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 第一章 転生からの追放


 東京のあるアパートの一室で、一人の男が酒を飲んでいた。
 彼の名前は高橋渉たかはしわたる。今年で三十七歳になるブラック企業つとめの元サラリーマンだ。


 かつてはプロ野球選手を目指す高校球児だったが、高校からの帰り道で交通事故にい、足とうでを骨折し、さらにひざ靭帯じんたい損傷そんしょうしてしまった。野球はおろか、日常生活に支障ししょうをきたすほどの大怪我だ。
 懸命けんめいにリハビリをするも足も腕も思うように動かせず、それで自暴自棄じぼうじきになったのだ。
 以来、彼は親に暴言を吐き、ずっと親のすねをかじって、部屋に引きこもって生きていた。
 それから親が交通事故で亡くなった。しばらくは親の遺産いさんでどうにかなったが、その後も働かずに何年も引きこもっていたため金がなくなった。
 渉は仕方なく働くことを決めて、『アットホームな職場』、『今なら幹部も夢ではない』、『祝い金百万』と求人情報にっていた会社の面接を受けに行った。
 求人情報の怪しさや、面接の時にすれ違った社員の死んだような顔、そうしたことに気付いて辞めておくべきだった。だが、その時の渉は、どうしても祝い金百万円が欲しかったのだ。
 言うまでもなくその会社はブラックで、入社していきなり終電間近まで仕事をさせられ、上司からの暴言と暴力を受けることになった。
「能無しのお前を雇う会社はここくらいだ。精々せいぜい死ぬまで会社に尽くせ」と社長から毎日のように言われる日々が続く。
 だが、渉にはあらがう気力もなかった。いわゆる洗脳せんのう状態だったのだ。
 そのようにして渉は、他の社員が辞めていく中、十一年も勤め続けていた。しかし、一週間前にとうとう過労かろうにより倒れてしまう。
 医者から入院を言い渡されたため会社に電話で報告すると、上司から「過労で倒れるやつはクビだ」と言われた。
 怒った渉が、「これまでのことをうったえますよ」と言うと、上司から、「好きにするといい。どうせ訴える度胸もないくせに」と吐き捨てられたのだった。


 今は体調が回復したので無事退院した。そうして自室で酒を飲みながらこれからのことについて考えていた。
 会社をクビになったことや、思った以上にかかってしまった入院費用など、様々な不安が押し寄せてきて、憂鬱ゆううつになってくる。
 渉はとりあえず気晴らしに録画していたアニメを見ることにした。
 テレビをつけて、アニメを流す。
 それは、異世界を舞台にした作品だった。
 内容は、伯爵家の三男に生まれた主人公が、スキルも魔法適性もなく、家でも学校でも無能扱いされ、それにえかねて自殺をし、死んだことから始まるというものだった。死んで生き返ったことが引き金となり、隠されていたスキルが覚醒かくせいして、無能扱いしてきたやつらに『ざまぁ』する――よくある話である。

「はぁ~異世界に行きたい。アニメの主人公みたいに活躍したい……うっ……視界が……」

 そうつぶやいた瞬間、視界がぼやけ、渉は意識を失った。


 ◆ ◇ ◆


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! はぁはぁはぁはぁ」

 目覚めた渉は、悪夢を見たような気分の悪さで、呼吸を乱していた。
 そうして頭を抱えていると、どこからか女性の声が聞こえてきた。

「目覚めましたね。苦しいのは、生きた状態のたましいを無理矢理神界しんかいに運んだせいでしょう。もうすぐしたら治まりますよ。ん~~。話すのはまだ無理そうですね。落ち着くまで待ちましょう。呼吸が整ったら教えてください」

 渉はへたり込みながら深呼吸をして、女性の言ったことの意味を考える。

(うっすらとしか聞こえなかったけど、『魂』とか『神界』とか言ってたな。まさかの転生か⁉ そんなわけないよな。アハハハ……)

