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第3話 いやだ。
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どうやら、私は初恋すらしたことがない。
……落ち着いて考えてみれば、確かに。
告白されて舞い上がって付き合ってみたり、
上手に口説かれて勘違いして抱かれちゃったり。
大して好きでもないのに、付き合っちゃったりしても上手く行く筈もなく。
その失敗体験が、私の中で男性不信を作りあげてきた。
そして、また、自分でも半分信じてない淡い期待に流されて、ロクでもない男にいいように乗せられる。
まさに負の連鎖。ダメな女のスパイラルだ。
──と、いった話を、プールから上がった後、真希ちゃんに連れられて二人でカフェテラスに来て、聞いているなう──なのだ。
「話、聞くと本当に心配になりますよ……。まさか、先輩……私の知らないトコで、下心丸出しの男にフラフラと着いてったりしてないですよね??」
うぐ……っ。
「…………まあ、これまでの事は不問に付します。でも、本当に気をつけて下さいよ」
彼女の説明によると……
私はレベル1でチュートリアルステージも始めてないのに、装備だけは相当な高レベル。その装備に惑わされて、手練れの高レベルモンスターや、ひたすら性欲だけの雑魚しか寄ってこない。しかも、ずーっとそんな連中に囲まれっぱなしだもんだから、本当に誠実でイイ男なんて近寄ってくる訳がない。
──高嶺の花って諦めるか、彼氏いるなら仕方ないと諦めるか、見た目はいいけと男に緩い女は結構って思うんじゃないですかね?
うむ。……なるほど。
うわ──ん!そりゃそうかもだけどっ!!
はううう……私……バカ丸出しじゃないか……?
凹んだ時には甘いモノということで、ミニチョコサンデーを真希ちゃんが奢ってくれて、さっきからちみちみと食べている。ふう……チョコだけが私を癒やしてくれるよ。
「好きでもない相手だから『相手のことを見ていない』。大して好きでもない『相手に興味をもたないから、下心だけの輩しか寄り付かない』……ってコトだよね?」
上目遣いで、真希ちゃんに確認すると、鷹揚に頷く。
はぁ……納得したけど、納得できん!!
「先輩の立ち位置を理解してもらえたようなので……今後のことですが、ナンパとか飲み会とかコンパとか、そういう浮ついたトコでフラフラと男に捕まるのは断固禁止です!」
「…あうう…………ですよね」
ようは……チュートリアルステージでスライムと戦え、と。
今更、このリアル世界のどこにチュートリアルステージがあるのか知らないけど。
『小学校から出直してこい』と叱られているような気がして、暗澹たる気分に陥っていると……
「でも、その忠告をした人は、真意がソコにあるなら結構イイ人ですよね?」
真希ちゃんは、ウンウンと真面目そうに頷きながら言う。
忠告した人って──アイツ!?アイツがイイ人だって!?
「何で、そんな嫌そうな顔してるか知りませんけど、先輩の本質をある程度わかってて、ちゃんと言うことは言ってるんだから、イイ人じゃないですか?それこそ、相手を思いやる気持ちがなかったら何も言わないですし」
……思いやるというか、呆れ果ててるんじゃないかなぁ……汚い男性遍歴ゲロっちゃってたし。
まあ、アイツとは二度と会うこともないし!
「どのみち研修先も決まったし、あんまり遊んでるヒマないよ」
「おお、どちらに行くことになったんですか?守秘義務とかに引っ掛かるなら聞かないですけど」
いや、別にそれは言っても大丈夫だと思う。真希ちゃんの実家とも割と仲がいいって聞くし。
「あの竜堂本家だよ。だから夜遊びなんてしてたらマズいでしょ」
「ふぇー、いきなり凄いとこ来ましたねえ……そりゃあ大変そう」
研修といっても、いきなり竜堂家のお屋敷に行くわけじゃなくて、何週間か派遣会社の研修センターに通って、色々と教えこまれる事になっている。お屋敷の方に入るのは、その先。
「まぁ、一生懸命、まじめに頑張るよーぅ」
「……先輩は、基本的に優秀だから、それほど心配してないですけどねー。まさか、こんなに恋愛関係だけズッポリ抜けてるとは思いませんでしたけど?」
………うっさい!!「だけ」とか言うな!もおっ!
