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13話 会いに行こう!
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「今回の短編賞の応募作品は九十六作。うち、郵送での応募が三十三作、ウェブフォームからの応募が六十三作。ウェブフォームからの応募は前回と比べて増加傾向にあります。で、一次選考までは編集部内六名で読むということになります。割り振りはどのようにしますか?」
会議室の机に作品の束を載せて、高野先輩を含む六名の編集部員を見渡しながら言う。
私から見て一番奥、コの字型の会議机のコの縦棒の位置には、葉山編集部長が脚を組んで座っている。
編集部長は大賞を決める際の三次選考から関わることになるが、会議には最初から出席する。
「単純に分けるなら一人十六作品ですが」
私が切り出すと、高野先輩が手を挙げた。
「はいは~い! 木場さんは時短、相模原さんは新しい業務を引き継いだばかり、そしてアタシは新人さんのトレーナーです! 半分の量に出来ません?」
「そうなると他の三人が二十四作ずつ読むことになりますが?」
唯一の男性編集部員、森さんが派手な緑色の長髪をかき上げながら反論する。
「でも読む側の質を保つためには、使える時間あたりの作品数を割り振るのは必要でしょう」
「木場さんと相模原さんは分かりますが、トレーナーって要するにアシスタントが居る状態と同じじゃないですか。高野先輩含めた四人で二十作品ずつ読むっていうのが妥当じゃないですか」
森さんの言葉に、私はさりげなくうんうんとうなずいた。
私だって、早く一人前になるために作品に触れなくてはならない。
高野先輩が、何かを発言しようと口を開きかけて、閉じた。顎の下に拳をあてて、視線をうろうろさせている。
そこに、葉山編集部長が鶴の一声を上げた。
「半人前以下の編集者に原稿は預けられません。高野さんが一緒にチェックするとして、一作品あたり倍の時間がかかると考えていいでしょう。高野さんは奔馬さんに指導をしながら八作品を担当すること。森くんたちは二十四作品を担当。じゃ、奔馬さんは全員に今決まった数の作品を配布する。以上」
編集部長はそう一息に告げると、立ち上がってさっさと会議室を出ていった。
半人前以下、という言葉が、耳の奥に残っている。分かってはいるし、事実だ。でも改めて言われると、ショックである。
「さ、じゃあ配っちゃおうか。ていうか分けるだけでいいよ。みんな取りに来てね~!」
高野先輩の声でわれに返った。どうやら立ち尽くしてしまっていたらしい。
高野先輩がさっさと作品の山を作って、両手で他の部員を呼ぶ。
ガタンガタンとそれぞれに席から立ち上がる音がする。作品の束を取っていく手元が、うつむいた私の目の前を通りすがっていく。
最後の一つの束を高野先輩が取って、私の背中を叩いた。
「行こっか」
と言う声に、下唇を噛んでうなずいた。
*
「これ一作読んでみて、それからアタシに感想伝えて。急ぎじゃないから、その前にメールチェックね」
手渡された作品は、ずしりと重い。短編賞だから、物理的には枚数が多いわけではない。投稿者の気持ちが重いのだ。確かにこれは、まだ半人前以下の私が一人で請け負えるものじゃなかった。
とはいえ、編集部長から言葉に出して言われるのは結構こたえたけれど……。
メールチェックは朝のうちに済ませているけれど、会議の間にも私のアドレスがCCで入れられたメールは新たに届いている。
応募原稿を横に置いて、ひとまずメールを確認する間も、頭はずっと別のことを考えている。
――田原小鳩のことだ。
田原小鳩が今回から応募してこなくなったのは、私せいなのだ。
彼はあのとき、すごく傷ついた反応をしていた。
別の応募口を探していたらいいな、と希望的観測をしながら、ふと、別の恐ろしい事態に思い至った。
田原小鳩が事故でも起こしていたらどうしようってこと。
それからの私は上の空で、気づいたら全部のメールが既読になっていたけれど、読んだ記憶はろくにない。
まあどうせ、CCで入れられているだけだからいいんだ。そんな気持ちで、一作だけ手渡された応募原稿を手にとって、目を通し始める。
幼馴染の男の子から、実はゲイであると告白を受ける少女が主人公だった。
そんな彼女は実は男の子に恋心を寄せていて、彼のカミングアウトを受け入れられない。
最後には彼と、彼の恋人の男性と、彼女でまとまるけれど、エピソードに偶然が連なりすぎている気がする。全体のテイストが説教っぽいのはテーマ的に仕方がないけれど、偶然が連なった上での説教的なイイ話オチは、なんだか寓話めいている。
「……という印象を受けました」
高野先輩のデスクに行って、そう伝える。
いじけた気持ちがあるからだろうか、なんだかそんな批判的な感想になってしまった。
応募原稿を扱っている以上、さすがの高野先輩もチーカマを食べていない。
「なるほどね。ちゃんと分析出来ていそうではある。ところでそれって昨日読んでも、明日読んでも、同じ感想になる?」
ぴしり、と指をさされて、私は固まってしまった。
固まっている私を見た高野先輩は、立ち上がって私の頬を両側から引っ張る。
「いひゃい、はにふるんへふか!」
頬を持ち上げたり、下げたり。私の表情筋を無理やりに動かしながら先輩が続ける。
「笑ってるときも~、悲しんでいるときも~、そんなことは原稿には~、関係なーい」
そこまで言い切ると、先輩がぱっと私の頬から手を離す。
「それが分かるようになれば、半人前に少し近づく。じゃ、原稿はそこ置いといて。で、帰っていいよ。終業時間だからね~」
先輩はそう言うと、デスクに向き直って自分の仕事を再開してしまう。
時計を見上げて、十八時を過ぎていることを確認する。私がこれ以上ここに居ても、出来ることはないみたいだ。
退勤の準備をするためにデスクへと戻ろうとした、その時。高野先輩が私の腕を掴んだ。
「心に引っ掛かってることがあるなら、先にそれを解決するのも手だよん」
「引っ掛かってること……」
思い当たることはひとつだけ。
瞬きをして考えを巡らせる私に、高野先輩は「あと一回なら、見逃してあげる。ただし、電話は無しね」と囁いてウインクをしてみせた。
「……はい!」
力強くうなずくと、急いでデスクに行って退勤のチェックをする。
それから、一番下の引き出しの奥を探る。
あった。田原小鳩の応募原稿。
その表紙には、彼の住所が記されているのだ。
三ヶ月前に受けた個人情報の取り扱いテスト。
『応募者に伝えたいことがあるため、居住地に直接訪ねていく。◯か✕か。』
模範解答はもちろん✕! だけれど……ごめんなさい、今だけは、許して下さい!
そう心で念じながら、田原小鳩の原稿をカバンにつっこんだ。
会議室の机に作品の束を載せて、高野先輩を含む六名の編集部員を見渡しながら言う。
私から見て一番奥、コの字型の会議机のコの縦棒の位置には、葉山編集部長が脚を組んで座っている。
編集部長は大賞を決める際の三次選考から関わることになるが、会議には最初から出席する。
「単純に分けるなら一人十六作品ですが」
私が切り出すと、高野先輩が手を挙げた。
「はいは~い! 木場さんは時短、相模原さんは新しい業務を引き継いだばかり、そしてアタシは新人さんのトレーナーです! 半分の量に出来ません?」
「そうなると他の三人が二十四作ずつ読むことになりますが?」
唯一の男性編集部員、森さんが派手な緑色の長髪をかき上げながら反論する。
「でも読む側の質を保つためには、使える時間あたりの作品数を割り振るのは必要でしょう」
「木場さんと相模原さんは分かりますが、トレーナーって要するにアシスタントが居る状態と同じじゃないですか。高野先輩含めた四人で二十作品ずつ読むっていうのが妥当じゃないですか」
森さんの言葉に、私はさりげなくうんうんとうなずいた。
私だって、早く一人前になるために作品に触れなくてはならない。
高野先輩が、何かを発言しようと口を開きかけて、閉じた。顎の下に拳をあてて、視線をうろうろさせている。
そこに、葉山編集部長が鶴の一声を上げた。
「半人前以下の編集者に原稿は預けられません。高野さんが一緒にチェックするとして、一作品あたり倍の時間がかかると考えていいでしょう。高野さんは奔馬さんに指導をしながら八作品を担当すること。森くんたちは二十四作品を担当。じゃ、奔馬さんは全員に今決まった数の作品を配布する。以上」
編集部長はそう一息に告げると、立ち上がってさっさと会議室を出ていった。
半人前以下、という言葉が、耳の奥に残っている。分かってはいるし、事実だ。でも改めて言われると、ショックである。
