嘘つきミーナ

髙 文緒

文字の大きさ
上 下
3 / 34

第三話 いい家族っぽい

しおりを挟む
 いい家族っぽいとはなんだろう、と思っても、触れてはいけない雰囲気があった。
 ミナはとっさに話を転じて、恋バナの輪にあやのを引き込もうとした。しかし、あやのはどこか上の空のままで、熱を持ちはじめたスマホを握っては、手の汗をスカートで拭いていた。

 結局あやのは、弟の世話を手伝いに帰らなきゃ、と五時の鐘とともに帰ってしまった。
 夕飯の準備のあとで、母親は夕寝の時間が欲しいだろうから、と。
 赤ちゃんというものは常に目を離さない人間がいないといけないものだと、ミナはその時に初めて知った。

 夕飯時の六時まではダベって過ごすのが五人の常だった。
 仕方がないとはいえ、四人となるとミナ自身のふるまいもどうしていいか分からなくなってしまう。

 萌加はいつでも自分・自分・自分で、話を聞いている分には楽しいけれど、共感し合えるという相手ではない。
 小枝子は転校してきたばかりでよく分からないうえ、裕太とどうやらいい感じらしい。

 他の三人の話に、あやのと一緒になって反応したり、時折二人で顔を見合わせて笑ったり、そういったことが出来ないとなると途端とたんに一人になってしまう。

 結局ミナもいつもよりは早めに帰宅することにした。
 あやのの言葉は、夕飯を食べる間も、推しのインスタライブを見ている間も、ひっかかり続けていた。
 弟をかわいがっていて、母親をきづかって手伝おうと早く帰って、それは普通に「いい家族」に決まっている。しかも生まれたばかりの赤ん坊がいる家というのは、協力も生まれるだろうし、明るくならないわけがない。

 しかし、あやのは複雑な表情で「」と呟いたのだ。

 幼稚園で出会って友達になってから、お互いに隠しごとなどなかったはずのあやのまで、ミナの知らない秘密を抱えている。

 一人置いていかれる不安が頂点に達したところで、ミナはメッセージアプリを開いた。いつメン、とあるグループの未読メッセージが23件たまっているが、そちらは無視して、あやのの個人アイコンをタップした。
 会話画面を開いてから、ミナの指は止まった。

 自分はいったい何をたずねようとしているのか。
 整理して文字におこそうとしてみると、独りよがりの、傲慢ごうまんな気分をぶつけるだけになってしまう。
 あやのは芯から困っていそうで、それを支えたいという言い訳が無いではないけれど、でもアプリを開くきっかけになったのは置いていかれたくないという不安でしかないからだ。


 ――弟くん可愛いね お世話大変だよね 今度会いたいなー! 抱っこしたい!


 まずそんな文章を送った。既読が付く前に、もうひとつ送る。


 ――名前は誰が考えたん? かっこいい名前だったよね


 命名書めいめいしょにあった漢字は覚えていないけれど、あやのが発したタイキという音はかっこいいと素直に思った。同時に、名付けにふれることであやのの家庭の話に広げられるかもしれないという、コソクな考えもあった。


 ――かわいいよ。いま抱っこで寝てる。


 画像が送られてきて、そのすぐ後にメッセージがあった。細い膝頭ひざがしらであやのの脚とわかるそこに、想像の半分くらいの大きさの赤ん坊が眠っていた。
 頬の産毛が脂で光って、口元にはミルクのあとがついている。


 ――名前はうちとパパ。うちのときにはママがつけたから、順番なんだって。


 笑う絵文字がついて、軽い調子で送られたメッセージの内容は、やっぱり「いい家族」のそれだ。


 ――めっちゃ幸せ家族って感じする!


 ニヤリと笑う顔文字をつけて返信してみた。完全なカマかけで、親友にそんなことをしているのに嫌気がささないでもないが、自己破滅的な気持ちよさもある。
 既読がついて返信を待つ間、ミナは自分が興奮しているのを感じていた。


 「わら」と言っているスタンプが返ってきて、続いてメッセージがあった。


 ――明日抱っこにくる? 大毅たいきと遊んでくれるとママも多分嬉しいと思う。


 何かを話そうとしてくれている、とミナは直感して、おそろいでプレゼントしあったスタンプの「よき」という泣き笑いの顔を送り返した。
 既読がつくのを眺めながら、タイキの漢字は難しいなあと思っていると、ちょっとマニアックな漫画のうさぎが「ヤハッ」と言っているスタンプが返ってきて、その日のやり取りは終了になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

怪物どもが蠢く島

湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。 クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。 黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか? 次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。

凶兆

黒駒臣
ホラー
それが始まりだった。

心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲

幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。 様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。 主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。 サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。 彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。 現在は、三人で仕事を引き受けている。 果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか? 「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」

怖いお話。短編集

赤羽こうじ
ホラー
 今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。  初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。  その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。  全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。 ※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...