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49話 直接対決

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 翌朝はやく、私は一作入魂はちまき姿で編集長のデスクの前に立っていた。
 編集部にはまだ他に人がおらず、私と葉山編集長の一騎打ちと言える状況だ。

 編集長は私を一瞥いちべつすると、眉一つ動かさずにPC画面に目を戻した。

「お話しがあって参りました。お時間を頂けますか?」

「内容の予想はつくけど、後にしてくれる?」

 カチ、カチ、とマウスをクリックする音が響く。
 私から画面は見えないけれど、急ぎの要件なのだろうか。そのわりに、ただ画面を眺めているだけだけれど。

「何をされているんですか?」

「POSデータチェック」

 それは後でも良いじゃないか! とデスクを叩きたくなるのをこらえて、笑顔を作る。

「すぐに終わりますので、なんとかお時間を頂けないでしょうか?」

「ふふっ」

 POSデータの何が面白いのだろう。葉山編集長は小さく笑い声を漏らした。

「あの……」

「声」

 そう言って、やっと編集長が顔を上げてくれる。
 声って何のことだろう、と頭に疑問符を浮かべていると、編集長がまた笑った。

「声が裏返っているのが、初日の挨拶みたいで面白くて。笑ってごめんなさいね。でもまあ……」

 そう言いながら、編集長は両手を組むと両肘をデスクに立てて、組んだ手の上に顎を乗せた。

「奔馬さん自体はずいぶん変わったみたいね」

「あ、はちまきですか」

「はちまきは分かりやすい変化だけど、別にそれを言いたいわけじゃない。いいでしょう、要件を聞きます」

 黒目がちな切れ長の目が、鋭い光を放った。蛇ににらまれた蛙になりそうなところをぐっと持ちこたえて、強気の視線を返す。
 すぅ、と息を吸ってお腹に力を入れる。負けない。
 
「編集長特別賞の夜野ことりさんの作品を、私に担当させてください」

 単刀直入にそう切り出した。
 昨日一晩かけて作戦を練ったけれど、結局、正面突破以外の案は浮かばなかった。
 
「あなたが単独で担当するということ?」

「ことり先生……夜野先生は私に担当してほしいと言って下さっていますし、私もその気持です」

「そんな話はしていないの」

 苛立ったように、編集長が指でデスクを叩き始めた。

「例えばリリン文庫から出しましょうとなったときに、表紙デザインからイラストレーターさんの発注、スケジュールの調整、本文デザイン、あらすじとキャッチの作成、販促、その他諸々、どうするの?」

「それは、……それまでに出来るようになります!」

「無理」

 一言のもとに切り捨てると、編集長が静かに立ち上がる。私よりも身長が高いというのもあるけれど、オーラ的なものだろうか、塔のように大きく感じる。そびえ立つ塔のてっぺんは遠い。

「いい? 作品はもうあなた達の手から離れている。リリンのものになる。それをより良くして、より売れるようにする。そのための力も経験も、あなたには足りない」

 言い返すことも出来ず、萎れるしかない。
 編集長はデスクを周り込んで、そんな私の隣に立つ。肩に手を置かれる。

「勘違いしないで。あなた単独での担当は出来ないということ。ただ私のサブとして、夜野先生との連絡役くらいならさせてもいい。実際、あなたが引っ張ってきたようなものだしね」

「ホントですか!?」

 顔を上げると、間近に編集長の顔がある。CGみたいに隙なく作り込まれた肌に、完璧な形を描く真紅の唇。ひさしのように目にかかる長いまつ毛が、瞬きのたびに影を作る。
 うっかりと見とれていると、下まぶたがクイッと持ち上がって、半月型に目が細められる。整えられたナチュラルカラーの爪が視界に迫って、それから……。

「これはもう要らないと思うけれど?」

 私のハチマキが外された。

「え? あ、返してください」

 高々と掲げられたハチマキに手を伸ばすと、からかうように左右に振られる。

「『一作入魂』の次をどんどん、作っていくんでしょう」

 ぴょんぴょんと飛んでハチマキを追っていた私は、その言葉に動きを止めた。ゆっくりと、腕を下ろす。

「次を、作らせてもらえるんですか?」

「それはこれからの頑張り次第だよね。まずは怪盗チャントを育てるのが目標。でも一作で終わるつもりは、あなたにも、夜野先生にも無いんでしょ。もちろん、私もありません」

 編集長の言葉を噛み締めているうちに、胸の真ん中から熱いものがせり上がってきて、涙の形をとって外に解き放たれようとする。
 熱ってやっぱり放出されるものなんだあ、と他人事みたいに考えながら、頬を伝う涙を指で抑えたときだ。

「あー! 編集長が鹿ノ子ちゃんいじめてまーす!」

 高野先輩の声がフロアに響いた。

「なあんか、昨日の受賞内定情報を見て胸騒ぎがしたんですよねえ。早く来てみたら、めちゃくちゃベタないじめが発生してるじゃないですか」

 そう言って近づいてくる高野先輩に、私と編集長は目を合わせる。
 確かに、ハチマキを掲げる編集長と、その横で涙を流しているという状況は小学生のいじめみたいな構図だ。

「ふっ、ははは! どうしようかしら、このままだとパワハラ上司になってしまうけれど」

「へへ、なんか本当に、ベタすぎますね。先輩には、私から説明します」

「じゃあ、誤解を解くためにこれを返しましょう。いい? やる気だけで出来ることは限られている。やる気は大前提ってだけですからね」

 そう言い合ってハチマキを返してもらう私の姿を、数歩離れたところで高野先輩が不思議そうに眺めていた。

 *

 その日、私は編集長の許可を得て、早速ことり先生に受賞内定の連絡をすることにした。
 編集長の都合もあり、電話連絡は明日行う予定だけれど、その前に久々のアレをしてやろうと思う。
 先にレターパックライトでのサプライズを送ってくれたのはことり先生だから、サプライズ返しの趣向を思いついたのだ。

 その名も「久しぶりに、来ちゃった♡」作戦。
 得意の凸だ。

 ある仕掛けを用意して、私はことり先生の部屋のインターホンを押した。
 
 
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