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③篠原海の話
17話
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「まずストーカーの件でわかっていることがいくつか。まずは彼、もしくは彼女には『このマンションに入る権限が本来は無い』という事。これはオレが勝手に合鍵で居座っていた期間に何もモーションをかけてくることが無かったからだ。そしてソイツは朝は監視できない立場にいる。三人で出勤、登園する日もあったのにその時点で突っ込んでこない。という事は、相手は近くの区内には住んでいない。かつ、篠原くんと同じ生活サイクルで生きている社会人と推測できるな」
頭の中の全ての人間を洗ってみる。が、やはり該当する者はいない。
「大体ですよ、僕の事を好きになる人がいてたまりますか。育児に仕事に、自分で言うのもなんですけど普段人と仲良くなんてしませんよ」
西京は苦笑いをして頬を掻いた。
「キミは俺の存在を忘れているようだ」
「貴方は特別でしょう」
「いや……、キミは結構会社でモテているらしいぞ……? まさか気づいていないのか?」
それはないと思うのだが。そう言うと西京は「うーん」と頭まで抱えだした。
今の会社に入社して早幾年、バレンタインデーにも義理チョコ以外貰ったことは無いし、告白もお誘いも貰ったことはない。
「……いや、うん。僕は西京さん以外には迫られたことはないと思います」
「ストーカーくんには同情するよ……」
一息つこうか、と西京がミネラルウォーターをグラスに入れてくれる。
西京は篠原にグラスを手渡すと、一口喉に通した。
「多分、会社の人だと思うんだけどな。本当に他人という線も無い事は無いが、もしそうなら朝の時間帯にモーションをかけてこない理由にならん」
「会社……、普通に九時、六時の会社ですよ?」
「ああ、だから今日なんだろう」
「と、言うと?」
「シフト制の会社員の友人に心当たりは?」
「……あるっちゃありますけど、みんな地元ですね」
友人は、親から命令された時に遠い地元に残してしまった。今は連絡も取っていない。
「友人なんて居たらオレに送り迎えのお鉢は回ってこない。先生方から聞いているぞ。閉園遅刻常習犯だと。だから友人の線は消える。園の先生方は皆既婚だし、保護者の線もないな。何故ならキミを付け回すにはあまりにも情報が無さすぎるからだ」
確かにそうだ。朝はギリギリにまつりを引き渡して、夜もギリギリにまつりを回収する。もうまつりも年長さんだというのに、ママ友、パパ友なんて一人もいないのがその証拠。自分にはこちらに来てから仕事以外の他人の接点なんてない。
「会社……、会社ですか……」
「会社なら先日のバーベキューで調査済みだ。キミはすごくモテる! 容疑者はあふれるほどいるぞ!」
「それはそれで嫌ですけど」
仲間内にストーカーがいるなんて考えたくもない。
「ま、後は任せてくれ」
西京はグラスの中のミネラルウォーターを飲み干すと、空になったグラスを洗い場に持っていく。どこからその自信が来るのかはわからないが、何も手掛かりが浮かばない今は、西京に頼るしか案は浮かばなかった。
「と、いう訳で来ちゃった」
「なんでですか!?」
西京が珍しくスーツ姿を見せたのは篠原の勤める会社内の客室だった。
「ちゃんとアポも取ったし仕事の一環だぞ」
「ええ……、貴方無職でしょう」
「今日は父親のお使いだ。この会社は父の会社と関わりがあってな、視察だと言って入り込むのは容易だった」
「職権乱用……」
客用のお茶をテーブルに置こうとすると、西京はふるふると首を振ってそれを拒んだ。
「今日は君のストーカーを探しに来たんだ。社内を見せてもらうぞ」
「ちょ……!」
客室の椅子から立ち上がり、今度は西京は社内を見回りたいと言い出した。
こんな事が許されるのかとは思うが、今日の西京はお客様だ。お客様の命令は断れない。
秘書課、営業、庶務……、要望通りに社内を見るのに気が済むまで付き合ってやると、西京は「ふむ、」と考え込むようなそぶりをした。