「さ、じゃあ配っちゃおうか。ていうか分けるだけでいいよ。みんな取りに来てね~!」
高野先輩の声でわれに返った。どうやら立ち尽くしてしまっていたらしい。
高野先輩がさっさと作品の山を作って、両手で他の部員を呼ぶ。
ガタンガタンとそれぞれに席から立ち上がる音がする。作品の束を取っていく手元が、うつむいた私の目の前を通りすがっていく。
最後の一つの束を高野先輩が取って、私の背中を叩いた。
「行こっか」
と言う声に、下唇を噛んでうなずいた。
*
「これ一作読んでみて、それからアタシに感想伝えて。急ぎじゃないから、その前にメールチェックね」
手渡された作品は、ずしりと重い。短編賞だから、物理的には枚数が多いわけではない。投稿者の気持ちが重いのだ。確かにこれは、まだ半人前以下の私が一人で請け負えるものじゃなかった。
とはいえ、編集部長から言葉に出して言われるのは結構こたえたけれど……。
メールチェックは朝のうちに済ませているけれど、会議の間にも私のアドレスがCCで入れられたメールは新たに届いている。
応募原稿を横に置いて、ひとまずメールを確認する間も、頭はずっと別のことを考えている。
――田原小鳩のことだ。
田原小鳩が今回から応募してこなくなったのは、私せいなのだ。
彼はあのとき、すごく傷ついた反応をしていた。
別の応募口を探していたらいいな、と希望的観測をしながら、ふと、別の恐ろしい事態に思い至った。
田原小鳩が事故でも起こしていたらどうしようってこと。
それからの私は上の空で、気づいたら全部のメールが既読になっていたけれど、読んだ記憶はろくにない。
まあどうせ、CCで入れられているだけだからいいんだ。そんな気持ちで、一作だけ手渡された応募原稿を手にとって、目を通し始める。
幼馴染の男の子から、実はゲイであると告白を受ける少女が主人公だった。
そんな彼女は実は男の子に恋心を寄せていて、彼のカミングアウトを受け入れられない。
最後には彼と、彼の恋人の男性と、彼女でまとまるけれど、エピソードに偶然が連なりすぎている気がする。全体のテイストが説教っぽいのはテーマ的に仕方がないけれど、偶然が連なった上での説教的なイイ話オチは、なんだか寓話めいている。
「……という印象を受けました」
高野先輩のデスクに行って、そう伝える。
いじけた気持ちがあるからだろうか、なんだかそんな批判的な感想になってしまった。
応募原稿を扱っている以上、さすがの高野先輩もチーカマを食べていない。
「なるほどね。ちゃんと分析出来ていそうではある。ところでそれって昨日読んでも、明日読んでも、同じ感想になる?」
ぴしり、と指をさされて、私は固まってしまった。
固まっている私を見た高野先輩は、立ち上がって私の頬を両側から引っ張る。
「いひゃい、はにふるんへふか!」
頬を持ち上げたり、下げたり。私の表情筋を無理やりに動かしながら先輩が続ける。
「笑ってるときも~、悲しんでいるときも~、そんなことは原稿には~、関係なーい」
そこまで言い切ると、先輩がぱっと私の頬から手を離す。
「それが分かるようになれば、半人前に少し近づく。じゃ、原稿はそこ置いといて。で、帰っていいよ。終業時間だからね~」
先輩はそう言うと、デスクに向き直って自分の仕事を再開してしまう。
時計を見上げて、十八時を過ぎていることを確認する。私がこれ以上ここに居ても、出来ることはないみたいだ。
退勤の準備をするためにデスクへと戻ろうとした、その時。高野先輩が私の腕を掴んだ。
「心に引っ掛かってることがあるなら、先にそれを解決するのも手だよん」
「引っ掛かってること……」
思い当たることはひとつだけ。
瞬きをして考えを巡らせる私に、高野先輩は「あと一回なら、見逃してあげる。ただし、電話は無しね」と囁いてウインクをしてみせた。
「……はい!」
力強くうなずくと、急いでデスクに行って退勤のチェックをする。
それから、一番下の引き出しの奥を探る。
あった。田原小鳩の応募原稿。
その表紙には、彼の住所が記されているのだ。
三ヶ月前に受けた個人情報の取り扱いテスト。
『応募者に伝えたいことがあるため、居住地に直接訪ねていく。◯か✕か。』
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