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依頼人と日南くん。~私のフレネミーさん~

ex3.依頼人と日南くん

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 流石に一年も一緒にいると慣れる。色々な事に。
「星川。ほーしーかーわ。おーい、れいさーん。……救急車呼ぶか」
 手にはカッター。手首には切り傷。床には血だまり。これにも慣れたものである。
 日南新、二十二歳。職業、探偵助手(アルバイト)。
 姉が引き起こしたあの事件から一年。
――姉さん、俺は今日も元気に生きてます。ついでに今足元に倒れている星川糺、コイツも元気です。たまにメンヘラ引き起こすけどもう慣れました。
 部屋に通う内に料理も上手くなったし、もうすこし時給上げて欲しいけどこれ以上賃金が上がると扶養から外れるので言い出せずにいる今日この頃。言ったらじゃあ一緒に住もうとか言いかねないし。姉の遺言だから面倒見てるだけであって誰が恨んでる男と一緒に暮らすか。
 そう、俺はまだ星川の事を許しきれていない。最愛の姉を奪ったコイツへの気持ちを整理するにはまだまだ時間がかかると思う。「俺が八つ当たりしたいからお前には生きてもらう」それは星川もわかってるようで、あの話は出来るだけしないようにしている。まあ、星川も思うところはあるようで……時折、いや、結構高頻度で自傷行為に走っているわけだが。ただ自分を罰したいだけなのか、構って欲しいだけなのかわからなくなってきた。七も下の人間を困らせるな。
 カランっと来客を知らせるベルが鳴る。少し前にドアに取り付けたそれはなかなかお客さんが来ないこの弱小事務所で一番働いてくれる有能くんだ。
「よっすー。あらたー。お客さんつれてきたー」
「お客さん?」
 男——高宮の後ろから男女がひょっこりと顔を出す。女性の方と目が合うと、二人揃って「あっ!」っと声が出てしまう。
「プリクラのお客様!」
「店員さん!」
 彼女は一年前の姉の事件で真実への手掛かりをくれた「あの喫茶店」の女性店員。
 数少ない“見える側”の人間だった。
「百乃、知り合い?」
 連れの男性が女性にそう聞く。彼女は「店のお客さんだったの」と俺の事を紹介した。
「あの幽霊憑きの男の人は――ひっ!」
 彼女は奥の方で倒れている星川を見て小さな悲鳴を上げる。俺は「気にしないでください」と彼らをソファーに通した。
「いやあ、あの時はお世話になりました。おかげで姉も成仏できました」
「あの人お姉さんだったんですか!?」
 そう驚く彼女と隣の男性にお茶を出す。二人を連れてきた高宮はまた勝手に冷蔵庫を開けてアイスをパクっていた。さて、ウチの雇用主は奥でぶっ倒れているし、連れてきた奴は事情を説明説明するつもりも無さそうだ。ここはこの星川探偵事務所の唯一の良心の俺が頑張るしかない。
 俺は向かいの席に座ると、ペンとメモ帳を持ち仕事モードに入る。
「で、今日はどんなご事情で?」
 女性は言いづらそうに答えた。
「実は……、ネットで嫌がらせされたんです……」
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