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20話 モーミンカフェに来た!

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 二週間後の日曜日、私たちはさっそく作戦会議へとすすんだ。
 
「予約の奔馬ですー」

 水道橋駅から歩いてすぐのテーマパーク内の、キャラクターカフェを訪れている。
 北欧生まれのトロール、モーミンの物語とキャラクターたちの世界にひたれる人気のカフェを、私は張り切って予約していた。
 入店してすぐに目の前に広がる、モーミンワールドに、両手を組んで目を輝かせる私。
 対称的に、リュックの紐を両手でつかんで身を縮こませている田原小鳩。
 私たちはReservedの札が置かれたテーブルに着席した。奥のソファ席に収まった田原小鳩は落ち着かない様子で周りを見回している。
 
「な、なんでここなんですか」

「なんでって、お送りしましたよね、『楽しいモーミン一家』。名作ですし。それに、可愛いカフェとか、美味しいご飯とか、女の子の好きなものを知っておいて、小説を書くうえで損はないですよ」

「こ、答えになってない……」

 絶句する田原小鳩を放置して、メニューを広げる。
 バーガーもいいけれど、モーミンの丸いお尻が焼き付けられたパンケーキも捨てがたい。
 キャラクターのシルエットが描かれたラテは外せないし、クニョクニョのケーキまである!

「はあ、はあ、興奮してきました」

「落ち着いて下さい奔馬ほんばさん、顔が怖いです」

「可愛いものに触れたときに顔が崩れるのは必然、世界のことわりです」

「そんなものですか……」

 呆れたように言った田原小鳩がリュックから、メモ帳を取り出した。
 今日は作戦会議なのだ。くしゃくしゃの表紙をめくって、何も書かれていないページを見つけた彼が、なにやら書きつけ始めたときだ。
 
「こちら、お席にご一緒してもよろしいですかー?」

 店員さんの明るい声が頭上から降ってきて、私たちは同時に顔を上げた。
 そこには店員さんの笑顔があるかと思いきや、彼女の上半身はおおきなモーミンのぬいぐるみで隠されていた。
 
「ほわあ! モーミンんんん!」

 私の歓声を是ととった店員さんは、ソファ席に座る田原小鳩の隣に大きなモーミンのぬいぐるみを置いて去っていった。
 田原小鳩が困惑を隠さずに私の顔とぬいぐるみを交互に見る。私は、くいくいっ、と親指で隣のテーブルや後ろのテーブルを指して、目配せで返した。
 あらゆる席に、モーミンの仲間たちの大きなぬいぐるみが同席している。それをみとめた田原小鳩は、こわごわと、自分の横に置かれたモーミンの丸い鼻に手を伸ばした。
 それから、綿のつまったお腹に手を沈める。

 ――パシャ

 カメラのシャッター音を模して作られた電子音が私の手元で鳴った。
 田原小鳩とモーミンのツーショットを、スマートホンのカメラに収めたのだ。

「え、ちょ、何してんですか」

「取材です、取材。それに田原さん、顔、崩れてましたよ。世の理どおりに。さては田原さん……」

 言葉を溜めて、指をびしりと向けて言う。

「かわいいもの、好きですね? ネコちゃん配膳ロボットのときから思ってましたけど」

「うっ! そんなことは無い、ことも無いですけど。キモくないですか?」

「全然! その可愛いもの好きの感性はアリです! もふもふは正義ですからね」

「よく分からないけど、メモっておきます……」

 モーミンのお腹に片手を置いたまま、彼はメモに『もふもふは正義』と書き留めた。
 
「で、モーミンみたいな話を考えればいいってことなんですか? 僕には無理そうですけど」

「いえ、別に。でも名作だし、私の偏見で言えば大体の女子はモーミンを通ります。あとこのカフェ、前から来たかったんですよね」

「どう考えても最後のが一番の本音じゃないですか」

「基礎固めは必要ですよ。さて、まずは田原さんが今考えているお話の筋をうかがおうかな~と思うのですが、その前に……田原さんを別の名前で呼びたいんですよね。あ、ランチプレート届きましたね、それも一応撮っておいてくださいね。取材なので」

 自分の目の前に運ばれてきたパンケーキを撮影する構えを取りながら、そんな指示を出す。
 田原小鳩は慣れない様子でスマートホンを取り出すと、角度を変えて三回ほどシャッターを切っていた。

「名前、ですか?」

 なんて呟きながら。

「ペンネーム。筆名ですよ。巌流島喜鶴きかくではちょっと違うでしょう。あ、本名で行くならそれもありですよ勿論。小鳩って名前、可愛いですし」

 先に写真を取り終えたわたしは、パンケーキに描かれたモーミンの丸いお尻にナイフを入れながら答えた。
 (どうでもいいけれど、私たちはつくづくお尻に縁があるらしい。)

「え、嫌ですよ! 身バレも勘弁ですし、小鳩って名前も、僕は好きじゃないんです。もっとこう、男らしい名前が良かったですね。女の子だと思い込んでいた親父がつけたらしいですけど。まあ、娘を育てられる家庭じゃなかったから生まれたのが僕で良かったですけどね」

 途端に田原小鳩が顔を曇らせる。彼の周りには触れられたくない過去がたくさんあるらしい。
 また無神経なことを言ってしまった! と焦った私は、慌てて話をそらした。
 
「そういうのありますよね! 私も鹿ノ子って名前、気に入って無いですし」

「いい名前なのに」

奔馬ほんばって名字と繋がらなければ、良かったかもしれませんけど。本バカの子。名は体を表す! なんて、あは!」

 わざと冗談めかして言ったところで、田原小鳩はプレートのミニトマトに刺しかけたフォークを置いた。

「面白くないし、笑うところでも無いですよ。それは嫌でしたね。変なことを聞いてしまってすみません」

「いやいやいや、そんな深刻にしていただいたら申し訳ないっていうか! だから筆名はほら、自分で考えた名前をつけられるから良いですよね~って話で。ちなみに私は鹿野カコって名前にしてました!」

 田原小鳩のペンを奪って、『鹿野カコ』と書きつけて、彼が見やすいようにノートを回して見せる。
 久しぶりに筆名を書いた私は、指に刺さった棘みたいな小さな痛みを胸におぼえる。血が出るほどではないけれど、無視できないあの痛みだ。
 田原小鳩は、鹿野カコの文字の並びをしげしげと眺めてから、隣に自分の本名を書いた。
 それからページをトントン、とペン先で叩いて、小鳩に線をひいて、『ことり』と書く。

「可愛い、を意識してみました。名字ですが、そうですね、鹿野から借りてこれはどうでしょう」

 と、今度は田原に線をひいて消して、『夜野』と書いた。
 夜野ことり。悪くない名前だった。

「すごい! 田原さん……いえ、ことり先生!」
 
 筆名が書かれたページを掲げる私を見て、ことり先生はへらっと笑って言った。

奔馬ほんばさん、顔が崩れましたね。可愛い名前が出来たみたいで、良かったです」
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