★ ★ ★
ということで、ここ1週間ほどは、卒論の資料集めとか、研修に向けての準備や予習とか……割と大人しく真面目に過ごした。
多少、周囲から「最近、乃愛ちゃん付き合い悪いwww」といった声もあったりするが、大学4年ともなれば、皆それが普通だろう。
だが、今日は学校近くのイタリアンなトラットリアでお祝いの飲み会に参加している。同級生でウチのサークルのメンバーのカオリちゃんが、内定確定の内示を受けたのだ。内定をとった訳じゃないので、内輪のお祝いってことで、仲の良いメンツ5人で集まっている。
メインゲストのカオリちゃん、今回の幹事の同級生の佳苗ちゃん、
後輩の真希ちゃんと奈緒子ちゃん、そんで、私の5人だ。
「内示だからさぁ、もしダメだったら残念会開いてー!」
「んな、いちいち残念会なんてやってたら、毎日飲み会だよお」
ケラケラ笑いながら、カオリちゃんはピザをつまんでいる。
まあ、私は、自主的謹慎中なので、テーブルの端でちくちくワインを飲んで大人しくしている。
トラットリアとか言っても、御茶ノ水。学生街にあるイタリアンカフェバーと言った雰囲気だ。ほぼ満席の店内は、殆ど学生グループで埋まっている。
「篠原先輩、今日は静かですね?」
「ん?……あー、お酒、2週間ぶりだからね」
隣の真希ちゃんが、覗き込むように訊いてきた。
はいはい、ちゃんと、お酒は程々にしますってば。
と、思ったら、いい感じにワインの回ったカオリちゃんが、爆弾をぶっこんできた。
「乃愛ちゃんってば、今、カレシいないの?」
「ふえ?……うん、いないよー」
「おぉう、男が途切れたことない乃愛が!?」
幹事の佳苗ちゃんが、おどけた感じで驚く。
私は、どんな風に見られてたんだ??
「歯科大の友達が、乃愛のこと紹介してくれって、うるさいんだよ」
「乃愛先輩、ものすごいメンクイだからなー」
「は?……私、メンクイじゃないよ」
「「「「どの口が言うか!?」」」」
……あっれぇ???
全員にツッコミされました。私がきょとんとしていると、カオリちゃんが呆れ気味に言った。
「……自覚なしだったのね」
「サラサラ系のキラキラした二重の美形じゃないと乃愛先輩はダメなんだと、思ってました」
「ダメって訳じゃないけどぉ……」
言われてみると、そんな感じの人が多かった気もしないでもない。
ただし、行きずりや成り行きを除く。
「だいたい、カオリはどうなのさ?ほら、インターンで仲良くなった人!」
「うっ……矛先、こっちに来るのか。メル友だよう。進展しねえよぅ」
酔っぱらい(佳苗ちゃん)の矛先はランダムだ。
そんな感じで、美味しい料理とワインを堪能しつつ、キャッキャとおしゃべりしていると…………ソイツが話しかけてきた。
「お嬢さん達、とっても楽しそうだね?何かのお祝い?」
★ ★ ★
ソイツは、後の席で飲んでたグループの1人だ。さりげなく椅子をずらして私のすぐ脇に陣取ると上品な話しぶりと甘いトーンの声で、さらりと私たちの会話に混ざってきた。
ソイツと一緒に飲んでた男性3人も更に参加してきて、当たり前のように仲良く盛り上がっている。戸惑う私と露骨に嫌そうな真希ちゃんを除くと、ほかは結構楽しそうだ。
どうやら、大学の運動部2人とOBのソイツ+1人で飲んでたらしい。
「へえ、乃愛ちゃんは、本物の方のメイドさんになるの!?」
まあ、隣のアキバとかのメイドさんの方が世界的にも有名なご時世だもんね。本当にメイドさんになると聞いて、ソイツはかなり驚いているみたいだ。
「……まぁ、家業というか、親もそういう仕事に就いているので」
「乃愛ちゃんのメイド姿とか見てみたいねえ」
「うぉぅ!俺も見てみたいっす!」
適当に話をごまかしていると、ソイツはやたらと私に話かけてくる。
やっばい……なぁ……。
ソイツは……ちょっと暗めの茶髪でサラサラなヘアーで、華やかな顔つきの美形なのだ。その甘いトーンの声も、長い睫毛も……結構好み、なのだ。
ソイツの名前は、“ハルキ”というらしい。私立の某K大卒で25歳で公務員。横浜の方に住んでるそうだ。職場も横浜の保土ヶ谷あたりみたい。今日は市ヶ谷の方に出張で来てて、忙しいので丸の内のホテルにいるとかなんとか。
ちらっと真希ちゃんの方を見ると、「だめだめ!!」と手を振っている。
うんうん……キミの言わんとするところは、わかってる。
「こっちのデザートも食べてみる?スフォリアテッレって言うんだって」
ハルキが、自分達のテーブルに来ていたスイーツを私の取り皿に乗せてくれる。
「あっ、ありがとうございます……」
「切り分けて、食べさせてあげようか?」
そ、それって、「はい、あーんして?」というヤツですか!?
こんなとこで、できる訳ないでしょ───っ!
「だっ、だ、大丈夫、ですっ!!」
「あはは、冗談だよー。冗談」
慌てて食べだした私の背中を、ぽんぽん軽く叩く。
ぱくぱく……あらやだ、コレ美味しい……。
なんだかんだ言って、楽しく話とかして、そこそこお酒も飲んだりして。
ぽわーんと酔いが回ってて意識してなかったけど、何だかハルキに体のあちこち触られてた気がする。
「あっ……そろそろ時間かなぁ。ぼちぼち、お開きにしましょーか」
そんなに深い時間でもないが、門限の厳しい子もいるので。
「折角だから、もう一軒ご一緒しませんか?」
「俺も行きたいっす!」
ハルキの後輩2人が名残惜しそうに言う。私たちが少し困っていると、2ハルキが言った。
「神女大のお嬢様たちに余り無理言うなよ。今日はこのくらいにして、また機会があったら是非ね」
と、ささっと女子全員にカードを渡す。見てみると、「本城春樹」という名前とケータイ番号、FacebookとTwitterアカウントが書いてあった。いわゆるプライベートカードというやつだ。
「気楽に連絡ちょうだい。飲み会とかメンツ空いてるなら誘ってね。お祝いの会にお邪魔しちゃったから、ここはボクが払うよ」
ニッコリと微笑む春樹は、なんかキラキラして見えた。私たちと自分たちの伝票を、さっと手にすると、お財布から金色のクレカを出して、伝票と一緒に後輩くんに預ける。
「あっ……そんな、悪いです!」
真っ先に、真希ちゃんが止めようとする。私たちも口々に遠慮するが、既に後輩君はレジで会計を始めちゃっている。春樹は、ゆっくりと席を立ち笑いながら言った。
「まあ、社会人の僕に花を持たせると思ってよ。ね?」
有無を言わせない春樹の笑顔に、私たちは呆れ笑いを浮かべる。レジの方に移動しながら「ごちそうさまです」と私達がそれぞれ言うと……
「男ばっかで殺伐な飲み会が、お嬢さん達のお陰で華やかになって、僕達も楽しかったから」
他の男性たちも、ウンウンと嬉しそうに頷いている。
ちょっと、雑談してると、春樹がクレカのサインを店員に頼まれレジの方へ行く。
「……もう……あ、ちょっと私、家に電話してきます」
真希ちゃんが、スマホを取り出しながら、レジの横につながってるオープンテラスの方に移動していく。たぶん、実家の運転手付きの車を呼んでくれるんだと思う。
他のメンツは、テイクアウトのケーキを眺めて何か楽しそうに話し込んでいる。
「私も、ちょっとお手洗い行ってくるね」
そう声をかけると、私は、お店の奥の方を指す矢印に従って、お手洗いに行く。
この店は、意外とお手洗いが豪華だった。お手洗いというか……トイレとは別にお洒落なパウダールームが更に奥にあった。
だいぶ崩れたファンデを整えて、すこし影色も直す。
うー、けっこう酔っ払った顔してるなぁ……。前後不覚になる程じゃないけど。
リップを塗り直して、ささっと髪を整える。
ま、どうせ後は帰るだけなんだし。こんなもんかな。
最後に、下を向いて手を洗っていると、急に背後で声がした。
「やっぱり、こうして見ると乃愛ちゃんは抜群に可愛いな」
ふあぁ!?振り返るとすぐ目の前に、屈んだ春樹の顔があった。
そして、いきなり、がばっと!?
「いやっ……!?」
うっわ、うわあ!?春樹の顔が目の前に!!
ぎゅっと抱きしめられ、ヘナヘナと身体の力が抜けていく。
頬と頬が重ねられ……春樹の体温を感じて、私の頭の中は昇せあがる。
「……ねえ、二人だけで少し遊ぼ?」
甘い声で耳元に囁かれ、吐息にゾクゾクしてしまう。
私は……あれだけ戒めていたのに……
何度も、後悔して……きたのに……
……わかっていたのに……………
わかっているのに……私は……
トロンとした表情で
頷いてた。
★ ★ ★
私達は、タクシーの中でイチャイチャしていた。
春樹は歯の浮くようなセリフと甘い吐息を、私の耳に吹き込む。私は甘ったれた声で恥ずかしそうに嫌がるフリをする。いつものように。
春樹は私を連れて店の裏側の別の出入り口から外に出ると、私を先にタクシーに押し込み、丸の内の高級ホテルを行き先と告げた。まさにお持ち帰り、という訳だ。
……やっぱり、ヤるんだ。
外は、雨が降り始めていて、ポツポツと水滴が車の窓にあたっている。もしかすると、大降りになるかもしれない。
春樹の胸元にしがみついてみたりして、イチャつくテンションは上げっぱだけど、心の奥がどんどん冷えていく。
もしかしたら、この人は違うかもしれない。そう思いたい自分もいる。
そう思い込もうとして、毎度毎度と後悔しているのも、わかっている。
彼は「遊ぼ?」と言っただけだ。「愛してる」なんて言った訳じゃない。
今までの男の中には、さっきのパウダールームような段階で、そのままコトに及ぼうとした奴だっている。いきなりディープキスされたこともある。
……それに比べたら、春樹は紳士的であるとも言える。
しょっちゅう後悔するような事してるとはいっても、いつでも誰とでも寝る訳じゃないし、自分から誘うなんて大逸れた事はしたことない。「ああ……このヒト、いいなぁ」と思ってても、何事も無くそれっきりという事も多い。
そして、その後で私は盛大に、臍を噛んで後悔する。
──あのヒトは、ちゃんと私を愛してくれて、私も愛せる人だったかもしれないのに、と。
その間も段々本格的な雨になってきた。目的地のホテルは、御茶ノ水から靖国通りに抜けて、本郷通りに出たらまっすぐ一本道。たいして時間はかからない。さっき、三省堂ビルの見える交差点を曲がったので、靖国通りに出たんだろう。
都営新宿線の小川町駅の入り口が見える交差点を曲がる。数珠つなぎに見える車の赤いランプが、窓についた水滴が赤くきらめいて雨に煙って滲んて見える。
私は、現実逃避するように、甘いカップルを演じる。春樹だって、薄々気がついているかもしれない。ホテルに着き服を脱いで「シャワー先に浴びていい?」とか言って。そんなお決まりの手順を踏んでいく度に、私の気持ちは暗く沈んで醒めていくのも、たぶんいつもの通り。
この先の首都高をくぐって、読売新聞本社前を通ったら、目的地に着く。
春樹の取り留めもない形通りの私の見てくれを褒める甘い言葉。
ドキドキするし、嬉しいって思う。優しく扱ってもらうと嬉しい。触られてもイヤな気持ちになるわけでもない。
やっぱり、このヒトも私の身体と顔しか見てない。
ようやく、いまさら、遅すぎるくらいに、いまさら。
私は気づいた。
私は……ただ、セックスがしたい訳じゃないんだ……。
車が、シティバンクのある大手町の交差点を曲がる。不毛な時間の始まりをカウントダウンするかのように、タクシーのカチッカチッというウインカー音が私を嘲笑う。
窓の外を見上げると、私でも知ってる高級ホテルが、雨の降る夜の大手町に黒い魔王城のように浮かび上がっている。そのシルエットがゆっくりと近寄ってきて、最後の時を告げる。
私の中に、今までにない気持ちが……微かにじわじわと湧いてくる。
…………いやだ……。
一度、湧き始めると取り留めもなく、それは溢れ出してくる。
いやだ……いやだ……
いやだ。いやだ。いやだ。
──もう、こんなの嫌だ!!
あきらかに手遅れな私の気持ちと関係なく、タクシーはパレスホテルの地下エントランスに滑り込んでいく。
タクシーのドアの開く音が、終身刑の牢獄の扉のように重々しく聞こえた気がした。
……落ち着いて考えてみれば、確かに。
告白されて舞い上がって付き合ってみたり、
上手に口説かれて勘違いして抱かれちゃったり。
大して好きでもないのに、付き合っちゃったりしても上手く行く筈もなく。
その失敗体験が、私の中で男性不信を作りあげてきた。
そして、また、自分でも半分信じてない淡い期待に流されて、ロクでもない男にいいように乗せられる。
まさに負の連鎖。ダメな女のスパイラルだ。
──と、いった話を、プールから上がった後、真希ちゃんに連れられて二人でカフェテラスに来て、聞いているなう──なのだ。
「話、聞くと本当に心配になりますよ……。まさか、先輩……私の知らないトコで、下心丸出しの男にフラフラと着いてったりしてないですよね??」
うぐ……っ。
「…………まあ、これまでの事は不問に付します。でも、本当に気をつけて下さいよ」
彼女の説明によると……
私はレベル1でチュートリアルステージも始めてないのに、装備だけは相当な高レベル。その装備に惑わされて、手練れの高レベルモンスターや、ひたすら性欲だけの雑魚しか寄ってこない。しかも、ずーっとそんな連中に囲まれっぱなしだもんだから、本当に誠実でイイ男なんて近寄ってくる訳がない。
──高嶺の花って諦めるか、彼氏いるなら仕方ないと諦めるか、見た目はいいけと男に緩い女は結構って思うんじゃないですかね?
うむ。……なるほど。
うわ──ん!そりゃそうかもだけどっ!!
はううう……私……バカ丸出しじゃないか……?
凹んだ時には甘いモノということで、ミニチョコサンデーを真希ちゃんが奢ってくれて、さっきからちみちみと食べている。ふう……チョコだけが私を癒やしてくれるよ。
「好きでもない相手だから『相手のことを見ていない』。大して好きでもない『相手に興味をもたないから、下心だけの輩しか寄り付かない』……ってコトだよね?」
上目遣いで、真希ちゃんに確認すると、鷹揚に頷く。
はぁ……納得したけど、納得できん!!
「先輩の立ち位置を理解してもらえたようなので……今後のことですが、ナンパとか飲み会とかコンパとか、そういう浮ついたトコでフラフラと男に捕まるのは断固禁止です!」
「…あうう…………ですよね」
ようは……チュートリアルステージでスライムと戦え、と。
今更、このリアル世界のどこにチュートリアルステージがあるのか知らないけど。
『小学校から出直してこい』と叱られているような気がして、暗澹たる気分に陥っていると……
「でも、その忠告をした人は、真意がソコにあるなら結構イイ人ですよね?」
真希ちゃんは、ウンウンと真面目そうに頷きながら言う。
忠告した人って──アイツ!?アイツがイイ人だって!?
「何で、そんな嫌そうな顔してるか知りませんけど、先輩の本質をある程度わかってて、ちゃんと言うことは言ってるんだから、イイ人じゃないですか?それこそ、相手を思いやる気持ちがなかったら何も言わないですし」
……思いやるというか、呆れ果ててるんじゃないかなぁ……汚い男性遍歴ゲロっちゃってたし。
まあ、アイツとは二度と会うこともないし!
「どのみち研修先も決まったし、あんまり遊んでるヒマないよ」
「おお、どちらに行くことになったんですか?守秘義務とかに引っ掛かるなら聞かないですけど」
いや、別にそれは言っても大丈夫だと思う。真希ちゃんの実家とも割と仲がいいって聞くし。
「あの竜堂本家だよ。だから夜遊びなんてしてたらマズいでしょ」
「ふぇー、いきなり凄いとこ来ましたねえ……そりゃあ大変そう」
研修といっても、いきなり竜堂家のお屋敷に行くわけじゃなくて、何週間か派遣会社の研修センターに通って、色々と教えこまれる事になっている。お屋敷の方に入るのは、その先。
「まぁ、一生懸命、まじめに頑張るよーぅ」
「……先輩は、基本的に優秀だから、それほど心配してないですけどねー。まさか、こんなに恋愛関係だけズッポリ抜けてるとは思いませんでしたけど?」
………うっさい!!「だけ」とか言うな!もおっ!
★ ★ ★
ということで、ここ1週間ほどは、卒論の資料集めとか、研修に向けての準備や予習とか……割と大人しく真面目に過ごした。
多少、周囲から「最近、乃愛ちゃん付き合い悪いwww」といった声もあったりするが、大学4年ともなれば、皆それが普通だろう。
だが、今日は学校近くのイタリアンなトラットリアでお祝いの飲み会に参加している。同級生でウチのサークルのメンバーのカオリちゃんが、内定確定の内示を受けたのだ。内定をとった訳じゃないので、内輪のお祝いってことで、仲の良いメンツ5人で集まっている。
メインゲストのカオリちゃん、今回の幹事の同級生の佳苗ちゃん、
後輩の真希ちゃんと奈緒子ちゃん、そんで、私の5人だ。
「内示だからさぁ、もしダメだったら残念会開いてー!」
「んな、いちいち残念会なんてやってたら、毎日飲み会だよお」
ケラケラ笑いながら、カオリちゃんはピザをつまんでいる。
まあ、私は、自主的謹慎中なので、テーブルの端でちくちくワインを飲んで大人しくしている。
トラットリアとか言っても、御茶ノ水。学生街にあるイタリアンカフェバーと言った雰囲気だ。ほぼ満席の店内は、殆ど学生グループで埋まっている。
「篠原先輩、今日は静かですね?」
「ん?……あー、お酒、2週間ぶりだからね」
隣の真希ちゃんが、覗き込むように訊いてきた。
はいはい、ちゃんと、お酒は程々にしますってば。
と、思ったら、いい感じにワインの回ったカオリちゃんが、爆弾をぶっこんできた。
「乃愛ちゃんってば、今、カレシいないの?」
「ふえ?……うん、いないよー」
「おぉう、男が途切れたことない乃愛が!?」
幹事の佳苗ちゃんが、おどけた感じで驚く。
私は、どんな風に見られてたんだ??
「歯科大の友達が、乃愛のこと紹介してくれって、うるさいんだよ」
「乃愛先輩、ものすごいメンクイだからなー」
「は?……私、メンクイじゃないよ」
「「「「どの口が言うか!?」」」」
……あっれぇ???
全員にツッコミされました。私がきょとんとしていると、カオリちゃんが呆れ気味に言った。
「……自覚なしだったのね」
「サラサラ系のキラキラした二重の美形じゃないと乃愛先輩はダメなんだと、思ってました」
「ダメって訳じゃないけどぉ……」
言われてみると、そんな感じの人が多かった気もしないでもない。
ただし、行きずりや成り行きを除く。
「だいたい、カオリはどうなのさ?ほら、インターンで仲良くなった人!」
「うっ……矛先、こっちに来るのか。メル友だよう。進展しねえよぅ」
酔っぱらい(佳苗ちゃん)の矛先はランダムだ。
そんな感じで、美味しい料理とワインを堪能しつつ、キャッキャとおしゃべりしていると…………ソイツが話しかけてきた。
「お嬢さん達、とっても楽しそうだね?何かのお祝い?」
★ ★ ★
ソイツは、後の席で飲んでたグループの1人だ。さりげなく椅子をずらして私のすぐ脇に陣取ると上品な話しぶりと甘いトーンの声で、さらりと私たちの会話に混ざってきた。
ソイツと一緒に飲んでた男性3人も更に参加してきて、当たり前のように仲良く盛り上がっている。戸惑う私と露骨に嫌そうな真希ちゃんを除くと、ほかは結構楽しそうだ。
どうやら、大学の運動部2人とOBのソイツ+1人で飲んでたらしい。
「へえ、乃愛ちゃんは、本物の方のメイドさんになるの!?」
まあ、隣のアキバとかのメイドさんの方が世界的にも有名なご時世だもんね。本当にメイドさんになると聞いて、ソイツはかなり驚いているみたいだ。
「……まぁ、家業というか、親もそういう仕事に就いているので」
「乃愛ちゃんのメイド姿とか見てみたいねえ」
「うぉぅ!俺も見てみたいっす!」
適当に話をごまかしていると、ソイツはやたらと私に話かけてくる。
やっばい……なぁ……。
ソイツは……ちょっと暗めの茶髪でサラサラなヘアーで、華やかな顔つきの美形なのだ。その甘いトーンの声も、長い睫毛も……結構好み、なのだ。
ソイツの名前は、“ハルキ”というらしい。私立の某K大卒で25歳で公務員。横浜の方に住んでるそうだ。職場も横浜の保土ヶ谷あたりみたい。今日は市ヶ谷の方に出張で来てて、忙しいので丸の内のホテルにいるとかなんとか。
ちらっと真希ちゃんの方を見ると、「だめだめ!!」と手を振っている。
うんうん……キミの言わんとするところは、わかってる。
「こっちのデザートも食べてみる?スフォリアテッレって言うんだって」
ハルキが、自分達のテーブルに来ていたスイーツを私の取り皿に乗せてくれる。
「あっ、ありがとうございます……」
「切り分けて、食べさせてあげようか?」
そ、それって、「はい、あーんして?」というヤツですか!?
