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6話 お尻にそんなことを?

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 私は今、田原小鳩の原稿を前に精神統一している。

『除霊師三瀧みたきの姉妹調伏ちょうぶく~徹底肛虐の夜~』の原稿が、まだPCも置かれていないまっさらなデスクの上に鎮座している。
 デスクの端には、入社にあたって丸の内OLっぽさを意識した(実際の私は神保町勤務だが)、お気に入りのスモーキーピンクカラーのタンブラーが置かれている。外資系のおしゃれなカフェで買ったものだけれど、中身は家で入れてきた水だ。
 憧れの職場に浮かれて買ったタンブラーと、中身の水道水のギャップ。さらに、目の前にある『徹底肛虐』のギャップ。三者のギャップが入り混じって頭がクラクラする。
 とはいえ、いつまでもこうして原稿の表紙と睨み合っているわけにはいかない。

「ぃよし! やるぞ!」

 小声で呟き、小さくファイティングポーズを取る。
 深呼吸をしてから、表紙をめくる。
 大丈夫だ。さっきは心の準備が出来ていなかったから、びっくりしちゃっただけ。
 そう言い聞かせながら冒頭から読み進める。

 ――冒頭から喘ぎ声だし、喘ぎ声がごっついんだよなあ!

 ――え、ちょっとなに? もしかして、もしかしなくても、お尻の穴? お尻にそんなことを? 保健体育の授業受けてないの?

 ――ウソウソウソウソ! 待ってそれは無理! 二本は流石に無理!

 ……ちょっと休憩。
 五枚読んだところで私は一旦、顔を上げた。
 本文枚数は三十枚だと表紙に書いてあった。序盤でこんなに心乱されている場合ではないのだ。給水で平静を取り戻そう。
 タンブラーを手にとり、椅子をひいて、原稿が汚れることのないよう細心の注意を払って水を飲む。タンブラーを握る手が汗で濡れている。
 悔しいがつかみの場面は、ばっちりだ。冒頭から約千五百文字でここまで引き込む描写をするとは。これが除霊のための肛門性交の場面じゃなくて、少年が浜辺でくじらを呼ぶ女の子と出会うシーンだったらどれだけ良かったか。
 と、現実逃避のために大好きな『海のまち』シリーズのことを考えてしまった。ダメだダメだ、今は『肛虐の夜』のことだけを考えなくては。考えたくないけど。
 
 ――美人姉妹の姉に取り憑いた女郎の霊が……うう、可哀想な生い立ち。結構、細かい所まで調べて書いているっぽいな。すんごい喘ぎ声あげてるけど。

 ――お調子ものの妹がふざけて骨董品店のおやじからもらってきた双頭の張り型に憑いた、なるほどなるほど。貰ってくるなよ。って、あ、それをお姉さまが使しまったのが原因で取り憑かれたんですね、ハイ。

 ――除霊師、えっちな除霊を大真面目にやっている以外は結構かっこいいのにな、セリフとか。

「あのう、奔馬ほんばさん? ……奔馬ほんばさんですよね?」

「は、ひゃい!」
 
 夢中になって読み込んでいたところに、蚊の鳴くような声で名前を呼ばれた。
 まったく気配を感じなかったので、心臓が止まるかと思うくらい驚いた私は、間抜けな声をあげてしまった。
 振り向くと、そこには幽霊みたいに生気のない女の人が立っていた。手には、重そうにノートPCを抱えている。

「業務中すみません。情報システム部のものですが……」

「あ、は、はい! ありがとうございます! 今デスクの上片付けますね!」
 
 あわてて、原稿の束を裏返して、デスクの端に追いやって立ち上がる。
 なんで私がこんな、ヤマシイものが見つかった人みたいな行動をしなければならないんだ。幽霊みたいな女の人が、「失礼」と言って私の椅子に座ってPCの配線を済ませていく。
 デスクの端に追いやった原稿、今、ものすっごいことが行われているんです……双頭の張り型を姉妹があれこれしているんです……。そう思うと落ち着かなくて、無意味に体が揺れてしまう。女の人の手が少しでも原稿の近くに動くと、背中に嫌な汗が流れる。

 嫌な汗をかきながらうろうろしていると、あの日のこと――私が性的なことが苦手になった事件のこと――をどうしても思い出してしまう。
 事件は、中学二年生の秋に起こった。
 
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