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忘れられた番

#33

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 翌朝、リュシアは離宮で目覚める。
 起きてすぐにカルメンと言う名の侍女が、「おはようございます」とハキハキとした口調で声を掛けて来る。
 
「またリュシア様にお仕え出来て嬉しいです」

 好感の持てる笑顔を見せる彼女は、リュシアが抱いてる子を見ながら、祝いの言葉を掛けてくれた。

「遅ればせながら、出産おめでとうございます」
「ありがとう」
「セレス様もいらっしゃれば、きっと喜ばれたと思います」
「そう……、あ、セレスという人には会えないのかな?」
「それは……」

 言葉を詰まらせる彼女を見て、会えないのだと思った。
 昨日のエグモント執政官の話も『お忘れになられた方がいい』と言っていたし、自分にとって良い人ではないのかも? とリュシアなりに考えた――。
 その後、カルメンに案内されたダイニングに並ぶ食事量を見て思わず絶句する。

「こんなに食べるの……?」
「いえ、好きな物を好きなだけ頂いて下さい。食べれない分は残して頂いて結構です」

 どぎまぎしながら、食べやすそうな物を手に取る。こちらの様子を伺っていたカルメンが、くすくす笑うのを見て、「なにか変?」と聞いた。

「いえ、とんでもない。お仕えしていた時のリュシア様は、お姫様のように優雅でしたし、お食事に途惑う姿など初めてですので、とても可愛らしくて」

 言われたことに特に反発心は起きなかったけど、過去の自分の話を聞く度に、それは本当の自分だったのだろうか? と疑問に思うことが多く、まるで他人事だった。
 食事を終えて、カルメンに子供に穀粉を溶かした物を与えたいと訴えたが、乳母がそろそろ到着すると言われて、それまで待つことにした。
 ダリウスを胸に抱き、少し待ってようね、と言い聞かせていると、カルメンから一枚の紙を手渡された。

「ウリック様からの預かり物です」
「ありがとう」
「読んだら切り刻んで捨てるように言われてます」
「うん? 分かった……」

 渡された紙を広げると、東の魔法書庫と書いてあるだけで、どういう意味なのか分からないリュシアは、カルメンに聞いた。

「魔法書庫って本があるの?」
「はい、魔法王国の歴史書が保管してある場所です」
「何か思い出があるのかな?」
「確かに、書庫はよく足を運んでおられましたので、何か思い出すきっかけを得られるかも知れませんね」

 彼女の言う通り魔法書庫に何か思い出があるなら、少し覗いて見るのもいいのかも知れない。しばらく、東の魔法書庫と書かれた紙を眺めていると、何の予兆もなく部屋の扉が開いた。
 驚いて扉へと目をやると、ダーヴィンが入って来るのが見え、リュシアは咄嗟に持っていた紙を握りしめ懐へ入れた。
 ツカツカと足早に近付いて来る彼の背後には、ふくよかな女性が待機しており、ダーヴィンが彼女の方へ視線を送りながら、子供の乳母だと紹介してくれた。

「わざわざ、ありがとうございます」
「それから子供の部屋を今作っている」

 部屋を作っていると聞き、頭に疑問が浮かんだ。
 生まれて一ヶ月にも満たない子の部屋を何故作るのだろうか? と思ったが、国王陛下の子供なら当然なのかも知れないと思い直し、取りあえずリュシアは、「ありがとうございます」と返事を返した。

「昨日は悪かったな、急な出来事に対応できなかった」
「いえ……、僕も分からないことだらけで……、何だか、すいません」 
「ああ、ゆっくりと今後に付いて考えればいい」
「はい」

 昨日とは違い、ダーヴィンも落ち着いた口調で色々と説明をしてくれる。けれど、先ほどの話を聞く限り、子供の部屋まで作っていると言うなら、やはり王宮を出て子供と二人で暮らすのは無理なのだろう。
 不意に、「リュシア」と優しく名を呼ぶダーヴィンへ目をやれば、彼は自分へと跪き、衣の裾を持ち上げて、そのまま唇を押しあてた。