 そう思いつつも、渉は自然とニヤニヤしてしまう。

「あの~そろそろ気持ち悪いニヤニヤをやめて、聞いてもらえるでしょうか? あなたが考えている、その転生についてのお話をしたいのですが……よろしいでしょうか?」

 女性のその言葉を聞いてハッと我に返った渉は、ゆっくり顔を上げる。
 すると目の前には、絶世の美女がいた。
 渉は思わず見惚みとれてしまう。

綺麗きれい……あ! すいません。あまりにも綺麗な方だったのでつい……えっと、転生の話を詳しく教えてください!」

 渉がつい口走った『綺麗』という言葉に、女性は顔を赤くする。渉はそのさまを見て、さらに可愛いと感じるが、口にはせず黙って見つめる。

「本心から言われると恥ずかしいものですね。フフッ、まず自己紹介をさせてください。私は、女神のアリーシャと言います」

 アリーシャと名乗った女性は、そこで一度言葉を区切る。そして呆然ぼうぜんとする渉を前に、アリーシャは再び口を開いた。

「これからあなたを転生させます。その前に、どうしてあなたが選ばれたのかというと……ズバリ、社畜しゃちく生活できたえ上げられた精神力の強さが理由です。精神力が強くないと、魂が転生先の肉体と交わる時、耐えきれずに消滅しょうめつしてしまいますからね。どうです? 転生なさいますか?」

 急に早口でまくしたてる女神に圧倒される渉であったが、すぐ冷静さを取り戻して、自分が置かれた状況を考える。

(女神様なら綺麗で当たり前だよな。前世でこんな綺麗な人と結婚できたら幸せだっただろうに……でもまさか、転生できる理由が社畜生活で鍛え上げられた精神力の強さとは。複雑な心境だ……それにしても、自分でも思うが、この状況を随分ずいぶん自然に受け入れてるな。普通、もっと慌てるはずなのにやけに冷静でいられる。まぁ、それよりも夢にまで見た転生だ! 他のことなんてこの際なんでもいい!)

 そうして渉は意を決して口を開く。

「アリーシャ様、ぜひ転生させてください! スキルとかいただけるのですか? それから、転生先のことも知りたいです!」

 もう渉の頭の中は転生一色である。
 それはさておき心の内を読めるアリーシャは、『結婚できたら幸せ』などの渉の心の声に、またも顔を赤くしていた。

「うぅ……あまり恥ずかしいことを考えないでください……ゴホン、転生にあたりスキルを付与します。〈全知全能薬学ぜんちぜんのうやくがく〉、〈調合ちょうごう〉、〈薬素材創造くすりそざいそうぞう〉、〈診断しんだん〉、〈鑑定かんてい〉です。〈調合〉と〈薬素材創造〉の二つは私の力で強化しておきました。魔法は火・水・土・風という基本となる四大属性の才能を与えています。習得には訓練が必要ですが……転生先は、伯爵家の次男です。死にかけている体に転生していただきます」

 渉はふむふむと相槌あいづちを打って聞いていたが、『死にかけている体に』という辺りで大声を出す。

「はぁぁぁぁぁ‼ 俺は転生してすぐ死ぬのか? それに、スキルが前世で関わったことのない薬学って……死ななかったとしても使いこなせる気がしないんだけど」

 転生できるとはしゃいでいたにもかかわらず、死にかけているということと、知識のないスキルを付与されるということを聞いて焦りまくる渉。
 アリーシャは対照的に落ち着いた声で渉に語りかける。

「大丈夫ですよ。転生先の体の魂は死ぬ運命ですが、肉体はあなたが転生した段階で、私が治しますので。薬学に関しては、〈全知全能薬学〉であらゆる薬を作れます。医療いりょうだけでなく、あなたの成長に役立つと思います。きっと使いこなせるはずです。それよりも、伯爵家でのあなたの扱いの方が辛い思いをするでしょう。それでは、さっそく転生させますので、第二の人生を楽しんでくださいね!」

 その言葉を聞いたのを最後に、渉の意識は再び遠のいていった……


 ◆ ◇ ◆


「んんん? ここは……? うっ……! 頭が……」

 目が覚めた渉は少し混乱しているが、意識ははっきりとあった。そう気付くと同時に頭に激痛が走る。

「アレク様⁉ お目覚めになられたのですね。本当によかったです! 三日も昏睡こんすいされていたので、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」

 そう言って渉の体を揺すり、『アレク様』と呼びかけてくる女性がいた。
 渉は、この体――アレクの記憶から、この栗毛くりげでボブカットの女性が、アレク専属せんぞくのメイドのナタリーだとわかった。
 そして、これからアレクとして生きていかなくてはいけないということと、アレクの現状を理解する。

「ふぅ~」

 彼は頭の中で再度冷静に状況を整理しながら息を吐く。そして、心配から解放され安堵あんどの涙を流すナタリーの頭をでた。

「ナタリー、心配をかけたな。ずっと付きっきりで疲れただろう? 父上に俺が起きたことを伝えてしばらく休むといい」

 記憶からナタリーは信用できる人物だと感じるのだが、確信は持てない。ともかく一人になって、スキルや魔法を確認をしたいと考えたアレクは、ナタリーに下がって休むよう言う。

「はい、すぐに旦那だんな様にご報告してまいります。ですがすぐに戻ってきますよ、お目覚めになったばかりのアレク様を一人にはできませんからね! ご回復するまでは、昼夜問わずお世話をさせていただききます」

 前世では、メイドといえばメイド喫茶くらいでしか会ったことがない。これが本当のメイドなのかと圧倒される渉。
 そうして萎縮いしゅくしつつも彼はナタリーの疲れ切った顔と目の下のくまを見て、自身が昏睡状態の間、彼女が寝ていなかったことを察した。
 そして、信用できるできない以前に、こんな状態の女性に世話させるようなことをできるはずがないと思い直す。

「俺を心配するなら休め、命令だ! 数日の間、寝ていないだろう? そんな疲れ切った状態で世話をされてもうれしくない。二日ほど休んでしっかり英気えいきやしなってこい! それから、ナタリー以外の世話は不要だ! ナタリーが休んでいる間は、一人でどうにかする!」

 命令と言われた以上、聞き入れるほかないナタリー。そう思う一方で彼女は前のアレクと今のアレクが別人のような口調と振る舞いをしていることに違和感を覚えていた。

「……わかりました。しっかり休み、万全の状態でお世話できるようにします。それでは、失礼いたします」

 だが、目の前にいるのは、どう見てもアレク本人なので、おかしいと感じても受け入れるしかない。ナタリーは不審に思いつつも、一礼して部屋から出ていく。

「ふぅ、やっと一人になれたな。ナタリーには知らせろと言ったが、親父おやじがここに来るかはわからない。だけど、誰が来てもいいように自然体でいないとな。とりあえず、記憶の整理と今後の動きを考えないと」

 渉はこの国のことや家族のことなどを、アレクの記憶から探る。
 王国の名前は、ウズベル王国。アレクはバーナード伯爵家の次男で、十歳。親父がディランで、義母ぎぼがアミーヤ、三つ上の兄がヨウス。
 現状、アレクには魔法の才能も、剣術の才能もない。さらに、スキルもなしの落ちこぼれとして家族から扱われている。
 アレクはめかけの子だから、家族みんなが暮らす本館ではなく、別館の一室に住まわされていて、使用人からもぞんざいな扱いを受けている……しかも実の母親は死んでこの世にはいない。
 さっきまで『死にかけていた』原因は、日頃から受けているヨウスの暴力だった。模擬戦の最中に、頭を強打されたのである。

(よくもまぁこんな環境の中で、十歳まで生きてこられたものだ……『辛い思い』とはこのことか)

 渉は女神の言っていた『伯爵家でのあなたの扱い』という言葉を思い出していた。

(まずは、周囲の人にさとられないように女神様からもらったスキルを理解して、肉体を鍛えることだな。伯爵家にいる限り、魔法を学ぶことすらできそうにない。なので最速で肉体強化をして家を出る、これを第一目標にしよう。そしてこれからは、渉ではなくアレクとして第二の人生を謳歌おうかしよう)

 そう考えていると、ドアが開く。中に入ってきたのは、父ディランであった。

「悪運の強いやつだ。そのまま死んでいればよかったものを。生きているなら仕方ない。出て行くまで、無能らしく大人しくしているんだな。以前伝えた通り、十五の成人までは家にいろ。成人になり次第、家を出ていってもらう。それだけだ」

 ディランは父親らしからぬ言葉を言い、そのまますぐ部屋から出ていく。
 記憶の通り父は、アレクを厄介やっかい者扱いしていた。しかしそんなことは今のアレクには関係ない。とりあえず彼は家から出るための準備を進めることにする。
 まずは今の自分の強さを知るため、ステータスを確認しようとして、アレクは意気揚々いきようようと口を開いた。

「オープン……あれ? 出ないぞ⁉ 〈ステータス〉! おぉぉ~! 出たぞ」

 渉として生きていた時の記憶から、アニメの真似をして詠唱えいしょうするアレク。
 すると、アレクの前にステータス画面が浮かび上がった。


 名 前:アレク・フォン・バーナード(伯爵家次男)
 年 齢:十歳
 種 族:人間
 H P:100  M P:10
 攻撃力:10   防御力:7
 素早さ:7     精神力:200
 スキル:全知全能薬学 調合(EX) 薬素材創造(EX) 診断 鑑定
 魔 法:なし(四大属性の素質あり)


