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③篠原海の話
12話
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「……どうしてそこまで人の家庭に首を突っ込むんです?僕狙いなら逆効果ですよ」
「逆効果とは?」
「僕は煩い人もしつこい人も嫌いだし、そもそも女性が好きなので」
まつりが寝室で眠りについた後、篠原はキッチンで皿洗いをしている西京にそう言った。
「それは理解しているが……、そうだな、今は単純に見過ごすことができないんだ」
「なにが?」
「……まつりさんの事だな」
「……同情とか要らないですから」
母を亡くした子供への同情、そんなものは自分達には必要ない。だって、まつりは可哀そうな子ではなくなったのだから。
「キミに同情? そんなのはハナから無い。するとしたら、亡くなった桜さんにだ。それと、キミのエゴに振り回されているまつりさんに」
「エゴって……、なんですか」
「……これも勝手に調べさせてもらったことだが、桜さんの親御さんから、まつりさんを預かる、という話が出ていたらしいな。今日も電話がかかってきたし、キミは忙しくて電話を確認していなかったようだが、数か月前の留守電も聞かれてなかったので、こちらで聞かせてもらった」
おそらく、聞かれたのは前に食材を贈られた時のものだろう。電話番号から察しがついたので放置していた。合鍵まで用意していたくらいなのだ、部屋の中を荒らされてもおかしいことではない。
「今日は家政夫として、電話に出させてもらったよ。色々とお話も聞けてな。それを聞いた上で、言わせてもらう」
西京は皿を洗う手を止め、タオルで水気を拭うと同じくキッチンの冷蔵庫に寄り掛かっていた篠原に、つかつかと近づいた。ドン、という音に肩を跳ねさせてしまう。篠原より一回り大きな西京の身体が篠原に影を射した。冷蔵庫に打たれた拳が下げられることはない。
「生活を今のまま変えるつもりがないなら、まつりさんをあちらの家に預けろ」
かあ、っと頭に血が上る。
「他人に言われる覚えはありません! それに、僕はまつりの父親です、それはちゃんとできているはずです!」
「父親を『金を稼いでくるだけのATM』と見るのならキミは十分だ。だが、今のまつりさんには母親がいない。その分の空いた席を――、キミは『母親』を兼業出来るのか、と聞いている」
「——ッ!」
言葉が出なかった。薄々、自分でも考えていたことだからだ。
だが、ここで引くことは出来ない。そうしなければ、あそこまでした意味がなくなる。
「貴方には関係がない話です! 子供は親と一緒に暮らした方がいいに決まってます!」
「そうとは限らない。現にキミは彼女を今まで放置していたじゃないか。調べもついている。これは近所の奥様からの証言だが――」
「やめてくださいっ!」
篠原は思わず声を荒上げた。
「僕はまつりを虐待なんてしてない! ちゃんと面倒は見てるし、お金だって稼いでる! それとも何か欠けているものでも!?」
大丈夫だ。完璧に役目は果たしている。
だが西京は目をそらさずに篠原の目を見て答えた。
「……キミは幼いころの記憶はあるか?」
「……は?」
「小さな頃の記憶は、なかなか消えないものだ。嬉しいことはずっと嬉しい記憶が残るし、逆もまたある。キミは、まつりさんに何か非日常的な記憶を残してやることが出来ていたか?」
桜が死んでから、自分は何をしていたか。
「……仕方がないじゃないですか。桜が死んだばかりで、手続きだって大変で、まつりもまともじゃなくなっちゃったし、仕事だってあるし、僕だって休みたいんです。言わせてもらいますが、一人親は休んじゃダメなんですか? 一日も?」
仕事に行って、まつりの送迎をして、買い物をして。自分の時間なんて全く取れない。自分だって父親以前に一人の人間なのに。
ああ、ダメだ。こんな考え、あの女と同じことを――。
「……その考えがエゴだと言っている」
「……」
「一人親も二人親も大変なのは同じだ。だが、人間には向き不向きがある。人生全てを子供に捧げられる覚悟がないキミは、一人親には向いてない。もしキミが自分のメンツの為に親をやっているなら、子供を愛してくれるところに置いた方がいい」