「また、後で来る」

 そう言い残し、彼は部屋を出て行った。こちらの様子を見ていたカルメンが「やはり、リュシア様は愛されていますね」と言う。
 
 ――ち、がう……っ、あの人じゃなかった……。

 何処かで同じことをされた気がして、リュシアはその相手を思い出そうとした。
 誰だった? リュシアに跪き、悲しい瞳を見せた人、あの時、あの人は何を言っていただろう。それを考えると胸がトクトクと早くなると同時に、ズキズキっと痛みが走った。
 
「リュシア様⁉」
「っ……何だか……悲しくて……」

 知らない間に涙があふれて零れて行く、自分は昔からこんなに泣き虫だったのだろうか? 情緒不安定なのは仕方ないにしても、こんなふうに所かまわず泣いてしまうなんて、と情けなく思った。
 急に泣き出した自分を見て、あたふたしながらカルメンが、「ど、どうしましょう」と手拭を持って来る。

「ごめんね、大丈夫だから」
「左様でございますか?」
「うん、何か思いだせそうだったけど……」

 そう、思い出せそうな気がしていたけど感情が昂るだけで、記憶が戻って来ることはなかった。
 心配そうにリュシアを見つめるカルメンに、「魔法書庫は自由に行けるの?」と聞いて見る。

「もちろんです。リュシア様が行けない場所など御座いません」
「そう……、じゃあ、後で行って見ようかな」

 子供が寝付いたら行って見ようと考えていると、部屋の扉が叩かれ、訪問の申し入れが届いていると使いの者が来る。誰なのかと思っていると、父と母だった。
 どうやらダーヴィンが呼び寄せてくれたらしく、カルメンと召使いが来客を出迎える準備をしてくれた。
 貴賓室で両親が二人揃って座り、「リュシア様、お久しぶりでございます」と挨拶をした。

「あの……、すみません、僕の両親だと聞かされてますが……」
「記憶がないのは聞いております」

 そう言ったのは男性の方、つまり自分の父親と思われる人だった。彼が悲しそうな顔を見せると、ウリックの話をした。

「ウリックから聞きましたが、魔力が封印されているそうですね」
「あ……、はい」

 敬語を使う父を見て、親子ってこういうものなのかな、と不思議な感覚を味わっていると、それに気が付いたのか、隣に座っている女性が笑みを浮かべながら説明をしてくれる。

「リュシア様は、陛下の側妻ですので親子でも身分が違うのです」
「そうですか……」

 親子なのに身分が違うと説明を受け、そのせいで敬語を使っていると教えられて、そうなんだと納得した。
 父親だと思われる人が、「手を貸して頂けませんか?」と訊ねて来るので、それに頷き、はい、とリュシアは手出した。
 父と手を繋いだ瞬間、風の従属魔法を体内に流し込まれるが、やはり頭が割れそうになる。はっと手を離し、父は困惑した顔を見せると、女性に向かって口を開いた。

「ウリックの言う通り、陛下にお伺いを立てた方がいいかも知れん」

 父は立ち上がると出口に向かった。
 それを心配そうに見つめる女性は母親なのだと思う。席を立とうとして、リュシアへ顔を向けると、ほろりと涙を流した。

「リュシア様、お元気でお過ごしください。それでは失礼します」

 母親の涙と言葉に胸が熱くなった。泣かせてしまったことに対して罪悪感が湧くが、こればかりは自分でも、どうしようもないことだと思った。
 両親が出て行った扉を眺めていると、カルメンが申し訳なさそうな顔をして入って来る。

「リュシア様、申し訳ありません、次の来客の準備を致します」

 彼女は何枚もの書類を持ち、次の来客の準備をし始めた。
 子供の祝いに来た役職のある人々と、祝いの品が次から次へと届き、その対応に追われて、結局その日は東の魔法書庫へ行けなかった――――。
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