな町だった。
魚は釣りたて、野菜は摘みたての鮮度がいいものばかりが並んでいる。

そんな人が往来する町の人はみんなこぞって夕方にはあるお店に向かう。そこは、一般的な食堂と見た目は対して変わらないお店だ。

しかし、噂では3時間待ちの行列ができるらしい。
その光景はまるで開園前のテーマパークのようだと、ネットで話題になった。

そんな噂を確かめるため、私はわざわざフランスからやってきた。

そう、私、セシリーは、フランスに拠点を構える一級評論家だ。
フランスという一流の料理人が集まる国で、私は毎日、レストランをまわり、評価をつけてきた。
私は世界でも厳しいということで名の知れた評論家で、実際に三ッ星を与えた店は年間、億という単位で稼げるほどに賑わうのだった。

そんな私がなぜこんな場所にと思うかもしれないが、私の尊敬するフランスの日本店のオーナーが言っていた。

「私が、料理人を目指したのは、ある町の幼い料理人リトルシェフにあったからだ。
あの日、あの男の子に出会うことがなければ私は料理なんてやめているよ。
手を傷だらけにしながらも、お客さんのため、妹のために料理をするあの子は多分、世界一の料理人になるだろう。」

私は、自分が尊敬する人が尊敬する人に会いたくなった。
それから、時間を調整してやっと日本にやってきた。


私は町を歩き続けてやっと目的の店まで来た。
見た目はフランスのレストランと比べてもパッとしないものだった。

しかし、並んでる人の数が半端ではない。
行列が3時間待ちと言われるのもわかる。
サラリーマン、老夫婦、家族連れと色んな客層が見られた。

とりあえず私も列に加わる。
なんと列の最後尾。もう、閉店間際なのか、私の後ろにはその後誰も並ばなかった。

とりあえず、店の内部が少し見えるので目を凝らしてみる。

料理をしているのは、若い男の子のようだ。
年齢は多分、高校生くらいだろうか?
厨房はどうやら1人らしい。1人でこの人数の客に料理を出しているのに私は驚いたが、早いだけでは評価にも値しない。
実際に早いだけの店なんて、私はいくつも潰してきた。

さらに、給仕の人も1人らしかった。こちらも高校生くらいの女の子で、男の子と顔が似ているため、私は兄妹だとわかった。この店は2人でやっているようだった。

それからも様子を確認していたが、私はあることに気がついた。

それはお客さんたちの表情だった。店の前に並んでいる人たちは、店内から漂う香りに期待に胸を膨らませて入る前からニヤニヤしている。

店内で待っている人は、ときに兄妹の子たちと会話をしながら笑っており、料理を食べている人は、その味に幸せそうな顔をしていた。

食べ終わった人は、また来ると伝えて、暗くなった道を笑顔で帰っていくのだった。

気がつくと私以外のみんなが笑っていた。
兄妹の2人まで、忙しいとは感じられないくらい楽しそうだった。

そうしているうちに私の順番が回ってきた。

私が中に入ると給仕の女の子が話しかけてきた。

「いらっしゃいませ、えっと、日本語わかりますか?」

見た目で日本人じゃないとわかったからだろう。
しっかりと確認をしてくれていた。

「だいじょうぶよ。ありがとう。」

私は素直に感心した。
普通、入ってきた外国人にはわざわざ声をかけない。
先に案内して、それで終わりだ。

私は料理をしている男の子の前のカウンターに案内された。

すると、男の子が話しかけてきてくれる。

「いらっしゃいっ!初めてのお客さんですね。僕はここの店を切り盛りしてる店長のソラです。今日はお客さんが最後ですから、多少時間がかかってもいいので、食べたいものをなんでも言ってくださいね。」

