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ep9.あそびにいくぞ

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――夢を見ていた気がする。
 寝ぼけ眼を擦ると、朝起きて一番最初に目に入ったのは黒い艶やかな毛髪だった。
「…………」
 ベッドで寝ていたはずの男は何故かソファで寝ていた俺の手を握って座ったまま眠っている。頭は俺の腹の上。通りで重いと思ったわ。
「甘えたでもイケメンなら許されるのほんとアレだよなぁ……」
 これを俺がやったら速攻引っ叩かれるからな。マジで。ゆっくり頭を撫でると一瞬ぴくりと反応した後また動かなくなる。
「起きてんだろ」
「…………」
 知らんぷりのままの男はぐりぐりと頭を腹に押し付けた。その行動自体が既に答えになっているのには気づいてるんだろうか。
「バレてんぞ」
「……起きたらきみは帰るだろう」
「そりゃな」
 親にまた捜索願いを出されたら面倒なので連絡は昨日の内にした。友達の家に泊まることを聞いた母親の第一声は「アンタに友達……?自殺オフとかじゃないわよね……」彼以外にも普通にいるしこの前家にお土産を持ってきたというのに母親には俺にマジで友達がいるという発想はないらしい。
「……………」
「今日ネトゲのイベントがあるんだよ。メンテ明ける三時には帰るからお前車出せよ」
「…………わかった。それは逆に考えれば三時までは予定がないということだよね?」
「おお、」
「じゃあ遊びに行こう!」

「…………で、行きたいところってここか」
「うん。すごいと思わないかい?」
 全部奢りだというのを条件に車を走らせた先は都内の喫茶店だった。確か少し前にネットで取り上げられていた気がする。「ウン十cm越えの超巨大パフェ!」みたいなやつ。巨大◯◯系の定番よろしく全部時間内で食べれれば無料らしいが見てるだけで胸焼けがする。入り口に飾られている食品サンプルだけで食う気が失せるそれをKはずっと食べたかったらしい。
「一人で来るのは敷居が高いから日南くんが一緒に来てくれてよかったよ!」
「あぁそう……」
 かわいらしいウエイトレスのお姉さんに席まで通され、メニューを広げられる。少ししてお冷を渡されたあとお決まりの定形文だけ伝えられてお姉さんは下がった。俺もこういうとこはあんな可愛い子と一緒がよかった。少なくとも男よりはマシだ。それにしてもあのお姉さん、彼の事をめちゃくちゃ見ていた気がする。まぁそうだろうなと俺は内心鼻を高くした。こいつの普段の私服のセンスはあまりに酷い。変な趣味してるなとはずっと思っていたが、昨日の大掃除で着ないだけでまともな私服もあるらしい事が分かったので、今日は俺が一式コーディネートしたのだ。髪の毛も整髪料で軽く整えたからいつもの二割り増しでイケメンに見えるだろう。
「日南くん! 私はコーヒーとこの大っきいのにしようと思うんだが君はどうする?」
「じゃあ俺はこのパスタのセット」
「こんなに甘いものがあるのに?」
「お前の見てるだけで十分だわ」
 ベルを鳴らし注文をする。お姉さんはまだKをガン見していたが直ぐに掃けた。
「あのお姉さん随分お前のこと気に入ったみたいだなぁ。流石イケメン」
「うーんそれは違うと思うけど……、君にそう言われるのは嬉しいな」
「はいはい」
 それから十数分、たわいのない話をしていると車輪の回る音を連れてお姉さんが注文の品を持ってきた。
「~~~~~~~~ッ!!!!!」
 自分の指先から肘まではゆうにあるだろうグラスに乗せられたフルーツとアイスクリーム。その上に高く積まれたクリームにはカラースプレーとアザランがデザイン性を無視してこれでもかというほど飾られていた。
「日南くんっ日南くん!」
