26 / 43
愛しの番
#26
しおりを挟む執務室で必要書類を片付け終えたエグモントは、一息付くと窓の外へ目をやった。
ダーヴィン陛下の側妻であるリュシア行方が分からなくなってから、半年以上が経っており、自分の息子のセレスの行方まで分からなくなっていた。
あの日、リュシアが行方知れずになった前日、息子から自分に〝番〟がいると告白され、その相手がよりによって側妻であるリュシアだと聞かされた。
陛下や当人に、そのことを伝えたのかと問い質したが、セレスは首を横に振り、平然と、『お仕えする方に慕情は抱きませんし、お伝えする気はありません』と言った。
それを聞き、我が息子ながら冷静な人間だと思ったが、こんなに長い期間リュシアを探して国を出ていることを考えると、もしかして……、と拭えない嫌な予感が渦巻いた――。
一通りの書類を整えると、エグモントはダーヴィンの公務室へ向かうことにした。
執務室から公務室までの距離は、それほど遠くはないが、中庭の庭園を挟んでいるため、考え事が多い時などは、中庭園で気を落ち着けることもあった。
エグモントは一旦、中庭で衣類などを正すと、そのまま迷わず公務室へ向かい、軽く咳払いをすると扉を叩いた。
「入れ」
室内から短く返事が返って来ると、エグモントは足を踏み入れた。
机の書類から目を離すことなく、ダーヴィンの口から、いつもと同じことを聞かれる。
「何か手掛かりは?」
「残念ながら……」
「そうか……」
リュシアが国を出た時、最初こそ荒れ狂っていたが、ようやく熱が冷めて来たのか、近頃は手掛かりがあったかどうかだけ確認すると、言葉短く了承することが多くなって来た。
表情はいつもと変わらずか、とエグモントは胸を撫でおろす。
公務も乱れることなく進めているのを見ると、リュシアのことは半分は諦めたのかも知れないと思う。
元々、彼には妃がいる。それに心の奥底には、忘れることが出来ない女性がいつまでも住み着いているのだから、側妻に固執する要因はないように思える。
唯一あるとすれば、あの健気な眼差しだろうな、とリュシアのいじらしい姿を思い出す。
――確かに、リーズ様に似てらっしゃる……。
一途にダーヴィンに慕う姿はそっくりで、妃であるイメルダには決してない物だった。
エグモントは持っていた書類をダーヴィンに手渡し、部屋を出ようと扉を開けた瞬間、妙に騒がしい気配を下層から感じて小首を傾げる。
その異変はダーヴィンにも伝わったようで、「何事だ?」と聞かれる。
「分かりません、確認してまいり……ま……」
急いで確認しに行くつもりだったが、エグモントは自分の息子が目の前に現れたことで言葉を失った。
「父上、ただいま戻りました」
淡々と挨拶をする息子を見て、エグモントも安堵の気持ちが込み上げ、「無事で良かった」と本心が零れた。
それにしても、しばらく見ない間に随分と逞しくなったと感じた。もちろん体付きは言うまでもなく、顔つきと言うか雰囲気が男らしくなったと思った。
「父上申し訳ありません、リュシア様を見つけることが出来ませんでした」
そうか、と言葉をかける前に、自分の背後にいる男の声が先に発せられた。
「セレス、随分と長い間、ご苦労だった」
ダーヴィンがセレスに向かって労いの言葉をかけると、すぐに家臣らしい態度で跪き、「とんでもございません」と返事をした。
器用に片方の眉を上げたダーヴィンが、しばしの沈黙のあと口を開き、立ち上がるとセレスへと歩み寄り、リュシアの行方について口を動す。
「それで、手掛かりは無かったと?」
「はい、申し訳ございません……」
大きな溜息を吐くダーヴィンが、何故か同じことを聞いた。
「本当に手掛かりはなかったのか?」
「……申し訳ありません」
「分かった」
妙な空気が漂ったが、今は無事に帰って来た息子を労ってやりたかった。
エグモントは、長い間ご苦労だった、と肩に手を置いた。
セレスは目を伏せると、リュシアを探し出せなかった責任を取り、この国から除籍し、サザンディオへと向かわせてくれと言った。
「除籍? 何を馬鹿なことを」
「父上、リュシア様が国を出た日、私が側でお仕えしていれば、このようなことにはなりませんでした」
「だからと言って除籍などする必要はない」
「いいえ」
言い出したら聞かない子だと分かっている。確かに失態を犯したかも知れないが、それでも、この国を出て除籍などするほどではない。
「責任感を背負うのは構わないが、除籍などは必要ない、させるつもりはない。取りあえず、今日は家に戻って休みなさい」
「……分かりました」
力なく王宮を出て行くセレスを見て、本当は何かあったのではないか、と疑心が湧いた。
「お騒がせして申し訳ありません」
ダーヴィンに謝罪をし、エグモントは公務室を出ようとした。
「待て……、セレスを牢へ入れろ」
「な! 陛下! どういうことですか?」
「お前達親子は……、俺に報告してないことがあるだろう?」
漆黒の瞳が光なく、さらに黒く堕ちるのを見て、エグモントはぞっとした。
「どうした……? 報告義務を怠るとはエグモントらしくないな」
皮肉を言いながら、口の端をクイと上げたダーヴィンが、じっとこちらを見つめて来る。
もしかすると、セレスがリュシアの〝番〟だと気が付いているのかも知れないと思った。
表情なく口を開いたダーヴィンから、「お前の息子から、俺の魔力が微量だが感じた」と言われ、それはつまり、どういうことなのだろうか、とエグモントは頭を悩ませた。
「何故、お前の息子から俺の魔力が感じられるのか、それを本人に問う」
「それは、陛下の勘違いでは……」
「勘違いか……、それも調べれば分かることだ。で、お前から報告することは無いのか?」
セレスがリュシアの番だと言うべきなのか……、と喉の奥をエグモントが鳴らしているとダーヴィンが、「言いたくないのであればいい」と溜息を漏らした。
決して君主に隠し事や、裏切りの気持ちを持っているわけではない、ただ、伝えることが必ず正解とも思えなかった。それだけのことだった――。
40
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話
屑籠
BL
サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。
彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。
そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。
さらっと読めるようなそんな感じの短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる