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僕の願い
#36
しおりを挟む次の日、ダリウスの様子を見に来るダーウィンを待っていると、急に膝元が軽くなる。
「あ……」
その時ダリウスが、ふわふわと浮いて、扉へと向かい始めた。
リュシアは慌てて立ち上がり、我が子を追いかけて抱き抱えようとした瞬間、入って来たダーヴィンにダリウスは抱かれた。
「ほう……、もう、自ら浮くことが出来るのか」
「だぅ」
楽しそうな声を出したダリウスは、ダーヴィンに抱かれて満足そうだった。
やはり、ちゃんと自分の父親だと分かってるようで、彼が側にいると嬉しいのか燥いでいる。
「これは将来が楽しみだな」
ダーヴィンが優しく微笑み、ダリウスの頭を撫でた。
穏やかな空気が流れ、この空気を壊したくなくて、自分の記憶の治療に関しては、また今度にしようと思っていると、心の揺らめきが彼に伝わったのか、「何を考えてる」と聞かれる。
「ま、まだ首も座っていないので、ダリウスの心配を……」
「なるほどな、余程じゃない限り大丈夫だろう」
神聖魔法使いは強い治癒と浄化が基本で、当人が怪我を負うことは稀だと言うのを聞き、リュシアは、つい口を滑らせた。
「けれど、魔障病と魔凍病だけは治せないと、お聞きしました」
「……誰から聞いた?」
サーっと彼の顔色が変わって行くのを見て、出してはいけない話題だったと委縮する。
せっかく、穏やかな空気が流れていたのに、自分の発言のせいで、ダーヴィンからヒヤリと冷気が漂い、その重々しい空気に押しつぶされそうになる。
「……まあ、いい、病名だけ聞いたのか?」
「は、はい、そうです」
「そうか……、魔凍病は、水の使い手だけがなる病気だ。昔――」
そこまで言いかけて、ダーヴィンはリュシアを見つめて来る。
「幼馴染がその病気になったんだが、俺は毎日のように凍り付く血を溶かして治療をし続けた。それこそ片時も離れずに……、一瞬でも離れたら彼女は永遠に眠ることになるからな」
そこでダーヴィンの言葉が途切れた。自分からは、その人がどうなってしまったのか聞けなかった。
押し黙ったままのダーヴィンを見て、リュシアは、その幼馴染が助からなかったのだと悟った。
「まあ、十年以上も前の話だ……、俺としては終わっている出来事だ。けどな、周りが忘れてくれなくてな」
「そうですか」
「だから、俺としては、お前が宮入してくれた時――」
何かを言おうとして諦めた彼は、ふわりと微笑むと、リュシアを抱き寄せた。
もう終わっているとダーヴィンは言ったが、どこか寂しそうで、とても大切だった人なのが伝わってきた。
一頻り、ダリウスと戯れたあと、ダーヴィンは部屋を出て行き、リュシアは何故かセレスに会いたくなった。
会いに行っても邪険に扱われるのは分かっていたけど、居ても経っても居られず、東の魔法書庫へ向かった――。
今回は迷うことなく東の魔法書庫へ辿り着き、書庫へ顔を出すとエヴァンが、「来てくれたんですね」と嬉しそうに出迎えてくれた。
「セレス様の所へ行きますか?」
「うん、けど、また嫌がられるかも知れないです……」
「どうしてでしょうか?」
「僕のことが嫌いだからかなって思います。だから、本当は会いに来たりしては駄目な気がするんだけど……」
そう、理由は分からないけど嫌われているのだけは分かっていた。
それなのに、リュシアは彼に会いたくなる。顔すら見せてくれない相手に会いたいと思うなんて変なのに、どうしても会いたくなる。
歩調を合わせて歩くエヴァンが、ピンと人差し指を唇に押し当て「内緒ですよ」と言う。
「僕は時々、セレス様に本を届けるのですが、この間、牢の小窓から離宮の方をずっと眺めてました」
「離宮って僕がいる宮殿ですか?」
「そうです、離宮からもセレス様のいる部屋が見えるかも知れませんね」
「そうなんだ……」
彼のいる牢室が近くなると、先日の酷く怒った様子を思い出してしまい、胸が苦しくなってくる。
隣にいたエヴァンは手に持っていた本をリュシアに渡し、「これを届けに来たと仰って下さい」と言って去って行った。
手渡された本を見つめながら、セレスのいる牢へ近付くと、既に自分が来たことに気が付いているようで、彼は背中を向けていた。
リュシアから背を向けたまま、彼が溜息交じりに「また、いらっしゃったのですね」と言う。
「本を届けに来ました」
「あなたに、そんなことをさせるなんて……、エヴァンに厳しく言いつけておきます」
「違います、僕の意思でここに来たんです」
「……一体、何しにですか?」
それを聞かれるとリュシアは答えられなくなってしまう。なぜなら、理由が見つけられないからだ。
「……理由なんてないです」
「そうですか、理由もなくここへ来るなんて、変な人ですね。あなたの気まぐれに付き合うほど、私はお人好しではありません。どうかお帰り下さい」
変な人と彼に言われて、そうかも知れないと思った。
意味も、理由すら見つけることが出来ず、彼に会いたいと思ってしまうのだから、変な人と思われても仕方がない。
「セレスさんが、僕を邪険にするのは……、以前、お世話になっていた時、何か酷いことをしたのかも知れないと思って、だから、謝っ――⁉」
リュシアがそう言った瞬間、彼が横の壁をドンっと叩いた。
「……もう、帰って下さい。私のことを少しでも思うなら、二度と……ここへは来ないで欲しい」
ああ、やはり、自分は彼に酷いことをしたのだと思った。
後を向いたまま全身を震わせる彼を見て、どれだけ罪深いことをしてしまったのか、謝ることすら拒否をされているなんて、余程のことだと思った。
静かにその場を立ち去り、リュシアは魔法書庫にいるエヴァンに借りた魔導ローブを返した。
「如何でしたか?」
「この間と一緒でした」
「左様ですか……」
「あの、どうすればセレスさんは、ここから出られるのでしょう?」
エヴァンは頭を横に振り、「分かりません」と力なく返事をした。
リュシアが原因ならば、それは既に解決をしているのに、いつまでも牢に入れておく意味が分からないと、エヴァンが言ったあと、はっとした顔を見せた彼が、思いついたように言葉を発した。
「リュシア様が陛下にお願いすれば……、あ、申し訳ありません。こんな話するべきではないのですが……」
「僕が、陛下にお願いすれば出られるのですか?」
「……おそらく」
「そうですか、じゃあ、お願いして見ますね」
リュシアはエヴァンに、そう告げると、とある場所へ足を向けた――。
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