「おー……そうだなすごいな……」
 目を輝かせて俺を呼ぶKを宥めてコーヒーを啜る。溶けるから早く食えば、そう急かすと彼はスプーンでアイスを一口掬うと嬉しそうに破顔した。今まで見た含ませた笑みだとか泣き笑いだとかではなく、子供みたいな笑い方。こんな顔も出来るのかと少しだけ驚いた。それより楽しそうだから良いけどコイツこんな量食えるだろうか。限界が来たら俺も手伝おう。
 ……と思っていたのだが。
「ごちそうさま」
「…………」
 普通の食事と変わらないかのように平然と完食した。しかも制限時間をゆうに残して。
「よく食えたな、お前そんな大食いとかじゃなかっただろ……」
「普段はあんまり食欲ないから食べないだけで元気な日は入れようと思ったら入るよ。ムラがあるんだ」
「わからなくはないけど振り幅激しすぎない?」
 一か百かみたいな世界で生きてるわけじゃないんだぞ俺たちは。コーヒーに何本もスティックシュガーを溶かしている光景は百というよりメーター振り切ってる感じだ。
「でも私もこんなに食べれるんだってビックリしたよ。日南くんと一緒にいると健康になりそうだね」
「そうだなこれが普通の定食とかだったら喜ばしいんだけどな」
 糖尿病だけには気をつけて欲しいな……、ゲロ甘であろうコーヒーを美味しそうに啜るKを眺めているとテーブルにカップが二つが差し出された。慌ててその方を見ると給仕をしてくれていたお姉さんがこちらを見ていた。
「あの、頼んでないですけど……」
「ええ、存じております。こちらはサービスです。それとこれを」
 彼女はKに二つ折りの紙を差し出すと「よろしくお願いします」とだけ言って持ち場に戻った。
「スマートなナンパ……。何書いてあった? 連絡先?」
 こんなんやられたら普通の男とかコロッといっちゃうんじゃないかな? 目の前の男はどうだろうと表情を伺うとさっきまでの機嫌はどこに行ったのか難しい顔でメモ用紙と睨めっこをしていた。
「どうかしたのか?」
「……いや、大したことないよ」
 これだけのイケメンならきっとこんなの日常茶飯事なんだろう、だから大したことないと。カーッ、ムカつくねイケメンって。内心悪態をついているとKは手の中の紙をくしゃくしゃに丸めてソーサーの上に捨てた。
「おい!」
「……いいんだ」
「え……?」
「いいんだ。気分が削がれた、もう出よう」
 荷物を持って会計に行くKをコーヒーを一気飲みしてから持つものを持って慌てて追いかける。舌は火傷したけどそんな事にかまけていられなかった。
「待てよ! ………どうしたんだよ」
 先に店から出て駐車場で俺を待っていたのだろう、彼に俺はそう問いかけた。
「私はきみに嫌われたくない」
「は?」
 まさか俺がモテるお前に嫉妬して嫌いになるような男だと思ったと? そう解釈した俺はKに半ギレでそう言った。だけど彼は首を横に振って
「一度は揺らいだけれど、やっぱり私はまだ君と一緒に居たいんだ。だからいいんだ」
「……意味わかんねえよ」
「わからなくていい」
 そうして車に乗り込む。俺も助手席に座るとそれを目線で確認した跡車は発進した。車内では俺の家に到着するまで一言も会話はなかった。
「お前さ」
 家の前に止められた車の中で俺はKを呼びかけた。こちらを向いた表情は今まで何か考え事をしていたのか暗い。
「人の気持ちはちゃんと受け止めた方がいいよ」
 ブルゾンのポケットからシワが付いた紙を取り出すとKにそれを押し付ける。帰り際どうしても放っておけなくて持ってきたものだ。
「知ってて無視されるのが一番辛いんだからな」
「………」
 答えを聞くより早くドアのロックを解除して外に出る。玄関の扉まで数歩、その間にKは何も声をかけてこなかった。
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