「……はあ、もう気が済みましたか。帰ってください」
「いや、まだ時間はあるだろう」
「貴方の時間はあっても僕の時間は限られているんですが!?」
どんな手を使ったのか上司直々に「西京の案内をよろしく」と頼まれてしまった。
その命令がある以上、篠原は西京の面倒を見なければいけないのだが、正直自分のためにやってくれているとは言え、仕事の邪魔はしてほしくない。
「……まだ確かめてないことがあるんだ」
「というと?」
「げ、お前なんでこんなところにいるんだよ」
後ろから声がかけられた、と思ったら、そこには怪訝な顔をした中野の姿があった。どうやら外回りから帰ってきたらしい。
もうそんな時間なのか、腕時計を確認すると既に西京が来て二時間も経っていた。
「やあ、中野。待っていたぞ」
「うっわ」
中野は本気で嫌そうな顔をした後、西京を見てため息を吐いた。
「なんで会社まで来てんだよ……」
「探し物があってな。中野、篠原くんのストーカーについて何か知っているか?」
「ストーカー?」
「ああ、いろいろ考えて社内にいると思ったんだが」
「いるわけねえだろ。……篠原さんも大変ですね、これの世話を四六時中なんて」
「ええ……本当に」
本当に篠原が何をしたというのだろうか。まつりの世話だけでも忙しいのに、自分の事が好きだなんて物好きを近くに置いて、さらにストーカーまでされているらしい。前世で悪い事でもしたのか、桜とまつりを殺そうとしたツケが一気に来ているのか。
「……うむ」
西京はひとりごつと、気が済んだように振り返り出口へと向かった。
「どうしたんですか、西京さん」
「いや? もう気が済んだというだけだ」
「えっ、帰ってくれるんですか」
自然と声が喜びで上ずってしまう。
「夕食の準備があるからな、ああ、見送りは良いぞ」
「そうはいきませんよ、中野さん、ちょっと行ってきますね。お話はまたあとで」
「ほんとウチのがすみません……」
申し訳なさそうにする中野に逆にこちらが申し訳なくなる。
中野は秘書課でも人気なイケメンエリート営業マンだ。顔は良いし、営業成績はトップ、誰にでも優しく、部下からの信頼も厚い。
その彼が西京の友人だなんて信じられない。
どうしてまともな友人をもって本人はああなのか。理解がしがたいと本気で思う。普通は気の合う者同士が惹かれ合う者ではないのだろうか。篠原にはもう友人はいないも同然だからわからないが、あの二人に何の共通点があるというのだろう。
「いえ、むしろ……、ああ、これ以上言うと調子乗るので本当に行ってきます」
ずんずんと前に進んでいく西京にため息を吐きながらついて行く。
初めて来たというのに、勝手知ったる自分の家ならぬ会社と言う様に進んでいく西京にため息が出る。本当にこの人は自由だ。
「西京さん、待ってくださいよ。ていうかなんでそんなサクサク歩けるんですか」
「オレは一度記憶したものは忘れないんだ。キミの送り迎えが無くても普通に帰れるぞ」
「それは立場的に無理なんです」
二人しかいないエレベーターの中で言葉を交わす。
「篠原くん、オレ達は恋仲ではないから何とも言えないのだが」
「何言いだすんですか?」
神妙な顔で突拍子もない事を言い出す西京に篠原は怪訝な顔をする。西京はそのまま篠原の反応も無視に言葉を連ねた。
「キミは中野の事をどう思っている?」
「は? 普通に同僚ですよ」
「そうか」
別に好きでも嫌いでもない。いや、人柄もいいし、どちらか選べと言えば好きな部類に入るとは思う。だが、二人の間には飲み会や先程の様な世間話をするくらいしか接点は無いし、それ以上の何かは心配されるほどないと言えるだろう。
(そもそも、色恋についてこの人に何か言われる立場ではないと思うけど……)
「——中野の事だが、」
西京には珍しく言い淀む姿に、篠原は首を傾げた。
「はい」
「彼は数少ないオレの友人だ。よろしく頼む」
「え、ええ。はい」
いったいどうしたのだろう。いつもならば「ま、オレの方が全てのスペックに勝っているから? キミが選ぶのはオレだろうな!」くらいは言うと思ったのに。
そこまで考えてハッとする。
(いやいや中野さんをホモにするのは想像でも失礼だろ!)
