ことり先生、キュンするのはお尻じゃなくて胸ですよ!-官能小説投稿おじさんと少女小説オタクの私が胸キュン小説を作ります!-

髙 文緒

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43話 「これは読まない」

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「これは読まない」

 お昼前特有のソワソワした空気がある編集部内。デスクの前に並んで立つ私と高野先輩のうち、高野先輩の顔だけを見て、葉山編集長が言った。
 これ、と呼ばれて、たった今デスクの上に放られたのは、田原小鳩の原稿だった。封筒から出して、表紙つき原稿の状態で持っていったところ、この対応である。

「読まないって、なんでですか! 応募原稿を放るなんてはひどいです!」

「まあまあ、鹿ノ子ちゃん落ち着いて! 深呼吸してみよう。吸う時は肋骨を広げるイメージで、吐く時はお腹を限界まで薄く……」

「そんなことしていられません! どうして読んで貰えないんですか!?」
 
 横から先輩が諌めようとしてくれるものの、私は頭に血が昇って止まらない。
 葉山編集長がコツコツとデスクを指先で叩いて言った。相変わらず、視線は高野先輩だけに向けられている。

「編集部内で決まっていることだからよ。彼は長い間、リリンにカテゴリエラー作品を送り続けている。内容は少女雑誌向けとはとても思えない。編集部への痴漢行為と同等であると判断されている。前代の編集長が決めたことです。これはくつがえらない」

「今回は違うんです! 読んでいただいたら分かります! よく見て下さいよ、筆名が変わってるじゃないですか!」

「編集長、アタシからもお願いします」

「読まないものは読まない。これは処分」

 高野先輩の助太刀も虚しく、葉山編集長は無慈悲にも不要書類を入れるボックスに原稿を突っ込んだ。
 編集長デスクのボックスに入れられた不要書類を、シュレッダーにかけるのは私の業務だ。
 ひと目、目を通してもらうことも出来ないのか。この手でことりさんの原稿をシュレッダーにかけなくてはいけないのか。

「……でも、編集長は私が、田原小鳩とコンタクトを取っていたことを知っていたじゃありませんか。受け取るつもりがないのなら、止めてくれていたら良かったのに、なんでそうしないで、今になって……」

 言葉と一緒に涙がせり上がってくる。鼻がツンとして、喉がククッと締まって、涙腺が私の意志など無視して緩む。頬に涙が伝った。

「言ったわよ。『仕事だけに集中しなさい』『自分に出来る無理をしなさい』。私にそれ以上、何の指導をする権限がある?」

 葉山編集長はそこで、やっと私に視線を向けて、両手を広げて言った。
 しゃくりあげるだけで、私が返答を出来ないでいるのを確認すると、言葉を続ける。
 
「業務外のことには関われない。あなたが個人的に誰と付き合って、肩入れしようと、私に口を出せることではない」

「肩入れとか、そんなんじゃないです!」

 やっとそれだけを答える私に、葉山編集長は大げさなため息で返した。
 
「はあ……。肩入れしてる自覚もないの? ごっこ遊びにすぎなくても、ロールプレイとしての経験にはなると思ったんだけどね。彼は応募者のひとりにしか過ぎないんだから、肩入れした時点でもうあなたはだめなの。倒れたのも、仕事だけの疲れじゃないでしょう?」

「でも!」

 そう声をあげたところで、高野先輩に後ろ頭を抑えられた。
 頭を下げるように、ぐっと後ろから前へと押される。小柄な見た目に似合わない、すごく強い力で。
 私の頭を下げさせて、高野先輩も隣で腰を九十度近く曲げて頭を下げている。

「すみませんでした。鹿ノ子ちゃんがオーバーワークになっていたのは、アタシの責任でもあります。でも、鹿ノ子ちゃんの話も少しは聞いてもらえないでしょうか? 彼女に田原小鳩の原稿を処分させるのは、あまりに可哀想です」

「……それが高野さんの見解なわけね。つまり、やっぱり奔馬さんが田原小鳩を特別に気にかけてしまっているってことじゃないの」

 編集長の指摘に、ぐっ、と高野先輩が息をつまらせる音がした。
 編集長は、一旦不要書類ボックスに入れた田原小鳩の原稿を取り出すと、頭を下げる高野先輩に差し出して言った。

「奔馬さんにさせられないというのなら、トレーナーのあなたがやりなさい」

 迷う高野先輩を急かすように、原稿がさらに前へと突き出されて、先輩の顔の下の位置に来ている。
 先輩の手が私の後頭部から離れて、両手が原稿を受け取るべきか空をさまよっている。先輩に、そこまで押し付けるわけにはいかない。

「先輩、私が……」

 そう言いかけたときだった。
 私のデスクの上の内線が鳴る。内線の種類によってコール音が変えられているのだが、今鳴っているのは、オフィスの外に置かれた子機から来客がかけてくるものだった。
 今日、来客予定などあっただろうか、と思っていると、緑髪にピアスだらけの例の男性部員・森さんが代わりに内線を取ってくれた。

 一瞬、こちらを見た森さんと目が合う。森さんは表情を変えないまま目をそらすと、そのままドアの鍵を解錠しに行った。
 何だったんだろう、と思うも、今はそちらに意識をやっている場合ではない。
 高野先輩の前に突き出されている原稿を、横から受け取る。

「私が、やります」

 そう言ったものの、腹は決まっていない。
 シュレッダーまで牛歩戦術で進む間に、なんとか別の説得方法を考えられないだろうか。と考えながら、私が顔を上げたときだ。
 
 眉をひそめた編集長が、私の後ろ数メートルのところに視線をやっていた。
 背後からは、足音が近づいてきている。
 足音が近づくにつれ、編集長の眉間はますます深くなっていった。

「どちら様でしょうか?」

 編集長の声に反応して、私のすぐ後ろで、すぅ、と息を吸う聞き慣れた音がした。
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