こんなとこで、できる訳ないでしょ───っ!
「だっ、だ、大丈夫、ですっ!!」
「あはは、冗談だよー。冗談」
慌てて食べだした私の背中を、ぽんぽん軽く叩く。
ぱくぱく……あらやだ、コレ美味しい……。
なんだかんだ言って、楽しく話とかして、そこそこお酒も飲んだりして。
ぽわーんと酔いが回ってて意識してなかったけど、何だかハルキに体のあちこち触られてた気がする。
「あっ……そろそろ時間かなぁ。ぼちぼち、お開きにしましょーか」
そんなに深い時間でもないが、門限の厳しい子もいるので。
「折角だから、もう一軒ご一緒しませんか?」
「俺も行きたいっす!」
ハルキの後輩2人が名残惜しそうに言う。私たちが少し困っていると、2ハルキが言った。
「神女大のお嬢様たちに余り無理言うなよ。今日はこのくらいにして、また機会があったら是非ね」
と、ささっと女子全員にカードを渡す。見てみると、「本城春樹」という名前とケータイ番号、FacebookとTwitterアカウントが書いてあった。いわゆるプライベートカードというやつだ。
「気楽に連絡ちょうだい。飲み会とかメンツ空いてるなら誘ってね。お祝いの会にお邪魔しちゃったから、ここはボクが払うよ」
ニッコリと微笑む春樹は、なんかキラキラして見えた。私たちと自分たちの伝票を、さっと手にすると、お財布から金色のクレカを出して、伝票と一緒に後輩くんに預ける。
「あっ……そんな、悪いです!」
真っ先に、真希ちゃんが止めようとする。私たちも口々に遠慮するが、既に後輩君はレジで会計を始めちゃっている。春樹は、ゆっくりと席を立ち笑いながら言った。
「まあ、社会人の僕に花を持たせると思ってよ。ね?」
有無を言わせない春樹の笑顔に、私たちは呆れ笑いを浮かべる。レジの方に移動しながら「ごちそうさまです」と私達がそれぞれ言うと……
「男ばっかで殺伐な飲み会が、お嬢さん達のお陰で華やかになって、僕達も楽しかったから」
他の男性たちも、ウンウンと嬉しそうに頷いている。
ちょっと、雑談してると、春樹がクレカのサインを店員に頼まれレジの方へ行く。
「……もう……あ、ちょっと私、家に電話してきます」
真希ちゃんが、スマホを取り出しながら、レジの横につながってるオープンテラスの方に移動していく。たぶん、実家の運転手付きの車を呼んでくれるんだと思う。
他のメンツは、テイクアウトのケーキを眺めて何か楽しそうに話し込んでいる。
「私も、ちょっとお手洗い行ってくるね」
そう声をかけると、私は、お店の奥の方を指す矢印に従って、お手洗いに行く。
この店は、意外とお手洗いが豪華だった。お手洗いというか……トイレとは別にお洒落なパウダールームが更に奥にあった。
だいぶ崩れたファンデを整えて、すこし影色も直す。
うー、けっこう酔っ払った顔してるなぁ……。前後不覚になる程じゃないけど。
リップを塗り直して、ささっと髪を整える。
ま、どうせ後は帰るだけなんだし。こんなもんかな。
最後に、下を向いて手を洗っていると、急に背後で声がした。
「やっぱり、こうして見ると乃愛ちゃんは抜群に可愛いな」
ふあぁ!?振り返るとすぐ目の前に、屈んだ春樹の顔があった。
そして、いきなり、がばっと!?
「いやっ……!?」
うっわ、うわあ!?春樹の顔が目の前に!!
