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7話 四十八手と黒歴史

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 中学生の頃の私は性的なことに興味津々だった。
 いわゆる思春期なんだから、女子だってそんなものだと思う。他の子と直接そういう話をするのは恥ずかしくて出来なかった。でも、どのクラスの誰がっていうのは、噂を集めまくって知っていた。
 限られた素材を集めてはドキドキしていた。
 少女小説のヒーローとヒロインの恋にうっとりとしつつ、その先を妄想して携帯サイトに書いたりもしていた。
 優しいヒーローが、夜はちょっとSっぽくなっちゃったりするのもいいし、明るいヒロインが快感に泣くのも萌える。そんなむっつり文学女子だった。
 
 あの時も、そんな小説を書くために、四十八手を携帯で調べていた。これからの小説の展開で、どの体位からどの体位に移るのがよいかを考えるためだ。
 数学のノートと教科書を広げ、予習するふりをしてノートのすみっこに棒人間で体位を描いていく。
 ――『乱れ牡丹』からの『鳴門』、これだ! 
 私はノートに描いた棒人間に丸をつけた。自然かつ、盛り上がるにつれて挿入が深くなる。ヒーローの力強さも表現できる。これしかない。
 そう興奮していたときだ。

「馬鹿の子~。なにニヤニヤしながら落書きしてんだよ」

 私の苦手な男子が、勝手にノートを取り上げて「なんだこの棒人間」と言った。

「ちょっと! 返してよ! 大体そのあだ名、嫌だって言ってるでしょ。先生にチクるからね」

「なにムキになってんだよ、チクるとかうぜー」
 
「ああ良いですよ。またホームルームの議題にしてもらって、クラス全員の帰りが遅くなるけど。あーあ、原因を作った奴はヒンシュク買うだろうなあ」

 言い合いながら、私とその男子はノートを両はじから引っ張り合っている。
 
「いい加減かえしてってば!」

 そう叫んで私がノートを思い切り引っ張った時だ。私は自分の机に強くぶつかって、その衝撃で机の中に入れておいた携帯が落ちた。
 携帯の画面には、開いたままの四十八手のページがある。
 ちなみにえっちな情報のサイトなので、バナー広告も肌色である。

 私と男子の間の時が止まった。
 先に動いたのは私だ。

「ち、ちがう。なにこのページ。変な広告踏んだかな。やだなあ、はは」

 二つ折り携帯を急いで閉じてみても、ごまかしようが無かった。

「……あー! そっか! そういうこと!? その棒人間、四十八手の絵なんだ! うっわ、奔馬エロー!」

「違う! 違うってば!」

「じゃあこれなんの絵だよ。どう考えてもこれ『入ってる』じゃん。うわ、エグぅ。なあなあ、奔馬のやつさー、四十八手のサイト見て、四十八手描いてんだぜ」

 ヒュー! とか、まじかよ、という男子の声が複数聞こえてくるけれど、顔をあげられない。
 近くで成り行きを見守っていた女子たちの中の誰かが、「やだー」と笑う声も聞こえた。
 そして……、そっと教室の隅の席に目を向けて、私は絶望した。当時の私がほんのり憧れていた、眼鏡の秀才君が、問題集で口元を隠しながらも笑っていたのだった。

 事件の日の夜、私は自分の携帯サイトを全て消した。
 それから、夜ご飯も食べないで、自分の部屋にこもって泣いた。恥ずかしくてみっともなくて、死にたいくらいだった。中学生にとって、学校のクラスは世界に等しい。そして私は世界中の人に笑われたのだ。
 もう金輪際、性的な情報には触れない。触れたくない。
 そう決めた。
 実際、友だちが話すちょっとしたシモネタですら聞けないようになってしまった。心臓がバクバクして、体調を崩してしまうのだ。
 
 *

「設定、終わりました」

 情報システム部の女の人の声で、私は悪い夢みたいな黒歴史回想から現実に引き戻された。
 ブラウスが背中に張り付くくらいに、びっしょりと汗をかいていた。空調の風が当たって、体の熱が奪われていく。
 
「メールの細かい設定などはご自分でして頂くことになります。アウトルックを使ったことはありますか?」

「はい、あります……大丈夫です……」

「顔色が優れないようですけれど」

 と言って心配してくれる女の人の方が、よほど幽霊みたいに血の気のない顔色をしている。
 長い黒髪に白のワンピースも相まって、夜のオフィスで出会ったらさぞ不気味だろう。

「体調の方も大丈夫です。あの本当に全部大丈夫なので、もう大丈夫なので……。設定、ありがとうございました!」

「そうですか。総務部に行けば、簡単な市販薬なども用意はありますからね。それでは」

 表情を変えずそう言うと、情報システム部の女性は帰っていった。
 原稿を見られなかったことに安堵しつつ、私は先程まで彼女が座っていた私の椅子に座り直す。
 指の震えを止めるため、かたく手を組む。それから、ふっ、とお腹から息を吐く。これは私が、就活生のころからやっていた気持ちを落ち着かせるおまじない。

 ――私は落ち着いている。私は落ち着いている。私は落ち着いている。

 心の中で三回唱えた。

 ――大丈夫。このおまじないだって、『リリン』に載っていたものなんだから。すごくよく効くんだから。

「よし! まずはえーと、メールの設定とチェックから、やろうかな」

 私は自分に言い聞かせるようにして、メールソフトを開いた。
 視界の端に置かれた原稿が気になるけれど、それにかかりきりではいられない。私はここ『リリン』で、使える新人になるんだから。それが、最高の少女小説を作るという、夢への第一歩なのだから。
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