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秋、失ったもの。
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グラウンドでの試合の切り上げと共に、叶の気も済んだようで、道を覚えがてら一緒に帰ろうと言う話になった。
車椅子を押して銀杏並木を歩く。秋晴れの空気は涼しく、もうすぐ冬が来ることを感じさせられた。
「おじさん……名前なんだっけ」
「松里染衣。覚えなくてもいい」
「染衣さんは子どもの頃の夢ってなんだった?」
そんなものあったか? と自問自答するが、いくら記憶を探ってもそんなものは見当たらなかった。染衣はホワイトスピカに出会うまで、自分の存在価値は家を継ぐこと以外何もないと本気で思っていたので。自我が芽生えた大学生より前のことはあまり覚えていない。
「子どもの頃は夢なんかなかった。実家を継ぐために生まれたから、大人になるまで親の言うことを聞いて無事に生きる、それが目標だった」
「つまんない人生だね」
「自分でもそう思う。……でも」
ホワイトスピカが変えてくれた。染衣に「松里染衣」と言う人格を与えてくれた。だから染衣は会社のことが大好きだった。
「本当に好きなものと出逢ったら、簡単に人生は変わる。案外叶くんもこの先好きな何かに出会うかもよ」
「好き……」
叶は少し反芻するとふるふると首を振る。
「ボク、環境に恵まれてるの自覚してるの」
「え、ああ……」
いきなりのフリに訳もわからずうなづいてしまう。叶は続けた。
「だから、好きなものを見つけるためにたくさん習い事させてもらった。絵画、音楽、運動、習字、パソコン、他にもたくさん。でもね、全部ダメだったの。全部平均以下。だけどサッカーだけは適正があった。サッカーしか、ボクにはなかった。本当にサッカーしかなかったんだ」
つまり、叶はこう言いたいのだろう。
「未来が見えない。何もできない。『好き』はもうほとんど潰した」と。
夢がない人間は、何を夢として生きていけばいいのだろうかと思う。夢がなければ人生に張り合いはない。実際、染衣がそうだった。朝起きて、生きて、夜に寝て、また朝に起きて。そんな日々。
「ボク、これからどうすればいいんだろ」
「うーん、そんな焦らなくてもいいと思うけど。まだ小学生でしょ」
「まだ小学生って。この時点で決まるものってあるじゃん。例えばパイロット志望が耳の病気があったりしたらなれないわけで。大人になる前にどんどん夢が足切りされていく」
「……一理あるけど」
夢は平等ではない。
努力すれば叶う? そんなのは理想論でしかない。彼が言うように、夢のスタートラインにも立てない人間は腐るほどいる。例えば、食物アレルギーがある人間がその分野を扱う料理を作れないように。例えば、努力も勉強もやり方を知らない環境で生きてきた子どもがストレートで医者やら、ましては総理大臣などになれないように。足を失った子どもが日本代表のサッカー選手になれないように。
「ボクの夢は日本代表だった。でも、本質は『有名人になりたいな』なんだよね。だから、足無くなってから探したの。どうやったら有名人になれるか。そしたら……」
「そしたら?」
「簡単だった。『障害者が頑張ってる』それ自体が有名になれるポイントだった。つまりは、得意なことなんてなくてもいいの。ハンデを持って生きていればそれだけで偉い。だけどそれってさ、障害を利用してるだけで、自分が認められてる訳じゃないんだよね。それに気づいてアンプティサッカーをやるのも、真面目にやってる人に失礼だなって思ってやめた」
そこに至るまでに、この子はどれだけ悩んで考えてを繰り返したんだろう。染衣は少なくともこの歳で「真面目にやってる人に失礼」なんて思わない。自分がやりたいことをやるだろうし、自分のことしか考えないだろう。それに比べて、叶は他人のことをちゃんと考えられる。他人の夢を尊重できる。いい子だな、と思った。できればその優しさが報われてほしい。
それでも、膝にかけられたブランケットの下の足は元に戻らない。秋風は彼にとって気持ちの良いものなのだろうか。染衣にとってはなんてことないものでも、叶にとっては無くなった部位を解らせるように風が通るからあまり良いものではないかもしれない。
「叶くん、早く帰ろうか」
「……そうだね」
いつまでもゆっくりしていても仕方がない。自分達は進まなければならない。ひとりは、夢を捨てて。もうひとりは、夢を諦めて。
