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依頼人と日南くん。~私のフレネミーさん~
ex14.犯人
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次の日、探偵事務所に来客の予定が出来た。
「え、ほぼ全員関係者来るの」
「うん、高宮くんも来るだろうから来客セットよろしく」
どうやら青海以外の容疑者、そして三人の依頼人がここに来るらしい。事務所に呼ぶな、ぎちぎちになるだろ。計六人分の来客セットを漁っていると、高宮がまず顔を出した。
「よっすー。祭りがあるって言うから来ちゃったー」
「来るな。仕事だぞ」
「僕が呼んだんだよ、高宮くんが紹介してくれたんだからね」
もう勝手知ったる他人の事務所と言う様に冷蔵庫を漁る高宮を横目に呆れながら見る。星宮が呼んだなら良いんだけど。コイツはパイプ椅子でいいか。
それから、元の依頼人の二人――百乃と大野がやってきて、中村がおずおずと扉を開け、黒崎が部屋には行った瞬間大野と顔を合わせて気まずそうな顔をした。最後に水野が扉を開ける。全員来客が揃ったところで、星川は「役者は揃ったね」と薄く笑った。
「今日お忙しい所お呼びしたのは他でもない、百乃さんがインターネットで誹謗中傷された件についてだ。黒崎さんと中村さんには嘘をついていたことをお詫び申し上げます」
そう頭を下げると大野が不機嫌な声で言う。
「依頼は取り下げたはずだろ?」
「別件で依頼をされまして。『百乃さんを傷つけた人間を探し出してほしい』と」
誰から、とは星川は言わなかった。まあ機密情報だしな、と思い俺は代わりに頭を下げる。窓際にあるデスクの椅子に腰をかけた星川はいつもの不安定さが嘘のように語りだす。
「ところでみなさん『フレネミー』と言う言葉は知っていますか? フレンドとエネミーを組み合わせた造語です。友達なのに敵、わかりやすいですね。みなさんの共通点はお察しの通り百乃さんのご友人。この中に百乃さんを傷つけた張本人がいます」
「……誰かはわかったの」
水野が怒気を含んだ声で言う。俺は彼女の前にお茶を置いて持ち場に戻った。星川の隣に立つと周りが良く見える。明らかにイラついている水野、不安げな黒崎、おろおろする中村、それから暗い顔の百乃。
「あの、申し訳ないけどもういいんです」
その暗い顔が伏せられる。
「私、音楽辞めたので。はは……やっぱ夢を追っかけるなんていい歳して恥ずかしいことだったんですよ。この間、また掲示板に書かれちゃいました。『こんな恥ずかしい人生を歩んできた女が作る曲なんて誰にも響かない』って。それで、ああそうだなって。それでもう、無理に……」
「……そんなの気にするんじゃないわよ」
水野は百乃を睨みつける。そこに悪意はない。
「アンタ、何年音楽やってんのよ。もう後戻りできないでしょうが。だったら、才能なくてもこのまま突き進みなさいよ」
「水野ちゃんにはわかんないよ!」
百乃は涙の膜を貼り付けて言う。彼女の頬に涙が落ちた。
「私、結婚するの。子どもも出来たら、音楽に専念できない、辞め時は今なの……!」
一瞬マウントに聞こえた。水野には交際相手がいないとデータにはあったから。でも、彼女の年齢を考えると、それもそうかと納得が行く。三十代後半。この先のキャリアを考えると、身の振り方を考えなければならないのかもしれない。推測にしかならないけれど、育児が中心になる女性なら尚更。
無音の空気を開いたのは星川だった。
「大丈夫ですよ、百乃さん。だって貴方の辞め時はまだ今じゃないんですから」
「え……?」
星川は椅子から立ち上がると客席へと歩き出した。
「状況から先程説明したフレネミーが原因なトラブルなのはわかってました。ただ、人数は絞れても完璧な動機を持つ人物がどうもいない。黒崎さんは百乃さんに攻撃するメリットが無い、中村さんは下手すれば仕事が無くなるし、トラブルはあれど決定打にかける。水野さんは百乃さんにキツイ事ばかり言いますが、彼女は才能が無いと本人の前で言えるメンタルがありますし、百乃さんの音楽を一番評価しています。一度友人関係から離れて、肉親の青海さんも考えましたが、彼女は正直姉の活動には興味なさそうだ」
客用のソファに近づく星川。なにも事前に聞かされていない俺は事務席の隣の定位置で唾を飲み込んだ。
「ただし、ひとりだけいたんですよ。もうわかりますよね?」