「そんなことないッ!」
篠原はキっと西京を睨みつけた。
「僕はまつりを愛してる! そうじゃなきゃ『あんなこと』までしてない! ……計算が狂っただけなんだ、本当はまつりにあんな体験……」
「ぱぱ?」
驚いて振り返ると、まつりが部屋からリビングのドアから顔を出していた。
「ま、まつり……」
「まつりさん、ごめんな。煩かったな」
「けんか?」
何も言えない篠原の代わりに西京が答える。
「そうだなあ、ある意味そうだな。明日まつりさんにプレゼントする包丁の持ち手はピンクか青かで喧嘩していた」
何一つ合っていない嘘っぱちでも、まつりは信じてしまったらしい。きっと西京が嘘をついている、そう思わないくらい西京を信頼しているのだろう。
「まつり、ぴんくがいい」
「そうか~。やっぱりパパはまつりさんの事わかってるな!」
「でも、あおもすきだよ」
「あはは、気を使わなくていいんだぞ!」
よしよしと西京はまつりの頭を撫でる。彼はまつりに「明日が楽しみだな」なんて何でもないことを話しながら元の寝室に送っていこうとした。まつりはそれをいやいやと首を振り篠原の方に近づいてきた。
「いっしょにねる」
子供ながらに何かを感じ取ったのだろうか。まつりは篠原から離れようとはしない。
「……んー……」
最初に口を開いたのは西京の方だった。
「それではそろそろお暇しようかな」
「おいとま」
「帰るってことだな!」
「かえる……」
あからさまに、まつりの元気がなくなる。
「大丈夫だ。明日も会える」
「ぜったい?」
「絶対だ。心配ならピンポン押してくれればすぐ出てくるぞ!」
やくそくー、と二人は指切りをする。それを見ながら西京は先ほど西京に言われたことを反芻していた。
『一人親も二人親も大変なのは同じだ。だが、人間には向き不向きがある。人生全てを子供に捧げられる覚悟がないキミは、一人親には向いてない。もしキミが自分のメンツの為に親をやっているなら、子供を愛してくれるところに置いた方がいい』
自分の行動は、自分のやったことはエゴでしかなかったのだろうか。
もしそうであるなら、自分は、唯一の母親を奪ってしまった自分は。
いや、と篠原はかぶりを振るう。これで間違っていないはずだ。
自分は何にも、間違ってはいない。
「逆効果とは?」
「僕は煩い人もしつこい人も嫌いだし、そもそも女性が好きなので」
まつりが寝室で眠りについた後、篠原はキッチンで皿洗いをしている西京にそう言った。
「それは理解しているが……、そうだな、今は単純に見過ごすことができないんだ」
「なにが?」
「……まつりさんの事だな」
「……同情とか要らないですから」
母を亡くした子供への同情、そんなものは自分達には必要ない。だって、まつりは可哀そうな子ではなくなったのだから。
「キミに同情? そんなのはハナから無い。するとしたら、亡くなった桜さんにだ。それと、キミのエゴに振り回されているまつりさんに」
「エゴって……、なんですか」
「……これも勝手に調べさせてもらったことだが、桜さんの親御さんから、まつりさんを預かる、という話が出ていたらしいな。今日も電話がかかってきたし、キミは忙しくて電話を確認していなかったようだが、数か月前の留守電も聞かれてなかったので、こちらで聞かせてもらった」
おそらく、聞かれたのは前に食材を贈られた時のものだろう。電話番号から察しがついたので放置していた。合鍵まで用意していたくらいなのだ、部屋の中を荒らされてもおかしいことではない。
「今日は家政夫として、電話に出させてもらったよ。色々とお話も聞けてな。それを聞いた上で、言わせてもらう」
西京は皿を洗う手を止め、タオルで水気を拭うと同じくキッチンの冷蔵庫に寄り掛かっていた篠原に、つかつかと近づいた。ドン、という音に肩を跳ねさせてしまう。篠原より一回り大きな西京の身体が篠原に影を射した。冷蔵庫に打たれた拳が下げられることはない。
「生活を今のまま変えるつもりがないなら、まつりさんをあちらの家に預けろ」
かあ、っと頭に血が上る。
「他人に言われる覚えはありません! それに、僕はまつりの父親です、それはちゃんとできているはずです!」
「父親を『金を稼いでくるだけのATM』と見るのならキミは十分だ。だが、今のまつりさんには母親がいない。その分の空いた席を――、キミは『母親』を兼業出来るのか、と聞いている」
「——ッ!」
言葉が出なかった。薄々、自分でも考えていたことだからだ。
だが、ここで引くことは出来ない。そうしなければ、あそこまでした意味がなくなる。
「貴方には関係がない話です! 子供は親と一緒に暮らした方がいいに決まってます!」
「そうとは限らない。現にキミは彼女を今まで放置していたじゃないか。調べもついている。これは近所の奥様からの証言だが――」
「やめてくださいっ!」
篠原は思わず声を荒上げた。
「僕はまつりを虐待なんてしてない! ちゃんと面倒は見てるし、お金だって稼いでる! それとも何か欠けているものでも!?」
大丈夫だ。完璧に役目は果たしている。
だが西京は目をそらさずに篠原の目を見て答えた。
「……キミは幼いころの記憶はあるか?」
「……は?」
「小さな頃の記憶は、なかなか消えないものだ。嬉しいことはずっと嬉しい記憶が残るし、逆もまたある。キミは、まつりさんに何か非日常的な記憶を残してやることが出来ていたか?」
桜が死んでから、自分は何をしていたか。
「……仕方がないじゃないですか。桜が死んだばかりで、手続きだって大変で、まつりもまともじゃなくなっちゃったし、仕事だってあるし、僕だって休みたいんです。言わせてもらいますが、一人親は休んじゃダメなんですか? 一日も?」
仕事に行って、まつりの送迎をして、買い物をして。自分の時間なんて全く取れない。自分だって父親以前に一人の人間なのに。
ああ、ダメだ。こんな考え、あの女と同じことを――。
「……その考えがエゴだと言っている」
「……」
「一人親も二人親も大変なのは同じだ。だが、人間には向き不向きがある。人生全てを子供に捧げられる覚悟がないキミは、一人親には向いてない。もしキミが自分のメンツの為に親をやっているなら、子供を愛してくれるところに置いた方がいい」
「そんなことないッ!」
篠原はキっと西京を睨みつけた。
「僕はまつりを愛してる! そうじゃなきゃ『あんなこと』までしてない! ……計算が狂っただけなんだ、本当はまつりにあんな体験……」
「ぱぱ?」
驚いて振り返ると、まつりが部屋からリビングのドアから顔を出していた。
「ま、まつり……」
「まつりさん、ごめんな。煩かったな」
「けんか?」
何も言えない篠原の代わりに西京が答える。
「そうだなあ、ある意味そうだな。明日まつりさんにプレゼントする包丁の持ち手はピンクか青かで喧嘩していた」
何一つ合っていない嘘っぱちでも、まつりは信じてしまったらしい。きっと西京が嘘をついている、そう思わないくらい西京を信頼しているのだろう。
「まつり、ぴんくがいい」
「そうか~。やっぱりパパはまつりさんの事わかってるな!」
「でも、あおもすきだよ」
「あはは、気を使わなくていいんだぞ!」
よしよしと西京はまつりの頭を撫でる。彼はまつりに「明日が楽しみだな」なんて何でもないことを話しながら元の寝室に送っていこうとした。まつりはそれをいやいやと首を振り篠原の方に近づいてきた。
「いっしょにねる」
子供ながらに何かを感じ取ったのだろうか。まつりは篠原から離れようとはしない。
「……んー……」
最初に口を開いたのは西京の方だった。
「それではそろそろお暇しようかな」
「おいとま」
「帰るってことだな!」
「かえる……」
あからさまに、まつりの元気がなくなる。
「大丈夫だ。明日も会える」
「ぜったい?」
「絶対だ。心配ならピンポン押してくれればすぐ出てくるぞ!」
やくそくー、と二人は指切りをする。それを見ながら西京は先ほど西京に言われたことを反芻していた。
『一人親も二人親も大変なのは同じだ。だが、人間には向き不向きがある。人生全てを子供に捧げられる覚悟がないキミは、一人親には向いてない。もしキミが自分のメンツの為に親をやっているなら、子供を愛してくれるところに置いた方がいい』
自分の行動は、自分のやったことはエゴでしかなかったのだろうか。
もしそうであるなら、自分は、唯一の母親を奪ってしまった自分は。
いや、と篠原はかぶりを振るう。これで間違っていないはずだ。
自分は何にも、間違ってはいない。
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