ぎゅっと抱きしめられ、ヘナヘナと身体の力が抜けていく。
頬と頬が重ねられ……春樹の体温を感じて、私の頭の中は昇せあがる。
「……ねえ、二人だけで少し遊ぼ?」
甘い声で耳元に囁かれ、吐息にゾクゾクしてしまう。
私は……あれだけ戒めていたのに……
何度も、後悔して……きたのに……
……わかっていたのに……………
わかっているのに……私は……
トロンとした表情で
頷いてた。
★ ★ ★
私達は、タクシーの中でイチャイチャしていた。
春樹は歯の浮くようなセリフと甘い吐息を、私の耳に吹き込む。私は甘ったれた声で恥ずかしそうに嫌がるフリをする。いつものように。
春樹は私を連れて店の裏側の別の出入り口から外に出ると、私を先にタクシーに押し込み、丸の内の高級ホテルを行き先と告げた。まさにお持ち帰り、という訳だ。
……やっぱり、ヤるんだ。
外は、雨が降り始めていて、ポツポツと水滴が車の窓にあたっている。もしかすると、大降りになるかもしれない。
春樹の胸元にしがみついてみたりして、イチャつくテンションは上げっぱだけど、心の奥がどんどん冷えていく。
もしかしたら、この人は違うかもしれない。そう思いたい自分もいる。
そう思い込もうとして、毎度毎度と後悔しているのも、わかっている。
彼は「遊ぼ?」と言っただけだ。「愛してる」なんて言った訳じゃない。
今までの男の中には、さっきのパウダールームような段階で、そのままコトに及ぼうとした奴だっている。いきなりディープキスされたこともある。
……それに比べたら、春樹は紳士的であるとも言える。
しょっちゅう後悔するような事してるとはいっても、いつでも誰とでも寝る訳じゃないし、自分から誘うなんて大逸れた事はしたことない。「ああ……このヒト、いいなぁ」と思ってても、何事も無くそれっきりという事も多い。
そして、その後で私は盛大に、臍を噛んで後悔する。
──あのヒトは、ちゃんと私を愛してくれて、私も愛せる人だったかもしれないのに、と。
その間も段々本格的な雨になってきた。目的地のホテルは、御茶ノ水から靖国通りに抜けて、本郷通りに出たらまっすぐ一本道。たいして時間はかからない。さっき、三省堂ビルの見える交差点を曲がったので、靖国通りに出たんだろう。
都営新宿線の小川町駅の入り口が見える交差点を曲がる。数珠つなぎに見える車の赤いランプが、窓についた水滴が赤くきらめいて雨に煙って滲んて見える。
私は、現実逃避するように、甘いカップルを演じる。春樹だって、薄々気がついているかもしれない。ホテルに着き服を脱いで「シャワー先に浴びていい?」とか言って。そんなお決まりの手順を踏んでいく度に、私の気持ちは暗く沈んで醒めていくのも、たぶんいつもの通り。
この先の首都高をくぐって、読売新聞本社前を通ったら、目的地に着く。
春樹の取り留めもない形通りの私の見てくれを褒める甘い言葉。
ドキドキするし、嬉しいって思う。優しく扱ってもらうと嬉しい。触られてもイヤな気持ちになるわけでもない。
やっぱり、このヒトも私の身体と顔しか見てない。
ようやく、いまさら、遅すぎるくらいに、いまさら。
私は気づいた。
私は……ただ、セックスがしたい訳じゃないんだ……。
車が、シティバンクのある大手町の交差点を曲がる。不毛な時間の始まりをカウントダウンするかのように、タクシーのカチッカチッというウインカー音が私を嘲笑う。
窓の外を見上げると、私でも知ってる高級ホテルが、雨の降る夜の大手町に黒い魔王城のように浮かび上がっている。そのシルエットがゆっくりと近寄ってきて、最後の時を告げる。
私の中に、今までにない気持ちが……微かにじわじわと湧いてくる。
…………いやだ……。
一度、湧き始めると取り留めもなく、それは溢れ出してくる。
いやだ……いやだ……
いやだ。いやだ。いやだ。
──もう、こんなの嫌だ!!
あきらかに手遅れな私の気持ちと関係なく、タクシーはパレスホテルの地下エントランスに滑り込んでいく。
タクシーのドアの開く音が、終身刑の牢獄の扉のように重々しく聞こえた気がした。
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よかったら、本編の方もご覧ください(*´Д`*)
「アナタとワタシ」
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