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依頼人と日南くん。~私のフレネミーさん~

ex15.夢の先

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 どうして、何のために、水野以外の二人がざわつき、百乃は目を見開く。かくいう自分も開いた口がふさがらなかった。依頼人が犯人だなんて、そんなことがあるわけ。
「元々大野さんと百乃さんはサークルの友人同士です。元々が友達でも、今は恋人ですからフレネミーとは言わないかもしれませんね。でも、フレネミーとしての想いが今でも残っていたとしたら? そう考え整理してみました」
 大野が下を向く。
「そもそも、大野さんの動機は何か? それは百乃さんの筆を折る事。その一つでしょう。しかも、家庭に専念してほしいからそんな理由じゃありません。彼の動機は嫉妬です」
 それを聞いた黒崎が小さく手をあげる。
「大野は動画と作詞担当ですよ? 歌と作曲なんて違う分野で嫉妬なんかするわけ……」
「彼が『全部やりたい側の人間』だとしたら?」
「へ? それってどういう……」
「歌も、曲も、詞も全部やりたい。クリエイターなんてそんなもんですよ。本当は自分の理想を突き詰めたい。でも能力が無いから分担して妥協するんです。大野さんは才能が無いんです。水野さんが言う百乃さんよりも。だって、スタートラインにも立ってないんだから」
 星川がスマートフォンをみんなに見せる。そこにはスマイル動画のトップが映されていた。
「リンクを辿って大野さんのマイリストを見ました。そしたらシリーズ化もマイリストもされていない曲がひとつだけあった。再生数百にも満たない、彼がすべて自分でやった曲です。大野さん、貴方がやりたかったことは作詞じゃなくて、百乃さんみたいに前に出る事だったんじゃないんですか?」
「……」
「百乃さんの事は尊敬してるし、恋愛的にも好き。これは本当の事でしょう。でも彼女の折れない才能を憎らしいとも思う。だから掲示板に晒し上げた。結婚も見据えている関係です。夢を諦めさせて家庭に入ってもらえば貴女の理想の関係が完成する。高宮くんを使って弁護士ではなくこんな実績の無い弱小探偵に依頼したのも、同居しているが上にIPアドレスやらなんやらを調べられると身バレするから。依頼もフリだけ。最初から百乃さんの心を折り次第契約を解除する予定だった。違いますか?」
 そういう二律背反の感情を持っている人間が身内にいたのでわかりますよ。そう言って星川は俺の方を見る。やがて大野は観念したように口を開いた。
「……最初は可愛い子だなと思った。この子が曲作って、歌ってるって思ってたからサークルに誘われたのは嬉しかったよ。付き合うまでにも結構無理したと思う。問題はその先だった。ずっと曲作ってるんだよ。誰がどう見ても伸びない再生数とか認知なんて気にせず歌い続けてるんだよ。いい歳なのにな。俺はサークルが解散したのを機に仕事に力を入れていた。結婚したかったしな。でも、百乃は音楽を辞めない。イライラしたよ、いい加減現実見ろって。お前は凡人なんだって」
 百乃は泣きながらそれを聞いていた。信じていた人に裏切られていた、それを知ってしまえば当然のことかもしれない。対して水野は完全な憎悪を大野に向けていた。
「書き込みは、お前を好きな人間はいないが、嫌いな人間はいるって伝えたかったから?」
「書き込む前日、やっと出来たって百乃が動画を見せに来たんだ。全部自分でやったんだって。作詞も、悪くなかった。少なくとも、俺がひとりで作った動画よりはセンスあった。そしたらさ、俺はコイツに比べて何の才能も無いじゃんって思ったんだよ。夢を捨てて、努力もしないで、心の内では百乃の芽が出ないのを笑ってた。それでムカついて……」
「追撃の書き込みは前回話題にもならなかったから?」
「……最初から知名度が無ければボヤにもならない。だったら百乃が一番聞きたくない言葉で攻撃したらいいって思った」
「アンタねえ!」と水野が身を乗り出す。水野の気持ちはわかる。こんなの酷すぎる。味方のフリした人間が敵だったなんて、しかもそれが信頼していた恋人だなんて、百乃の気持ちになれば辛すぎていたたまれない。
「——黒崎、中村。お前らも百乃には才能ないってどっかで思ってただろ? なあ百乃、結婚しよう。夢なんか諦めて家庭に入ってくれ。お前には才能なんかない、これからも頑張っても誰も評価しないんだから」
 部屋の無言は肯定だった。百乃は絶望した表情の後、手のひらで顔を覆う。
「……私は」
 そう百乃が口を開いた時。水野は立ち上がると思いっきり振り被って大野の頬をひっぱたいた。大野の頬が赤く染まる。
「百乃は天才なのよッ! 一緒にいたくせにそれもわかんねえのかクソ野郎どもッ!」
 頭に血が上っているのか水野は唾を飛ばしながら真っ赤な顔で大野を否定した。
「確かに百乃は歌が特別上手いわけでもないし、曲作りだって皆が振り向くイントロ作る事も出来ないわ! でもね、それでも百乃は諦めない! アンタと違って百乃は努力の天才だから! 諦める事なんてこの子は知らないから! 百乃ッ! アンタはどうしたいの!? こんなクソ男でも金はあるわ! 性格に難あるDV男だけど結婚したらそこそこ幸せになるんじゃない!? でも、その道にはアンタの夢は無い! アンタはコイツと音楽、どっちとるの!?」
 百乃はその言葉に上を向き、唇を震わせ、涙を流しながら答える。
「わ、たし、まだ諦めたくない」
 その答えに迷いはなかった。メイクは涙でぐちゃぐちゃで、決して綺麗な顔ではなかった。けれどそう断言した彼女の心は、俺には誰よりも綺麗に思えた。
「みんなが言う様に私、きっと才能ない。多分結婚した方が正解なんだと思う。でも、私、まだ叶えてない夢があるの」
 百乃が膝の上の拳を握る。
「私が誰かに届けたい希望は、必ず必要としてる誰かに届くって証明したい! かっこわるくても、恥ずかしくても、私は夢を叶えたい!」
 百乃の目には先程までは無かった光が輝いていた。
 人はきっとそれを、希望と言うのだろう。それを見た水野は満足そうな顔をする。
「……言えたじゃない。じゃ、行きましょ」
 水野は百乃の隣行き、彼女に手を伸ばす。
「え……?」
「新曲作るの手伝ってあげるって言ってんの。時間はいくらあっても足りないわ」
「——うんっ!」
 百乃は水野の手を取り、立ち上がる。事務所を出る二人を止めるものはここには誰もいなかった。大野は自棄になった様に言い捨てる。
「失敗したな、適当に慰めときゃ思い通りになったのに」
 星川はそれに笑いながら答えた。
「本当はこうなりたかったんじゃないですか?」
「え――?」
「だって大野さんは彼女に嫉妬してたんでしょう? 彼女に憧れて、だから作品にムカついた。自分と彼女、何が違うんだって。こうやって卑怯な手で筆を折らせてもすっきりせず結婚生活を送ってたと思いますよ。何にも解決せずに終わったことになるんですから」
 その言葉に大野はどこか憑き物が落ちた表情で言う。「そうか」と。
「——俺も、彼女の曲が好きで作詞してたもんなあ」
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