だけどそれは、本当に幸せなことなのだろうか。染衣は思う。
このまま「仕方がない」に侵されることは正しいことなのだろうか。
車椅子を押して銀杏並木を歩く。秋晴れの空気は涼しく、もうすぐ冬が来ることを感じさせられた。
「おじさん……名前なんだっけ」
「松里染衣。覚えなくてもいい」
「染衣さんは子どもの頃の夢ってなんだった?」
そんなものあったか? と自問自答するが、いくら記憶を探ってもそんなものは見当たらなかった。染衣はホワイトスピカに出会うまで、自分の存在価値は家を継ぐこと以外何もないと本気で思っていたので。自我が芽生えた大学生より前のことはあまり覚えていない。
「子どもの頃は夢なんかなかった。実家を継ぐために生まれたから、大人になるまで親の言うことを聞いて無事に生きる、それが目標だった」
「つまんない人生だね」
「自分でもそう思う。……でも」
ホワイトスピカが変えてくれた。染衣に「松里染衣」と言う人格を与えてくれた。だから染衣は会社のことが大好きだった。
「本当に好きなものと出逢ったら、簡単に人生は変わる。案外叶くんもこの先好きな何かに出会うかもよ」
「好き……」
叶は少し反芻するとふるふると首を振る。
「ボク、環境に恵まれてるの自覚してるの」
「え、ああ……」
いきなりのフリに訳もわからずうなづいてしまう。叶は続けた。
「だから、好きなものを見つけるためにたくさん習い事させてもらった。絵画、音楽、運動、習字、パソコン、他にもたくさん。でもね、全部ダメだったの。全部平均以下。だけどサッカーだけは適正があった。サッカーしか、ボクにはなかった。本当にサッカーしかなかったんだ」
つまり、叶はこう言いたいのだろう。
「未来が見えない。何もできない。『好き』はもうほとんど潰した」と。
夢がない人間は、何を夢として生きていけばいいのだろうかと思う。夢がなければ人生に張り合いはない。実際、染衣がそうだった。朝起きて、生きて、夜に寝て、また朝に起きて。そんな日々。
「ボク、これからどうすればいいんだろ」
「うーん、そんな焦らなくてもいいと思うけど。まだ小学生でしょ」
「まだ小学生って。この時点で決まるものってあるじゃん。例えばパイロット志望が耳の病気があったりしたらなれないわけで。大人になる前にどんどん夢が足切りされていく」
「……一理あるけど」
夢は平等ではない。
努力すれば叶う? そんなのは理想論でしかない。彼が言うように、夢のスタートラインにも立てない人間は腐るほどいる。例えば、食物アレルギーがある人間がその分野を扱う料理を作れないように。例えば、努力も勉強もやり方を知らない環境で生きてきた子どもがストレートで医者やら、ましては総理大臣などになれないように。足を失った子どもが日本代表のサッカー選手になれないように。
「ボクの夢は日本代表だった。でも、本質は『有名人になりたいな』なんだよね。だから、足無くなってから探したの。どうやったら有名人になれるか。そしたら……」
「そしたら?」
「簡単だった。『障害者が頑張ってる』それ自体が有名になれるポイントだった。つまりは、得意なことなんてなくてもいいの。ハンデを持って生きていればそれだけで偉い。だけどそれってさ、障害を利用してるだけで、自分が認められてる訳じゃないんだよね。それに気づいてアンプティサッカーをやるのも、真面目にやってる人に失礼だなって思ってやめた」
そこに至るまでに、この子はどれだけ悩んで考えてを繰り返したんだろう。染衣は少なくともこの歳で「真面目にやってる人に失礼」なんて思わない。自分がやりたいことをやるだろうし、自分のことしか考えないだろう。それに比べて、叶は他人のことをちゃんと考えられる。他人の夢を尊重できる。いい子だな、と思った。できればその優しさが報われてほしい。
それでも、膝にかけられたブランケットの下の足は元に戻らない。秋風は彼にとって気持ちの良いものなのだろうか。染衣にとってはなんてことないものでも、叶にとっては無くなった部位を解らせるように風が通るからあまり良いものではないかもしれない。
「叶くん、早く帰ろうか」
「……そうだね」
いつまでもゆっくりしていても仕方がない。自分達は進まなければならない。ひとりは、夢を捨てて。もうひとりは、夢を諦めて。
だけどそれは、本当に幸せなことなのだろうか。染衣は思う。
このまま「仕方がない」に侵されることは正しいことなのだろうか。
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