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僕の願い
#38
しおりを挟む夕食後、カルメンが身支度をしてくれる。久しぶりだと言いながら、楽しそうにリュシアの髪を整え始めた。
すーっと、クシで何度も髪を梳きながら、「本当にお綺麗です」と言う。
「長いから、切ろうかな」
「そんな、勿体ないことを言わないで下さい」
「だって、カルメンが大変そうだし……」
ぎゅうと目を凝らしながら、毛先を丁寧に梳く様子を見て、リュシアはくすくす笑った。
目の前に置いたダリウスの揺り籠を揺らしながら、閨の最中はどするのかと聞けば、この部屋で執政官とカルメンの二人で面倒を見ると言う。
「エグモント執政官に子守をさせるなんて、本当にいいのかな」
「仕方ありません、今は侍女ですら危険なんです」
「え……?」
「今まで当然のように水魔法の使い手が陛下の子供を宿して来たのですから、面白く思ってない方も居るのは当たり前のことです。侍女を使って何を仕掛けてくるか……」
複雑な王宮の話を聞きながら、どうして王妃との間に子供がいないのか不思議で仕方なかった。
聞きたいと思うのに、聞けないまま、閨の支度が済み、あとはダーヴィンを迎えるだけとなった。
実際は初めてではないのだろうけど、記憶がなくなってから初めて入る閨室を見て、当時はどんな気持ちだったのだろう、と物思いに耽っていると、誰かが室内に入って来る気配がする。
「もう来ていたのか」
背後からダーヴィンの声が聞え、リュシアは振り返った。
いつも見る彼と同じだったが、閨用の衣類なのか、昼間に見る豪奢な装いとは違い、軽めの衣に身を包んでいた。
「陛下、お待ちしておりました。本日は宜しくお願い致します」
深々と頭を垂れたリュシアの横を通り過ぎた彼は、寝台に腰を落とした。
「何をしている?」
「あ、はい、申し訳ございません」
急いでダーヴィンの元へ駆け寄った。彼の前に立ち、ここからどうするのだろうかと考えていると、彼から、「先祖の手記は読んだのか?」と聞かれた。
「はい、読みました」
「それで?」
読んだには読んだけれど、何だか自分には遠い物に思えて、ひとつの物語に思えた。
だから――。
「何だか、夢物語のようでした」
そう答えた。
リュシアの顔をみながら、「……そうか」と呟いた瞬間、腕を取られ寝台へ抱き上げられた。その途端、おぞけが走った。
毎回、こんな思いをしながら陛下の閨を務めていたのだろうか? だとすれば、自分は凄く忍耐強かったのかも知れないと思う。
記憶の無かった頃の自分を想像していると、ふっとダーヴィンは笑みを零した。
「初めて閨を迎える日、俺がお前に言った言葉を教えてやろうか……」
そう言って、彼はリュシアの前衣の釦をひとつ外した。
「お前が抵抗すれば、宮入などさせなかった……、と」
「はい」
「……お前は聞いてなかったようだったが、どちらにせよ、いつでもお前が望めば自由を手に入れられる……、と」
「はい」
静かな言葉と一緒に、彼の手がふたつ目の釦を外した。
「本当に、そう思っていたんだがな、何も言わず逃げられた日……、その言葉を取り消したくなった。子が出来たことが、そんなに重荷だったか?」
「分からないのです……」
「そうだったな」
前衣の釦が全て外され、上から彼が眺める。懐かしむような表情を見せた彼が、リュシアの額に手をあてると、暖かな光が身体を包んだ。
「今日は、このまま眠れ……」
ダーヴィンが優しい言葉をリュシアにかけた途端、ぷつんと意識が途切れた――――。
翌朝、気持ちの悪さで目が覚め、起き上がると、ぐにゃりと視界が歪み、走馬灯のように全ての記憶が流れ込んで来た。
その瞬間、止め処なく涙があふれだし、どうして今まで忘れていたのだろうと後悔をした。
全てを捨てたのは自分だったのに、彼を苦しませてしまった。
牢内で震える彼の背中、彼の悲痛な声、何を忘れても、彼を捨てた事実だけは覚えていなくてはいけなかったのに、自分のしてしまったことをこんなにも悔やんだことは無かった。
――ごめん、セレス、忘れてて……。
流れる涙を手で拭い、ふぅ、と一息付くと辺りを見渡した。
それにしても、昨日、どうしてダーヴィンは閨を途中でやめてしまったのだろう? と、それが気になった。
公務なのだから、申し付ければ嫌でもリュシアは従うしかない、それは記憶があっても無くても、どちらでも同じだ。
何かダーヴィンの気に障ることがあったのかも知れないと、リュシアが呼紐でカルメンを呼ぶと、慌てて入って来た彼女が、「リュシア様――」と焦ったように声を出した。
「本日、陛下が謁見を開くと申されております」
「え……」
「取りあえず、お召し替えをさせていただきます」
正装着を用意するカルメンの手が震えている。これはおそらく、自分に関する重大なことなのだと直感で感じた。
「だぅ……ぅ」
ダリウスのぐずる声が聞えて我が子に手を伸ばした。
「心配しなくても大丈夫だからね」
我が子に声を掛けながら、もしかすると、この子を見るのは最後なのかも知れないと思った。
急遽、謁見を組むことなど滅多にないことだし、それを考えれば、自分に対して何かの処罰が下される可能性が高い。
昨日、ダーヴィンを怒らせてしまったのだろうか? そんな感じはしなかったけど、と不安に思いながらリュシアは支度を済ませた。
「あ、カルメンに言ってなかったけど、僕、記憶が戻ったんだ……」
「やはりそうでしたか、どうりで、身のこなしが昨日までと違うと感じてました」
そんなことを言いながら、カルメンは、ほぅ、と溜息を吐く。
「謝らないといけないね、突然、書置きして出て行って、ごめんね」
「そんな、とんでもございません、私の方こそ、お力になれず申し訳ありませんでした」
頭を下げる彼女を見ながら、逃げ出すよりも、皆に話しをするべきだったと今なら、そう思えた。
けれど、ほんの僅かな時間でも〝番〟と一緒にいられた時間はリュシアにはかけがえのない物だったし、それだけは後悔してない。
ふと、自分に魔力があることに気が付いた。
しゅるしゅると指先から溢れる小さな竜巻を眺め、子供の頃から魔法が使いたいと思っていたのに、いざ魔力が身体に宿ると、やるせない気持ちで胸が一杯だった。
――セレスに会いたい……。
一度、そう思ってしまうと、体中に花が咲くかの様に次から次へと、会いたい欲求が咲き乱れる。
以前、セレスが言っていた、二人で身体を重ねた時に『満ち足りる』と言っていた言葉がようやく分かった。
自分に渦巻く魔力が、何かが足りないと渇望しているのを感じる。
こんな状態をセレスが宮殿にいる時からずっと味わってきたのなら、かなり辛かったはずだ。
ましてや、あの時の自分は魔力が無かったのだから、平然としている自分を見て、セレスは心の底で恨めしく思っていたのかも知れない。
渦巻く胸のうちを自分なりに消化していると、エグモント執政官が呼びに来た――――。
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