4 / 39
秋、はじまり。
しおりを挟む
「あの、どうして助けてくださったんですか」
母親は染衣にそう問いかけた。そりゃそうだろう、いきなり現れた男が助けてくれて、その真意がわからないなんて怖い。
染井はどうしたもんかなと悩んだ。
正直、ただの気まぐれだ。そう思う。大した理由はない。強いて言うなら、これが彼が横にいる状況なら、自分は迷いなくあの運転手を止めに行っただろうな、と言う無意識感と、少年がつけていたキャラクターが、助けを求めていたからだ。この辛い顔をした子どもの表情を変えてやってくれと。
ただ、そんなことを言っても普通の人に通じるわけがない。だから、染衣は適当にそれっぽい理由を並べた。
「お子さんが辛そうだったので」
間違ってはいない。自分のシナリオを好いてくれる人が辛い思いをしている姿を見たくなかった。それも思入れがあるキャラクターなら尚更。
「すみません、お礼をさせてください。特に良いものはありませんが、助けられたのも何かの縁だと思うので」
「別にいいですけどね。……えっと、貴方は」
「姫路桃華です。この子は私の息子で叶と言います」
桃華は金髪のボブヘアを揺らす。まつ毛はつけまつげかわからないがバサバサで、多分カラーコンタクトもつけている。渋谷で買ったのか? と思うくらい京都の外観に合わない見た目は派手だが、中身はきちんとしている母親の様だ。その息子である叶は、栗色の髪のつむじをこちらに向けたまま、いまだに一言もしゃべらない。
「野次馬やってて聞いちゃったんですけど、お子さん飛び出したんですか」
桃華は言いづらそうに「はい」と答えた。
「この子は……」
「……だってもう、どうでもいいもん」
叶はボソリと呟きまた下を向く。
気持ちはわかる。でも人に迷惑をかけるのはだめだ。
それより、どうして車道に飛び出そうなどと思ったんだろう。
お茶をご馳走してくれるということで、暇だしお言葉に甘えることにした。
姫路家は奈良寄りの京都にあった。
六階建てのマンションの一室は広く、リビングの棚には埃を被ったトロフィーがいくつも置かれていた。
桃華は紅茶を食卓に出すと、ため息をついた。「巻き込んですみません」と言うが別に気にしていない。染衣はお茶請けのクッキーをもさもさと口に入れ、話を聞く体制に入る。叶は自宅に入った瞬間自室にこもった。
「あの子、ちょっと前まではあんな子じゃなかったんです。サッカー選手目指してて、すごい頑張ってました。でも交通事故で車椅子になって、それから……」
鬱気味で、そう言った桃華は疲れて見えた。
「不登校にもなって、もう精神科に行ってもカウンセリングに行ってもダメで、毎日死にたいって」
「若いのに難儀ですね」
「何か、あの子が夢中になれるものがあるといいんですけど」
なんだか叶と染衣の状況が似ていて胸が苦しくなる。
やりたいことをできないのは息が詰まるほど苦しい。その時、玄関の鍵が開ける音がした。
「パパが帰ってきた」
さてこの状況、どう説明しよう。
母親は染衣にそう問いかけた。そりゃそうだろう、いきなり現れた男が助けてくれて、その真意がわからないなんて怖い。
染井はどうしたもんかなと悩んだ。
正直、ただの気まぐれだ。そう思う。大した理由はない。強いて言うなら、これが彼が横にいる状況なら、自分は迷いなくあの運転手を止めに行っただろうな、と言う無意識感と、少年がつけていたキャラクターが、助けを求めていたからだ。この辛い顔をした子どもの表情を変えてやってくれと。
ただ、そんなことを言っても普通の人に通じるわけがない。だから、染衣は適当にそれっぽい理由を並べた。
「お子さんが辛そうだったので」
間違ってはいない。自分のシナリオを好いてくれる人が辛い思いをしている姿を見たくなかった。それも思入れがあるキャラクターなら尚更。
「すみません、お礼をさせてください。特に良いものはありませんが、助けられたのも何かの縁だと思うので」
「別にいいですけどね。……えっと、貴方は」
「姫路桃華です。この子は私の息子で叶と言います」
桃華は金髪のボブヘアを揺らす。まつ毛はつけまつげかわからないがバサバサで、多分カラーコンタクトもつけている。渋谷で買ったのか? と思うくらい京都の外観に合わない見た目は派手だが、中身はきちんとしている母親の様だ。その息子である叶は、栗色の髪のつむじをこちらに向けたまま、いまだに一言もしゃべらない。
「野次馬やってて聞いちゃったんですけど、お子さん飛び出したんですか」
桃華は言いづらそうに「はい」と答えた。
「この子は……」
「……だってもう、どうでもいいもん」
叶はボソリと呟きまた下を向く。
気持ちはわかる。でも人に迷惑をかけるのはだめだ。
それより、どうして車道に飛び出そうなどと思ったんだろう。
お茶をご馳走してくれるということで、暇だしお言葉に甘えることにした。
姫路家は奈良寄りの京都にあった。
六階建てのマンションの一室は広く、リビングの棚には埃を被ったトロフィーがいくつも置かれていた。
桃華は紅茶を食卓に出すと、ため息をついた。「巻き込んですみません」と言うが別に気にしていない。染衣はお茶請けのクッキーをもさもさと口に入れ、話を聞く体制に入る。叶は自宅に入った瞬間自室にこもった。
「あの子、ちょっと前まではあんな子じゃなかったんです。サッカー選手目指してて、すごい頑張ってました。でも交通事故で車椅子になって、それから……」
鬱気味で、そう言った桃華は疲れて見えた。
「不登校にもなって、もう精神科に行ってもカウンセリングに行ってもダメで、毎日死にたいって」
「若いのに難儀ですね」
「何か、あの子が夢中になれるものがあるといいんですけど」
なんだか叶と染衣の状況が似ていて胸が苦しくなる。
やりたいことをできないのは息が詰まるほど苦しい。その時、玄関の鍵が開ける音がした。
「パパが帰ってきた」
さてこの状況、どう説明しよう。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
俺と向日葵と図書館と
白水緑
ライト文芸
夏休み。家に居場所がなく、涼しい図書館で眠っていた俺、恭佑は、読書好きの少女、向日葵と出会う。
向日葵を見守るうちに本に興味が出てきて、少しずつ読書の楽しさを知っていくと共に、向日葵との仲を深めていく。
ある日、向日葵の両親に関わりを立つように迫られて……。
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
僕たちはその歪みに気付くべきだった。
AT限定
ライト文芸
日々繰り返される、クラスメイトからの嫌がらせに辟易しながらも、天ケ瀬 燈輝(あまがせ とうき)は今日も溜息交じりに登校する。
だが、その日友人から受け取った一枚のプリントが、彼の日常を一変させる。
吸い寄せられるように立ち入った教室で、彼が見たものとは……。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
バイオリンを弾く死神
三島
ライト文芸
創作の苦しみは絵も小説も同じなんじゃないかと思います。
画像を見てお話を作る課題で書いた、絵描きと骸骨の掌編二本。
(画像は、アルノルト・ベックリン「バイオリンを弾く死神のいる自画像」でした)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる