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ep32.旧友

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「——で? コイツが例の男かー?」
「そう。お前には何が見える?」
 自分の数少ない友人である高宮は、横に座る星川を見て唸った。
 家から何駅か離れた寺の一室。そこに俺と星川は正座させられていた。目の前にはヘラヘラした金髪の男。コイツが高宮。寺の息子で、所謂“そっち側”の人間だ。除霊が特技のこの男は界隈では有名らしいが、俺は彼の除霊自慢を今まで聞き流していたくらいその手の事は信じていなかった。だが、今のこの状況。コイツに頼らなければ他に手がない。今まで信用していなかったのに都合がいいとは思うが、長い付き合いのコイツなら許してくれるだろうという算段があった。その高宮は眉間にしわを寄せて星川を見ている。
「お前ら、よくここまでこれたなー……」
「は?」
「憑いてるの、かなりやべえぞ。もう人の形を保ってなーい」
 星川はそれを聞いて「本当に僕以外に見えるんだ」と呟いた。どうやら姉はもう人間の形すら保てていないらしい。最悪の状況だ。
「芽衣子は、僕以外に興味が無いんだ。だから他人にはほとんど何もしないよ」
「ふーん。じゃあそのままでよくね? アンタは新が殺したいほど憎い奴なんだろ? 新、コイツほっとけばあと一週間くらいで勝手に死ぬぞー」
「それはダメだ。困ってる奴は放っておけない」
 高宮はそれを聞くと「新がそう言うならいいけどよー」と星川に向けて舌打ちをする。ここまで来る途中で大体の経緯は話したが、友達で、実際に錯乱していた時代の俺を見ていた高宮は勿論、星川に良い思いは抱いていない。
「悪いけど、オレの見立てでは除霊はできなーい」
「……マジ?」
「現時点ではな」
 高宮はそう言うとちゃぶ台の上のお茶を啜った。
「お前の姉ちゃん『そこにいるのにここにいる感じがしない』んだよ。経験上、そういう奴は何か『本体』がある。例えば……、呪いに使うヒトガタとかな。心当たりは?」
 星川は少し考えこんだ後、ふるふると頭を振る。
「それがわからないとオレはなんも出来ない。これが新の恩人とかなら? オレも本気だすけどアンタは正反対なわけで。やる気なんかないんだわー」
 手をぷらぷらを揺らし、星川に向かって暗に帰れと言っている高宮。これは本当にやる気のやの字もないようだ。だが、高宮が頼れないとなると完全に詰みだ。星川の精神状態はもうギリギリ。高宮の言う通り、時間はない。
(姉さんの隠してあった日記、なにかやらかしたのは確実なんだよな)
 姉さんの部屋に何かあるのか? なんにせよ、いくつかの選択肢の中からブツを見つけなければいけない。そしてそこに星川は連れて行けない。姉は星川に憑りついている。先程の様子から見ても邪魔をしてくる可能性が高い。
「高宮、その『本体』があるのは確実なのか?」
「そだな、だけどそれが何なのかはわかんねえ。まあ素人の呪いだからそんなたいそうなものでは無いと思うけどなー」
「じゃあ俺が探しに行く。高宮、それまで星川の事を頼めるか? 姉さんは星川の傍に居るから邪魔されると困る」
「日南くん……」
 心配そうに星川は俺を見る。ヘラヘラしていた高宮も真剣な表情を浮かべた。
「断る。どうしてお前が嫌いな奴を守らないといけない」
「……星川は、俺の生きる理由だ。コイツに姉さんを救えなかった八つ当たりしたいから死なれたら困る」
 それを聞いた高宮はしばらく俺とにらみ合った後大きなため息を吐いた。
「頑固なんだもんなー。おっけおっけ。わかった、出来る限り協力はしますー。でもできることは少ないぞ」
「お前ならそう言うと思ってたよ。頼ってよかった」
 考える事は沢山ある。けれどこれで、星川の安全は少なくとも確保することができた。
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