そういって、男の子はまた、料理を始めた。
私は、その姿に恥ずかしながらも尊敬するフランスの日本人シェフの言葉を思い出した。

…あの男の子に出会わなければ、私は…

男の子ははっきりいってカッコよかった。
料理の腕もそうだが、なんといっても料理に向かう姿勢だった。

すごく楽しそうだった。
作る量は多い。手伝ってくれる人はいない。そんな状態でも男の子は、手を抜くことをせず、一生懸命で、何より楽しそうだった。

そんな姿に目が離せなくなって、視線に気付いた男の子は私に聞いてきた。

「あっ!決まりましたか?すいません、気づかなくて。」

「い、いえ、大丈夫よ。
そうね、それなら、…私、フランスから来たのだけど、あなたにお任せしてもいいかしら?」

と少し、試す気待ちで意地悪をしてみた。
食の本場、フランスから来たと言われればプレッシャーになると私は思った。

すると男の子は少しだけ、驚いたような顔で

「フ、フランスからですか?そんな遠くからうちに来てくれるなんてうれしいですね。
期待に応えられるかわかりませんが、精一杯やりますね。少しお時間いただきますね。」

「ええ、大丈夫よ」

、とすこし恥ずかしそうな顔をしながら作りはじめた。

私は意地悪も通用せず、諦めて待つことにした。

そして、お客さんが私以外にいなくなり、私が女の子と少し話しながら待っていると、

「お待たせしました。時間かかってすいません。
でも、味は保証しますよ。」

と言って、皿を一つ私の前に置いた。

「これは、ラタトゥイユよね?家庭料理じゃない…」

そう、男の子が出したのは新鮮な夏野菜をハーブなどと一緒にワインで煮込んだフランスの過程料理、ラタトゥイユだった。

私はお任せするといった手前、怒ることは出来ず、しぶしぶラタトゥイユを口にするのだった。

しかし、口に含んだとたん、私は体の内側から暖かくなるのを感じた。
夕方からしばらく並んだため、少し身体が冷えていたため、ラタトゥイユの暖かさがしみる。

しかし、それだけではなかった。

私は、仕事がらフランスの人気料理店ばかりを食べ歩き、評価をしていた。だからというわけではないが、わたしがラタトゥイユを口にするのは家を出て以来だった。

私は美味しさもさることながら、この料理にどこか懐かしくなり、冷え切っていた心も暖かくなった。

気付けば、私は涙が溢れていた。

正直、ラタトゥイユがこんなに美味しいと思わなかった。

私はなぜこの料理を選んだのか聞いた。

「どうして、…この料理を私に、」

「…逆に聞きますね。」

質問しているのは私なのに、と思ったが素直に言うことをに耳を傾けた。

「ええ、」

「あなたにとって美味しい料理ってどんなものですか?」

「えっ!?」

私は評論家の自分にそんな質問をしてくる男の子に驚いた。

「そ、そうね。やっぱりバランスかしら。見た目、味、香り、そして、食材かしら?フランスのお店はそういったバランスのいい料理が多いわよ。」

「…まるで評論家の人のいいそうな意見ですね。
…なるほど、あなたにとって料理とはそういうものですか。それは料理ではなく、作品っていうんじゃないですか?」

その言葉に私は腹が立った。
こんな子供にバカにされる覚えはないし、評論家としてのプライドもある。こんな子供より美味しさもわかっているつもりだった。

私はたまらず聞き返した。

「なら、あなたの美味しい料理ってなんなの?」

すると少年は恥ずかしそうにしながら答えた。

「やっぱり、愛情ですねぇ。」

私の怒りは止まらない。

「そんなわけないでしょ。愛情がこもってたって不味かったら、お客さんはこないわ、あなたはプロじゃない。そんなふざけた考えで料理を出すんじゃないわよ」

「なにも、ふざけてなんかない。
僕も、妹から学んだことなんで、そんなにたいそうなことは言えません。でも、ぼくは昔、料理が下手でした。でも、妹と2人しかいないから僕が料理を作らないといけなかった。

はじめは、何もうまくいきませんでした。包丁もろくにつかえず、作れる料理は黄身の崩れた焦げた目玉焼きくらい。

流石に僕も、それしかできなかったときは、外食にしようと、妹にいいました。

でも、妹はそんな僕の前でさらに乗った目玉焼きを食べはじめました。
まずいと言いながらも、少しも残さず食べてくれましたよ。」

私はただ、黙って聞いている。

「僕にはその時の妹の気持ちはわかりません。
でも、未だに妹はあの時の味は一生、忘れないそうです。
ぼくも、外食なんて行きません。
べつに、外食がまずいというわけではないです。

でも、僕は外食で食べる華やかな料理よりも、妹が僕のために野菜をちぎって盛り付けただけのサラダの方が100倍美味しいです。」

わたしは、彼が何を言いたかったのか、少しだけ理解できた。

だから、彼は料理を作りながらもお客さんと会話し、一人ひとりにできるだけあった料理を作ろうとしたのだ。

だから彼は私に最初、こういったのだ。

…はじめてのお客さんですね、と

これだけ人が並ぶ店で人の顔を覚えるなんて到底できることではない。
でも多分、この男の子は来た人を忘れないのだろう。

「では、最後に聞かせてください。貴方にとってラタトゥイユはどうでしたか?」

そう、ラタトゥイユはただの家庭料理、でも…

「美味しかったわ、あなたのは私の母の次にだけどね」

私はそういって、席を立った。
皿の中のラタトゥイユはすでになかった。

「そうですかっ、わざわざ来てもらえてよかったです。今日は怒らせてしまったようですが、もし、また来てくれるなら、必ず笑わせられる料理を用意します。」

私は、少し顔を赤くして、

「…ま、また きてあげるわ」

といって、帰っていくのだった。






「そうか、リトルシェフにあったか…。」

私はそれからフランスに返ってきた。
今は、日本人シェフの店にご飯を食べに来ている。

「ええ、会ってきました。リトルっていう感じではなかったですけど。」

「そうかぁ。で、料理はどうだった?」

「そうね、私、評論家やめようと思うの。多分、あの料理を味わってしまうと、他の料理を食べても美味しくないかもしれないもの。」

「それはたいへんだなぁ。で、そんなお前がうちにメシかい?」

「ええ、美味しいものを食べさせてちょうだい。」

「そいつは難しそうだなぁ。で、なににする?」

「それはもちろん、お任せでっ!」





のちに、セシリーはこう語る。

…私は日本のある町の食堂で世界一の『料理』にであった。それからというもの、私はどのお店に行っても満たされない。なぜなら、あなたたちのは、すべてきれいな『作品』でしかない。
そんなものは美術館にでも出しておきなさい。そんな、飾りの力を身につける時間があるなら、客を触れ合い、知りなさい。あなた達の料理を食べる人を!
私は、『料理』を食べさせてくれたあの少年を評価する。
ただ…、星を3つまでしかつけてあげられないのが悔しくてたまらない。

またいづれ、足を運ぼう。


最高の『料理』を食べに…


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...