 ステータスを見て、アレクは思わず肩を落とした。

「うん……弱いな。この世界の基準はわからないが、見ただけで弱いのはわかる。精神力だけ200と高いのは、毎日の家族や使用人からの仕打ちによる結果だろうな」

 ちなみに、アレクは知るよしもないが、一般的な同年代では攻撃力、防御力、素早さの各数値は20ぐらいあるのが普通である。
 アレクは気持ちを切り替え、次の確認作業へ進む。

「よし! 次はスキル確認だ! 〈鑑定〉!」

 アレクがそう言うと、目の前にスキルの説明が浮かび上がる。


 全知全能薬学 :あらゆる世界の薬学の情報を調べることができる。
 調合(EX) :どのような素材でも100%の確率で調合を成功させる。
 薬素材創造(EX) :あらゆる世界の薬に関する素材を創造できる。
 診断 :見た者の病気や後遺症こういしょうが一目で判断できる。
 鑑定 :ステータスやスキルの効果を見ることができる。
     相手とのステータス差によって確認できる情報は制限される。


「うわぁ~、スキルはチートだな。女神様が言っていた『強化』というのはスキルに付いている『EX』のことか? これはバレないようにしないと……」

 アレクはスキルを試そうと考えたが、今からだと誰が来るかわからないため断念した。
 そしてもう一眠りして夜になったら試そうと決めた彼は、再び目をつむり眠りについた。


 それから数時間が経って、日が傾いてきた頃。
 アレクはほおを叩かれた衝撃で目を覚ました。

「はっ? え? なんだ⁉」

 頬にするどい痛みを感じるが、それよりもいきなりの出来事に頭が追いつかない。
 戸惑とまどいながらも周りを見渡すと、執事しつじの服を着た男が怒りながら叫んでいる様子が目に入った。
 アレクは急いで記憶を探り、男がバーナード伯爵家に仕える執事のチェスターであることを理解した。

「おい! 起きろ! ヨウス様がお呼びだ。チッ! 相変わらず汚くてくさい部屋だな。お前のゴミのようなにおいが移りそうだ」

 そう言って、チェスターはドアを閉めずに部屋から出ていく。
 チェスターは臭いと言ったが、実際アレクの部屋はナタリーが毎日綺麗に掃除そうじをしてくれているので、決して臭くはないし、ほこりすらない。

「アイツ、記憶通りのクズだ。ヨウスが呼んでいるとか言ってたな……、嫌だけど、着替えてから行くとするか」

 アレクの頬は真っ赤にれている。その腫れ具合はチェスターが一切加減をしていないことを示していた。
 アレクが着替えの準備を始めようとすると、チェスターが訪れていたことと、ドアが開け放たれていたことに気付いたナタリーが、心配してやってきた。

「アレク様、先ほどチェスター様を廊下ろうかで見かけたのですが……ってその頬、大丈夫ですか? すぐに氷をお持ちいたします」

 ナタリーはアレクを見た瞬間、頬が真っ赤に腫れ上がっていることに驚いた。そしてすぐに治療のために道具を持ってこようとする。

「ナタリー、待って! 俺は大丈夫だ。それよりヨウスが俺を呼んでいるらしいんだけど、場所はわかる? チェスター、場所すらも言わずに出ていきやがったからさ」
「え? やめてください! また、あのような悲しいことが起こるのを見たくありません。私が代わりに行ってやめるように言ってまいりますので、どうかどうか、お願いいたします」

 ナタリーは泣きながらうったえる。そして「自分が行く」と言ってドアに向かっていった。
 咄嗟とっさにアレクは、ナタリーの腕をつかんで止める。

「ナタリー、寝る前にも言ったけど、本当に休め! ナタリーに倒れられたら困るし、それに、無事に帰ってこられる作戦もあるから安心してくれ」

 アレクは、ナタリーに心配させないよううそをつく。本当は、無事に帰ってくる作戦などなかった。

「アレク様……それは、ずるいです……それを言われたら、私は断ることができません。アレグざま~」

 ナタリーはアレクの方へ向き直り、泣きながら抱きしめる。
 そこまで心配されていることに驚きつつも、アレクは自然と彼女の背中をさすった。

「ナタリー、心配してくれてありがとう。でもそろそろ行かないと。あんまり時間をかけるとまたチェスターが騒ぎだすかもしれないし。ナタリーはゆっくり休んでいてくれ。それより、ヨウスがどこにいるかわかるか?」

 アレクは再びヨウスの場所を聞きながら、適当に服を取って着替える。

「アレク様、わかりました。無事に戻ってきてください。もう、あんな思いは嫌ですからね。ヨウス様は、騎士きし達と訓練場にいると思います」

 アレクは、自分の記憶から訓練場の場所を探った。そうすると、ヨウスの憎たらしい顔とアレクを馬鹿にする騎士達の顔が頭をよぎってしまった。
 アレクは嫌な気分になりつつも、頭を振ってドアに向かって歩き出す。

