不法侵入ですがどうぞよろしくお願いします!~警察呼んでいいですか?~

今野ひなた

文字の大きさ
上 下
12 / 26
③篠原海の話

12話

しおりを挟む
「……どうしてそこまで人の家庭に首を突っ込むんです?僕狙いなら逆効果ですよ」
「逆効果とは?」
「僕は煩い人もしつこい人も嫌いだし、そもそも女性が好きなので」
まつりが寝室で眠りについた後、篠原はキッチンで皿洗いをしている西京にそう言った。
「それは理解しているが……、そうだな、今は単純に見過ごすことができないんだ」
「なにが?」
「……まつりさんの事だな」
「……同情とか要らないですから」
 母を亡くした子供への同情、そんなものは自分達には必要ない。だって、まつりは可哀そうな子ではなくなったのだから。
「キミに同情? そんなのはハナから無い。するとしたら、亡くなった桜さんにだ。それと、キミのエゴに振り回されているまつりさんに」
「エゴって……、なんですか」
「……これも勝手に調べさせてもらったことだが、桜さんの親御さんから、まつりさんを預かる、という話が出ていたらしいな。今日も電話がかかってきたし、キミは忙しくて電話を確認していなかったようだが、数か月前の留守電も聞かれてなかったので、こちらで聞かせてもらった」
 おそらく、聞かれたのは前に食材を贈られた時のものだろう。電話番号から察しがついたので放置していた。合鍵まで用意していたくらいなのだ、部屋の中を荒らされてもおかしいことではない。
「今日は家政夫として、電話に出させてもらったよ。色々とお話も聞けてな。それを聞いた上で、言わせてもらう」
 西京は皿を洗う手を止め、タオルで水気を拭うと同じくキッチンの冷蔵庫に寄り掛かっていた篠原に、つかつかと近づいた。ドン、という音に肩を跳ねさせてしまう。篠原より一回り大きな西京の身体が篠原に影を射した。冷蔵庫に打たれた拳が下げられることはない。
「生活を今のまま変えるつもりがないなら、まつりさんをあちらの家に預けろ」
 かあ、っと頭に血が上る。
「他人に言われる覚えはありません! それに、僕はまつりの父親です、それはちゃんとできているはずです!」
「父親を『金を稼いでくるだけのATM』と見るのならキミは十分だ。だが、今のまつりさんには母親がいない。その分の空いた席を――、キミは『母親』を兼業出来るのか、と聞いている」
「——ッ!」
 言葉が出なかった。薄々、自分でも考えていたことだからだ。
 だが、ここで引くことは出来ない。そうしなければ、あそこまでした意味がなくなる。
「貴方には関係がない話です! 子供は親と一緒に暮らした方がいいに決まってます!」
「そうとは限らない。現にキミは彼女を今まで放置していたじゃないか。調べもついている。これは近所の奥様からの証言だが――」
「やめてくださいっ!」
 篠原は思わず声を荒上げた。
「僕はまつりを虐待なんてしてない! ちゃんと面倒は見てるし、お金だって稼いでる! それとも何か欠けているものでも!?」
 大丈夫だ。完璧に役目は果たしている。
 だが西京は目をそらさずに篠原の目を見て答えた。
「……キミは幼いころの記憶はあるか?」
「……は?」
「小さな頃の記憶は、なかなか消えないものだ。嬉しいことはずっと嬉しい記憶が残るし、逆もまたある。キミは、まつりさんに何か非日常的な記憶を残してやることが出来ていたか?」
 桜が死んでから、自分は何をしていたか。
「……仕方がないじゃないですか。桜が死んだばかりで、手続きだって大変で、まつりもまともじゃなくなっちゃったし、仕事だってあるし、僕だって休みたいんです。言わせてもらいますが、一人親は休んじゃダメなんですか? 一日も?」
 仕事に行って、まつりの送迎をして、買い物をして。自分の時間なんて全く取れない。自分だって父親以前に一人の人間なのに。
 ああ、ダメだ。こんな考え、あの女と同じことを――。
「……その考えがエゴだと言っている」
「……」
「一人親も二人親も大変なのは同じだ。だが、人間には向き不向きがある。人生全てを子供に捧げられる覚悟がないキミは、一人親には向いてない。もしキミが自分のメンツの為に親をやっているなら、子供を愛してくれるところに置いた方がいい」
「そんなことないッ!」
篠原はキっと西京を睨みつけた。
「僕はまつりを愛してる! そうじゃなきゃ『あんなこと』までしてない! ……計算が狂っただけなんだ、本当はまつりにあんな体験……」
「ぱぱ?」
 驚いて振り返ると、まつりが部屋からリビングのドアから顔を出していた。
「ま、まつり……」
「まつりさん、ごめんな。煩かったな」
「けんか?」
 何も言えない篠原の代わりに西京が答える。
「そうだなあ、ある意味そうだな。明日まつりさんにプレゼントする包丁の持ち手はピンクか青かで喧嘩していた」
 何一つ合っていない嘘っぱちでも、まつりは信じてしまったらしい。きっと西京が嘘をついている、そう思わないくらい西京を信頼しているのだろう。
「まつり、ぴんくがいい」
「そうか~。やっぱりパパはまつりさんの事わかってるな!」
「でも、あおもすきだよ」
「あはは、気を使わなくていいんだぞ!」
 よしよしと西京はまつりの頭を撫でる。彼はまつりに「明日が楽しみだな」なんて何でもないことを話しながら元の寝室に送っていこうとした。まつりはそれをいやいやと首を振り篠原の方に近づいてきた。
「いっしょにねる」
 子供ながらに何かを感じ取ったのだろうか。まつりは篠原から離れようとはしない。
「……んー……」
最初に口を開いたのは西京の方だった。
「それではそろそろお暇しようかな」
「おいとま」
「帰るってことだな!」
「かえる……」
 あからさまに、まつりの元気がなくなる。
「大丈夫だ。明日も会える」
「ぜったい?」
「絶対だ。心配ならピンポン押してくれればすぐ出てくるぞ!」
 やくそくー、と二人は指切りをする。それを見ながら西京は先ほど西京に言われたことを反芻していた。

『一人親も二人親も大変なのは同じだ。だが、人間には向き不向きがある。人生全てを子供に捧げられる覚悟がないキミは、一人親には向いてない。もしキミが自分のメンツの為に親をやっているなら、子供を愛してくれるところに置いた方がいい』

自分の行動は、自分のやったことはエゴでしかなかったのだろうか。
 もしそうであるなら、自分は、唯一の母親を奪ってしまった自分は。
 いや、と篠原はかぶりを振るう。これで間違っていないはずだ。
 自分は何にも、間違ってはいない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...