両頬をパン、と叩き自信の正気を引き戻す。きっと日々男から口説かれているから頭がおかしくなっているのだろう。篠原家には既に普通ではない家政夫がいるのだ。自分が正気を失くして染まってはいけない。なんてったって、まつりの教育上よくない。
「どうした、篠原くん」
「……いえ、なんでも」
「では、オレはこれで。今日の夕飯は魚の煮つけだ、期待してくれ」
「定時で帰れるよう努力はしますよ」
顔だけは良いからか、受付嬢にひそひそと言われながら顔を赤らめられている姿に「あーあ」と思う。顔だけならば本当に良い人だと思うのだ。他人から見てもやはりそうなのか、西京がエントランスを出た瞬間、受付嬢たちが身を乗り出して質問してきた。
「篠原さん! さっきのイケメン誰なんですか!?」
「今日の夕飯って何ですか!? お友達ですか紹介してください!」
ぐいぐいくる二人に篠原はため息を吐く。
(お嬢さん方、あの人そんなにいい物件じゃないですよ)
大体なんでもできるけど、何でもできるが故に倫理観どっかに落っことしてるし、顔は良いけど、合法ストーカーしてくるし、何も知らない娘を二秒で懐柔してくるし。
自分がまともな人間だったら即通報。通報しなかった、というか出来なかったのは万が一、桜の件を掘り返されたらいけないからだ。
思えば、だいぶ無茶な選択をしたなと思う。
西京がもしもロリコンだったら、と思うと、自分はどうしていたかなと考えてしまう。恐らくは……、また手を汚そうとしていたかもしれない。
桜という邪魔者がいなくなった今、まつりは自分の生きる意味で贖罪の対象だ。
そんなまつりに傷をつけようというのなら、殺してでも止めなければいけない。
殺し損ねたならば最後まで生かさなければ。
「篠原さーん?」
「わっ」
化粧が濃い方の受付嬢が篠原に声をかけてくれる。
「ぼーっとしちゃって。もしかして篠原さんもあの方狙いだったり?」
そういうともう片方、黒髪の受付嬢がニコニコと笑いかける。
「娘さんにもお父さん必要って時ありますもんね~」
「あー! ウチも片親だったけどあった! こういう時父親いたらな~、みたいな!」
そんなことがあるのだろうか。どちらかというと西京は母親の部分を担ってくれている……、いや、父親の部分もかもしれない。まつりを幼い女の子ではなく一人の人間として見てくれるのは性別関係なく「親」としての役割を果たしてくれていて、正直助かる。
「あの……」
「はい?」
「あの顔で料理が出来て、家事全般もしっかりやってくれて、娘の送り迎えもやってくれるって、女性的にはどう思います……?」
受付嬢の二人は顔を見合わせてこう言った。
「超激レア優良物件じゃないですか!」
頭の中の全ての人間を洗ってみる。が、やはり該当する者はいない。
「大体ですよ、僕の事を好きになる人がいてたまりますか。育児に仕事に、自分で言うのもなんですけど普段人と仲良くなんてしませんよ」
西京は苦笑いをして頬を掻いた。
「キミは俺の存在を忘れているようだ」
「貴方は特別でしょう」
「いや……、キミは結構会社でモテているらしいぞ……? まさか気づいていないのか?」
それはないと思うのだが。そう言うと西京は「うーん」と頭まで抱えだした。
今の会社に入社して早幾年、バレンタインデーにも義理チョコ以外貰ったことは無いし、告白もお誘いも貰ったことはない。
「……いや、うん。僕は西京さん以外には迫られたことはないと思います」
「ストーカーくんには同情するよ……」
一息つこうか、と西京がミネラルウォーターをグラスに入れてくれる。
西京は篠原にグラスを手渡すと、一口喉に通した。
「多分、会社の人だと思うんだけどな。本当に他人という線も無い事は無いが、もしそうなら朝の時間帯にモーションをかけてこない理由にならん」
「会社……、普通に九時、六時の会社ですよ?」
「ああ、だから今日なんだろう」
「と、言うと?」
「シフト制の会社員の友人に心当たりは?」
「……あるっちゃありますけど、みんな地元ですね」
友人は、親から命令された時に遠い地元に残してしまった。今は連絡も取っていない。
「友人なんて居たらオレに送り迎えのお鉢は回ってこない。先生方から聞いているぞ。閉園遅刻常習犯だと。だから友人の線は消える。園の先生方は皆既婚だし、保護者の線もないな。何故ならキミを付け回すにはあまりにも情報が無さすぎるからだ」