「じゃあ、行ってくる。ナタリーはしっかり休めよ。これは命令だからな」

 アレクは振り返り、そう告げて部屋を出ていく。
 部屋に残されたナタリーは、「必ず無事に帰ってきてください」と願うのであった。


 ◆ ◇ ◆


「ふぅ~別館から訓練場まで遠すぎだ。いっそもう行かなくてよくないか?」

 アレクは、何故わざわざ呼び出されて痛い思いをしないといけないのだと思い直す。
 そうしてふと振り返ると、そこにはチェスターとアレクの義母アミーヤがいた。
 二人共、ニヤニヤと見下すように笑っている。

「まだ行っていなかったのかクズ。早く行けと言っただろうが!」
「ぐふぉっ……」

 チェスターに前蹴りをされて吹き飛び、腹を押さえて悶絶もんぜつするアレク。

「うぅぅっ……ぐはぁっ」

 アレクは腹の痛みでなかなか立ち上がることができない。
 そこへ追いちをかけるように頭を踏みつけてくるチェスター。アミーヤはそれを見てニヤニヤと笑っていた。
 アレクは思わずチェスターとアミーヤをにらみつける。

「なんだその偉そうな目は! まだ足りないようだな」

 チェスターは、バチーンバチーンバチーンとアレクの両頬を平手打ちする。頬はさらに真っ赤に腫れ上がった。
 それを見ていたアミーヤは愉快そうに高笑いする

「ホ~ホッホッホッホ、本当いい気味。妾の子にお似合いですわ。チェスター、早くヨウスの所へ連れて行きなさい。あと、動かなきゃおもしろくないわ。回復ポーションを飲ませなさい」

 チェスターは事前に用意していた青いポーションをふところから出す。そしてアレクの髪の毛を掴んで引っ張り、無理矢理顔を上げさせてポーションを飲ませた。

「ゲホンゲホンゲホン!」

 アレクは回復ポーションの不味まずさにき込んでしまう。
 薬の効果で顔の痛みは消えていったが、腹の痛みは治まらない。
 アレクが咳き込んだ際に、チェスターのくつつばがかかっていた。

「このクズが、よくも私の靴を……」
「おやめなさいチェスター!」

 激怒したチェスターは足を振り上げてアレクの顔を蹴ろうとしたのだが、アミーヤに止められた。

「あ! はい。申し訳ございません。奥様」
「こんな所で倒れられても困りますわ。せっかくうちの可愛いヨウスが、首を長くして待っているのですから。チェスター、早く連れて行きなさい」

 アミーヤが何故止めたかというと、ポーションをこれ以上アレクへ使いたくないのと、訓練場へ連れて行く前に気絶でもされたら、おもしろくないと思っているからである。決して、情けからの発言ではない。アミーヤはアレクを人間としてではなく、おもちゃのようにしか見ていないのだ。

「はい! 奥様。おい! クズ、早く立て! 行くぞ」

 アレクはまた髪の毛を引っ張られて無理矢理立たされる。その時アレクは、苛立いらだちと屈辱でゆがんだ表情になっていた。

「その顔、いいですわね。あの女がこれを見たらどんな顔をすることでしょう」

 アミーヤが言うあの女とは、アレクの実の母親――ソフィーのことである。

「早く歩け!」

 チェスターは、アミーヤから忠告されているので、アレクを本気で蹴ることはせず、笑いながら軽く蹴りつける。


 しばらく歩いて訓練場に着くと、大勢の騎士団員と騎士団長と訓練をするヨウスがいた。

「ヨウス、訓練頑張っていますわね。逃げようとしていた妾の子を連れてきましたわよ」
「お母様! 来ていたのですね。それに、そいつを連れてきていただき、ありがとうございます」

 ヨウスは、アミーヤに対して満面の笑みで、手を振って応える。

「グレッグ団長、訓練はそこまでにして、ヨウスと妾の子の試合をさせてくれるかしら?」

 アミーヤがそう言うと、周りにいた騎士達がニヤニヤしてアレクを見てくる。アレクはこの家の人間は本当にみんなクズなのだと確信した。

「かしこまりました。奥様! おいクズ! これを持って、早くヨウス様の前へ行け」

 グレッグ団長は、騎士から子供用の木剣ぼっけんを受け取ると、アレクの前へと投げる。
 従わないと何をされるかわかったものではないので、アレクは木剣を拾い、ヨウスの前へと向かう。


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