星川はソファーの後ろから大野の肩に触れた。
「大野修平さん、百乃さんを傷つけた犯人は貴方です」
「え、ほぼ全員関係者来るの」
「うん、高宮くんも来るだろうから来客セットよろしく」
どうやら青海以外の容疑者、そして三人の依頼人がここに来るらしい。事務所に呼ぶな、ぎちぎちになるだろ。計六人分の来客セットを漁っていると、高宮がまず顔を出した。
「よっすー。祭りがあるって言うから来ちゃったー」
「来るな。仕事だぞ」
「僕が呼んだんだよ、高宮くんが紹介してくれたんだからね」
もう勝手知ったる他人の事務所と言う様に冷蔵庫を漁る高宮を横目に呆れながら見る。星宮が呼んだなら良いんだけど。コイツはパイプ椅子でいいか。
それから、元の依頼人の二人――百乃と大野がやってきて、中村がおずおずと扉を開け、黒崎が部屋には行った瞬間大野と顔を合わせて気まずそうな顔をした。最後に水野が扉を開ける。全員来客が揃ったところで、星川は「役者は揃ったね」と薄く笑った。
「今日お忙しい所お呼びしたのは他でもない、百乃さんがインターネットで誹謗中傷された件についてだ。黒崎さんと中村さんには嘘をついていたことをお詫び申し上げます」
そう頭を下げると大野が不機嫌な声で言う。
「依頼は取り下げたはずだろ?」
「別件で依頼をされまして。『百乃さんを傷つけた人間を探し出してほしい』と」
誰から、とは星川は言わなかった。まあ機密情報だしな、と思い俺は代わりに頭を下げる。窓際にあるデスクの椅子に腰をかけた星川はいつもの不安定さが嘘のように語りだす。
「ところでみなさん『フレネミー』と言う言葉は知っていますか? フレンドとエネミーを組み合わせた造語です。友達なのに敵、わかりやすいですね。みなさんの共通点はお察しの通り百乃さんのご友人。この中に百乃さんを傷つけた張本人がいます」
「……誰かはわかったの」
水野が怒気を含んだ声で言う。俺は彼女の前にお茶を置いて持ち場に戻った。星川の隣に立つと周りが良く見える。明らかにイラついている水野、不安げな黒崎、おろおろする中村、それから暗い顔の百乃。
「あの、申し訳ないけどもういいんです」
その暗い顔が伏せられる。
「私、音楽辞めたので。はは……やっぱ夢を追っかけるなんていい歳して恥ずかしいことだったんですよ。この間、また掲示板に書かれちゃいました。『こんな恥ずかしい人生を歩んできた女が作る曲なんて誰にも響かない』って。それで、ああそうだなって。それでもう、無理に……」
「……そんなの気にするんじゃないわよ」
水野は百乃を睨みつける。そこに悪意はない。
「アンタ、何年音楽やってんのよ。もう後戻りできないでしょうが。だったら、才能なくてもこのまま突き進みなさいよ」
「水野ちゃんにはわかんないよ!」
百乃は涙の膜を貼り付けて言う。彼女の頬に涙が落ちた。
「私、結婚するの。子どもも出来たら、音楽に専念できない、辞め時は今なの……!」
一瞬マウントに聞こえた。水野には交際相手がいないとデータにはあったから。でも、彼女の年齢を考えると、それもそうかと納得が行く。三十代後半。この先のキャリアを考えると、身の振り方を考えなければならないのかもしれない。推測にしかならないけれど、育児が中心になる女性なら尚更。
無音の空気を開いたのは星川だった。
「大丈夫ですよ、百乃さん。だって貴方の辞め時はまだ今じゃないんですから」
「え……?」
星川は椅子から立ち上がると客席へと歩き出した。
「状況から先程説明したフレネミーが原因なトラブルなのはわかってました。ただ、人数は絞れても完璧な動機を持つ人物がどうもいない。黒崎さんは百乃さんに攻撃するメリットが無い、中村さんは下手すれば仕事が無くなるし、トラブルはあれど決定打にかける。水野さんは百乃さんにキツイ事ばかり言いますが、彼女は才能が無いと本人の前で言えるメンタルがありますし、百乃さんの音楽を一番評価しています。一度友人関係から離れて、肉親の青海さんも考えましたが、彼女は正直姉の活動には興味なさそうだ」
客用のソファに近づく星川。なにも事前に聞かされていない俺は事務席の隣の定位置で唾を飲み込んだ。
「ただし、ひとりだけいたんですよ。もうわかりますよね?」
星川はソファーの後ろから大野の肩に触れた。
「大野修平さん、百乃さんを傷つけた犯人は貴方です」
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