確かにそうだ。朝はギリギリにまつりを引き渡して、夜もギリギリにまつりを回収する。もうまつりも年長さんだというのに、ママ友、パパ友なんて一人もいないのがその証拠。自分にはこちらに来てから仕事以外の他人の接点なんてない。
「会社……、会社ですか……」
「会社なら先日のバーベキューで調査済みだ。キミはすごくモテる! 容疑者はあふれるほどいるぞ!」
「それはそれで嫌ですけど」
仲間内にストーカーがいるなんて考えたくもない。
「ま、後は任せてくれ」
西京はグラスの中のミネラルウォーターを飲み干すと、空になったグラスを洗い場に持っていく。どこからその自信が来るのかはわからないが、何も手掛かりが浮かばない今は、西京に頼るしか案は浮かばなかった。
「と、いう訳で来ちゃった」
「なんでですか!?」
西京が珍しくスーツ姿を見せたのは篠原の勤める会社内の客室だった。
「ちゃんとアポも取ったし仕事の一環だぞ」
「ええ……、貴方無職でしょう」
「今日は父親のお使いだ。この会社は父の会社と関わりがあってな、視察だと言って入り込むのは容易だった」
「職権乱用……」
客用のお茶をテーブルに置こうとすると、西京はふるふると首を振ってそれを拒んだ。
「今日は君のストーカーを探しに来たんだ。社内を見せてもらうぞ」
「ちょ……!」
客室の椅子から立ち上がり、今度は西京は社内を見回りたいと言い出した。
こんな事が許されるのかとは思うが、今日の西京はお客様だ。お客様の命令は断れない。
秘書課、営業、庶務……、要望通りに社内を見るのに気が済むまで付き合ってやると、西京は「ふむ、」と考え込むようなそぶりをした。
「……はあ、もう気が済みましたか。帰ってください」
「いや、まだ時間はあるだろう」
「貴方の時間はあっても僕の時間は限られているんですが!?」
どんな手を使ったのか上司直々に「西京の案内をよろしく」と頼まれてしまった。
その命令がある以上、篠原は西京の面倒を見なければいけないのだが、正直自分のためにやってくれているとは言え、仕事の邪魔はしてほしくない。
「……まだ確かめてないことがあるんだ」
「というと?」
「げ、お前なんでこんなところにいるんだよ」
後ろから声がかけられた、と思ったら、そこには怪訝な顔をした中野の姿があった。どうやら外回りから帰ってきたらしい。
もうそんな時間なのか、腕時計を確認すると既に西京が来て二時間も経っていた。
「やあ、中野。待っていたぞ」
「うっわ」
中野は本気で嫌そうな顔をした後、西京を見てため息を吐いた。
「なんで会社まで来てんだよ……」
「探し物があってな。中野、篠原くんのストーカーについて何か知っているか?」
「ストーカー?」
「ああ、いろいろ考えて社内にいると思ったんだが」
「いるわけねえだろ。……篠原さんも大変ですね、これの世話を四六時中なんて」
「ええ……本当に」
本当に篠原が何をしたというのだろうか。まつりの世話だけでも忙しいのに、自分の事が好きだなんて物好きを近くに置いて、さらにストーカーまでされているらしい。前世で悪い事でもしたのか、桜とまつりを殺そうとしたツケが一気に来ているのか。
「……うむ」
西京はひとりごつと、気が済んだように振り返り出口へと向かった。
「どうしたんですか、西京さん」
「いや? もう気が済んだというだけだ」
「えっ、帰ってくれるんですか」
自然と声が喜びで上ずってしまう。
「夕食の準備があるからな、ああ、見送りは良いぞ」
「そうはいきませんよ、中野さん、ちょっと行ってきますね。お話はまたあとで」
「ほんとウチのがすみません……」
申し訳なさそうにする中野に逆にこちらが申し訳なくなる。
中野は秘書課でも人気なイケメンエリート営業マンだ。顔は良いし、営業成績はトップ、誰にでも優しく、部下からの信頼も厚い。
その彼が西京の友人だなんて信じられない。
どうしてまともな友人をもって本人はああなのか。理解がしがたいと本気で思う。普通は気の合う者同士が惹かれ合う者ではないのだろうか。篠原にはもう友人はいないも同然だからわからないが、あの二人に何の共通点があるというのだろう。
「いえ、むしろ……、ああ、これ以上言うと調子乗るので本当に行ってきます」
ずんずんと前に進んでいく西京にため息を吐きながらついて行く。
