不法侵入ですがどうぞよろしくお願いします!~警察呼んでいいですか?~

今野ひなた

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③篠原海の話

7話

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 目の前の彼の言っている意味が解らない。
 だけど、この人は知っている。この前のバーベキューの時にいつもよくしてくれる会社の男性が連れてきた変な男の人。自分にもだが、まつりに突っかかってきたからロリコンの人だと思って注意して見ていた。実際は気を使ってくれたりして、変だけど優しい人だったと印象づいていたが、それは今すぐに改めなければいけないらしい。
「いいのにおい」
「おっ、まつりさんは鼻がいいな! 今日はキミの好きなオムライスだ! すぐできるから手洗いとうがいをしてきてくれ!」
「う」
とてとてと洗面所に向かうまつり。篠原はそれを見送って洗面所への道を体でふさぐように立つと、恐怖で出ない声をなんとか絞り出した。 
「……なんで、うちに? 鍵かかってないからって勝手に入るのは非常識過ぎませんか」
「いや、安心してくれ。鍵は閉まってた」
「え?」
篠原は素で声を上げた。あまりの事に脳の理解が追い付かない。だってその言葉をそのまま受け取るならば。
「か、鍵はどうやって……?」
 男は手を洗い、エプロンでそれを拭うと、パンツのポケットから銀色の鍵を取り出した。
「金と人脈だけはある」
「あとは探偵を少々」と、にこやかに話す男に背筋がぞわっとする。
 自分は、自分達は、どこまでこの男に生活を把握されているんだろう。自分だけならともかく、まつりは、彼女だけは守らなければならない。篠原は鞄からスマートフォンを取り出すと、110番を打ち込もうとした。
が、
「ごはん、」
自分の後ろから、まつりが顔を出す。まつりはキッチンに立つ男の元へ向かうと、彼に両手を差し出した。
「まつりさんにはまだ重いからサラダを運んでもらおうかな」
「ならべる」
 男はまつりにプラスチックボウルを手渡すと、まつりはとてとてとリビングテーブルにそれを持っていく。二人分、計二回往復したところで、男がこの食卓を自らも囲もうとしていることに気づいた。
「け、けいさつに電話しますよ! 出て行ってください!」
 確か三回これを言って帰らなかったら、例えそれが何であろうと警察に通報してよかったはずだ。携帯を手に持って画面を男に見せる。画面には110番のダイヤル画面が映っていると言うのに、それを見ても男に動じる様子はない。
「か、帰らないと本当に通報しますっ!」
「どうして通報される理由がある?」
「アンタ本気で言ってるのか!?」
 だめだ、本当にやばい人かもしれない。もしかしたらこの人が例の――。
篠原は後ずさると、通話ボタンをタップしようと指を動かした。
「ぱぱ」
 だが、まつりの一言で緊迫したキッチンの空気は霧散した。
「ごはん」
 服の裾を掴んで夕飯をねだる彼女に思考が乱される。まつりは篠原が答えないのを察すると男の方に駆け寄っていった。
「ごはん」
「ああ、そうしようか。もうすぐ寝る時間だものな」
 この男、どこまで調べたんだ。プライベートなことを何でもない、当然な事の様に口走った男に恐怖を覚える。まつりはどうやら珍しくこの男に心を許しているようで、嬉々としてカトラリーを並べるお手伝いをしているが、相手は不法侵入の上、勝手に我が家の事を調べ、あまつさえ隣に引っ越してくるような不審者だ。この料理にも何が入っているのかわからない。即刻に警察に通報すべきだろう。
「篠原くんも食卓についたらどうだ?」
 すでにまつりは食卓についており、男は客用の席に腰を掛けている。
「ああ、心配しないでくれ。これでも俺は調理師免許と栄養士の資格を持っている。味は家庭によって好みが違うが、少なくとも店に出せるレベルなのは保証しよう!」
 不安なのはそこではない。
 が、まつりは桜が死んでから惣菜生活をしていたこともあって、久しぶりの好物に珍しく興奮しているようだ。「ぱぱ」「ぱぱ」といつも篠原が座っている椅子を叩いている。
「……毒とか睡眠薬とか」
「勿論入っていない! 食材には逆にこだわったくらいだ!」
「……だからって不審者の作ったものが安心して食べれると?」
「不審者では……、ああ、中野の言っていた『社会的信用』とはこういうことか。少し待ってくれ」
 男は自分のスマートフォンを操作する。誰かと二、三言会話すると、スマートフォンを篠原に手渡した。
「はい、替わりました……」
『篠原さん!?』
「……中野さん?」
 画面を確認する。そこには予想通り同僚の名前が映されていた。
『ほんっとそこのバカがすみません! 俺もさっき聞いたばっかりで理解できてないんですけどなんか探偵雇って篠原さんの身辺調査してたみたいで、本当にすみません! 俺がリードをちゃんとつけてれば……っ!』
「中野さんのせいじゃないですよ」
 二十歳過ぎたら全部自己責任。中野には悪いが、友人の一人が警察に連れていかれても仕方がないことだ。運が悪かったと思ってほしい。だが、意外にも――いや、やはり友人だからだろうか――仲の良い友人などほとんどいない篠原にはわからない感情だが、中野はこの男の弁解を始めた。
『あの、そいつ常識が欠如してるだけで悪い奴ではないんです。だから通報だけは勘弁してやってください……』
「……なんか人の家で勝手にご飯作ってるんですけど大丈夫なんですかね」
 そう言うと、中野は「ああ、」と相槌を打って答えた。
『料理だけは大丈夫です。ちょっと家庭事情がアレで……、調理師免許と栄養士持ってるし、倫理観無い奴ですけど、口に入るものだけはちゃんとしてるんで。多分娘さんにアレルギーとかあっても調べたうえで調理してると思います』
「……そうですか。じゃあ中野さんを信用したうえで通報しておきます」
『本当にすみません……。友人代表としてお詫びします……』
 それから別れの挨拶をして、スマートフォンを返す。
「身元の確認は取れました。ですが、それとこれとは別です。直ちに通報を――」
「おいしー」
 リビングからまつりの声が聞こえてきた。慌てて篠原はダイニングキッチンから飛び出す。
「まつり!?」
「ぱぱ」
 まつりは口の周りをケチャップで汚しながらオムライスを食べていた。
「まつりさん。まだ出来上がってないぞ」
 男は食事用のナイフを持ってまつりに近づく。まつりの食べかけのオムライスにナイフを入れると、卵が切れ目からこぼれて半熟トロトロの中身が現れた。
「すごい」
 キラキラした目でオムライスを見るまつりになんだか一気に毒気が抜ける。
「得意料理の一つだからな! 篠原くんも冷めないうちに食べるといい!」
「……もう、まつり食べちゃってるし……」
 観念して席に座る。どうやら犯罪者ではあるが、悪意はないようなので、信じて一口食べてみる。死ぬときはまつりと一緒だ。
「……おいしい」
温めたおしぼりを手に持ってきた男に、反射的に呟いた言葉が伝わってしまった。男は顔を明るくすると、うんうんと頷いた。
「そう言ってもらえれば食材たちも本望だろう!」
「ほんもう?」
「うれしいって意味だ!」
「ほんもう」
 まつりはすっかり男に気を許してしまったようで、警戒心は全く無くなってしまったようだ。
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