初めて来たというのに、勝手知ったる自分の家ならぬ会社と言う様に進んでいく西京にため息が出る。本当にこの人は自由だ。
「西京さん、待ってくださいよ。ていうかなんでそんなサクサク歩けるんですか」
「オレは一度記憶したものは忘れないんだ。キミの送り迎えが無くても普通に帰れるぞ」
「それは立場的に無理なんです」
二人しかいないエレベーターの中で言葉を交わす。
「篠原くん、オレ達は恋仲ではないから何とも言えないのだが」
「何言いだすんですか?」
神妙な顔で突拍子もない事を言い出す西京に篠原は怪訝な顔をする。西京はそのまま篠原の反応も無視に言葉を連ねた。
「キミは中野の事をどう思っている?」
「は? 普通に同僚ですよ」
「そうか」
別に好きでも嫌いでもない。いや、人柄もいいし、どちらか選べと言えば好きな部類に入るとは思う。だが、二人の間には飲み会や先程の様な世間話をするくらいしか接点は無いし、それ以上の何かは心配されるほどないと言えるだろう。
(そもそも、色恋についてこの人に何か言われる立場ではないと思うけど……)
「——中野の事だが、」
西京には珍しく言い淀む姿に、篠原は首を傾げた。
「はい」
「彼は数少ないオレの友人だ。よろしく頼む」
「え、ええ。はい」
いったいどうしたのだろう。いつもならば「ま、オレの方が全てのスペックに勝っているから? キミが選ぶのはオレだろうな!」くらいは言うと思ったのに。
そこまで考えてハッとする。
(いやいや中野さんをホモにするのは想像でも失礼だろ!)
両頬をパン、と叩き自信の正気を引き戻す。きっと日々男から口説かれているから頭がおかしくなっているのだろう。篠原家には既に普通ではない家政夫がいるのだ。自分が正気を失くして染まってはいけない。なんてったって、まつりの教育上よくない。
「どうした、篠原くん」
「……いえ、なんでも」
「では、オレはこれで。今日の夕飯は魚の煮つけだ、期待してくれ」
「定時で帰れるよう努力はしますよ」
顔だけは良いからか、受付嬢にひそひそと言われながら顔を赤らめられている姿に「あーあ」と思う。顔だけならば本当に良い人だと思うのだ。他人から見てもやはりそうなのか、西京がエントランスを出た瞬間、受付嬢たちが身を乗り出して質問してきた。
「篠原さん! さっきのイケメン誰なんですか!?」
「今日の夕飯って何ですか!? お友達ですか紹介してください!」
ぐいぐいくる二人に篠原はため息を吐く。
(お嬢さん方、あの人そんなにいい物件じゃないですよ)
大体なんでもできるけど、何でもできるが故に倫理観どっかに落っことしてるし、顔は良いけど、合法ストーカーしてくるし、何も知らない娘を二秒で懐柔してくるし。
自分がまともな人間だったら即通報。通報しなかった、というか出来なかったのは万が一、桜の件を掘り返されたらいけないからだ。
思えば、だいぶ無茶な選択をしたなと思う。
西京がもしもロリコンだったら、と思うと、自分はどうしていたかなと考えてしまう。恐らくは……、また手を汚そうとしていたかもしれない。
桜という邪魔者がいなくなった今、まつりは自分の生きる意味で贖罪の対象だ。
そんなまつりに傷をつけようというのなら、殺してでも止めなければいけない。
殺し損ねたならば最後まで生かさなければ。
「篠原さーん?」
「わっ」
化粧が濃い方の受付嬢が篠原に声をかけてくれる。
「ぼーっとしちゃって。もしかして篠原さんもあの方狙いだったり?」
そういうともう片方、黒髪の受付嬢がニコニコと笑いかける。
「娘さんにもお父さん必要って時ありますもんね~」
「あー! ウチも片親だったけどあった! こういう時父親いたらな~、みたいな!」
そんなことがあるのだろうか。どちらかというと西京は母親の部分を担ってくれている……、いや、父親の部分もかもしれない。まつりを幼い女の子ではなく一人の人間として見てくれるのは性別関係なく「親」としての役割を果たしてくれていて、正直助かる。
「あの……」
「はい?」
「あの顔で料理が出来て、家事全般もしっかりやってくれて、娘の送り迎えもやってくれるって、女性的にはどう思います……?」
受付嬢の二人は顔を見合わせてこう言った。
「超激レア優良物件じゃないですか!」
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