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彷徨う心
#19
しおりを挟む気が付けば、見慣れた天井に、見慣れた人物の姿が見えて、「セレス?」とリュシアが声をかけると、大きな瞳を潤ませた彼が、「よかった、心配しました……」と呟いた。
「ごめんね、心配かけて、急にお腹が痛くなって」
「今はどうですか?」
「大丈夫見たい」
あんなに痛かったのに何ともなくて、リュシアの方が拍子抜けした。
「恐らく、あなたの心が不安で揺れていたので、お腹の子がそれを察知したのではないでしょうか?」
「そうなのかな……」
「陛下との間に出来た子ですので、すでに魔力を胎内から発動出来るのかも知れません……」
受巣持ちから生まれた子は、膨大な魔力を所有して生まれて来ると教えられていたことを、すっかり忘れていたリュシアは、もし、危機が迫ったことを感知したら、この子は腹を蹴破って出てくるのでは? と身震いする。
ふるっと肩を震わせていると、急に自分を覆う彼の体の体温のおかげで、ふわっと身体が暖かくなった。
「寒いですか……?」
「ううん、違う……よ?」
肩まで伸びたセレスの髪がリュシアの頬に触れて、そのままトンと自分の肩に彼の頭が乗っかる。
「倒れている……あなたを見た時、心臓が止まってしまうほど驚きました」
こんなに弱々しく声を出すセレスは初めてで、本当に心配させてしまったのだとリュシアは申し訳なくなる。
どうやら彼の仕事中にハンナが血相を変えて呼びに来たらしく、生きた心地がしなかったと言う。リュシアを抱き込みながら、すりすりと頬を寄せて来る彼が、「今日は一緒に寝ませんか?」と聞いて来る。
「っ、一緒に?」
「駄目でしょうか……?」
客船で添い寝をしたこともあるし、それこそリュシアの体調の悪い時、隣で寝ていたこともある。だから、彼の申し出は特に気にするようなことではないのに、なぜか素直に頷くのは躊躇ってしまう。
「……私は動揺し過ぎですね。すみません……、あなたが消えてしまうのではないかと思ってしまって、だから胸に抱いていれば安心出来るのですが」
彼は、ぼそぼそと胸の内をリュシアに告げると、顔を上げて心許ない瞳を向ける。その姿を見て、どうしようもなく心が動かされてしまった。
「一緒に寝てもいいよ、セレスがそれで安心するなら……」
既に横たわっているリュシアの横へ彼が身を沈める。背後から腕枕をされて、もう片方の腕が自分を包むと、大きな手が少し張った腹に添えられた。
――なんだか変な感じ……。
こんなことは特別なことではなかったのに、急にセレスのことを意識している自分に困惑してしまう。
首にかかる彼の吐息が熱くて、そこから熱が身体中に広がって行く。彼が僅かに動く度に、衣擦れの音が耳に纏わりつき、気になってしまい、どうして今まで気にもせず寝られてたのだろう? と不思議に思った。
「眠れませんか?」
「うん……、さっきまで寝てたからかな……」
「そうかも知れませんね、じゃあ、少し話をしましょうか?」
リュシアは小さく頷いた時、お腹がトンと張った。
「あ、蹴飛ばされた」
「私にも伝わって来ました。元気のいい子ですね」
「やっぱり男の子かな? 僕は女の子がいいけど」
「私はどちらでも構いませんが、男の子だと陛下に似た場合、とても大変そうです」
くすっと笑ったセレスが、ダーヴィン陛下はご覧通りの気難しさなので、反抗期は手に負えないかも知れないと言うのを聞いて、リュシアも静かに頷いた。
彼は少し間を空けたあと、子が産まれたら、この街を離れることを提案してくる。せっかく周りの人にも馴染んで来たのに、どうしてだろう、とリュシアが疑問に思っていると、
「子供は無意識に魔法を発動させてしまうことが多いですからね。人里離れた山奥へ行こうかと考えてます」
「そっか、うん、そうだね」
考えて見れば、子供に魔法を使わせないことを言いつけても、咄嗟に発動してしまうこともあるし、彼の懸念していることは十分に理解出来た。
それに街中で育てて行くには、制御剤を服用させるしかなく、幼い頃から薬剤を乱用するのは、あまり良くないとセレスは言う。
「セレスの判断に任せるよ」
「では、すぐに住めるように準備だけはしておきます。それと、聞きたいことがあります」
そう言った彼だったが、一向に言葉を発しない。僅かに漏れる吐息から躊躇っているのが伝わって来て、「どうしたの?」とリュシアが言葉を繋げると、
「陛下のこと、今でも好きですか?」
聞かれるとは思っても見なかった言葉に、リュシアは驚いて顔だけセレスへ向けた。
彼の表情は聞かなければ良かった、と少し後悔しているように見える。どうして陛下のことを聞いたのか分からないけれど、リュシアは胸の内を打ち明けた。
「以前も、セレスに陛下が好きかと聞かれた時、好きじゃないと言ったけど、本当は初めて会った時から、ずっと陛下を想ってた」
「ええ、そのことは気が付いてました」
「この大陸に辿り着いて、最初の頃は陛下のこと考えていたけど、今はそうでもないよ? 確かに忘れたりは出来ないけど、宮入した頃のような想いは無くなっている」
それは紛れもなく事実だった。
あれほど恋焦がれていたのに、不思議なくらい想いは消えている。リュシアの告白を聞いて、お腹にあてがわれている彼の手に力が入ったのに気が付き、その手に自分の手を重ねた。
セレスが、「また、お会いすることになったら……」と言うのを聞き、それに関してはリュシアにも分からないことだった。
「会って見ないと分からないけど、セレスがリーズ様のこと教えてくれたでしょう? あれで何となく踏ん切りが付いたような気がする」
「そうなんですか?」
「うん、それに最初から、片思いに満足してたんだ。僕は色んな意味で子供だったなって思う」
この大陸に着いてセレスと生活するうちに、人間関係も含めて色々なことを学び目にしてきた。
幸せな家族や恋人など、どれだけ仲が良くても喧嘩をするし、お互いのことを思いやりながら生きている。そんな人達を見て、自分の想いが独りよがりだったことを知ったし、ただの憧れが捻じ曲がって、愛だと思い込んでいただけだと気が付いた。
「その証拠に僕が陛下を本当に愛していたのなら、王妃様に申し訳ないという理由で王宮を出たりはしなかったと思う」
うっかり国を飛び出した理由を告げてしまったけど、彼は気に留める事無く、「そうですか、では――」と言葉を続ける。
「あなたに……番がいたら……どうしますか?」
「え……?」
「陛下を愛していないというなら、その番に出会ったら、あなたはその相手を愛すると思いますか?」
急に番の話をされて驚いたが、いくら魔法王国を出たとはいえ、自分には陛下の側妻としての役職がある以上、番がいても結ばれることはないことに気が付き、リュシアは首を横に振る。
「どれだけ惹かれても、結ばれない相手なら、番なんて辛いだけだよ……」
仰向けになっていたリュシアの顔を覗き込むようにセレスは「そうですね」と言った瞬間、ぱぁっと彼の瞳に輝く六芒星が宿った。
「セレス……魔法が……」
リュシアは魔法が発動してることを彼に伝えた。
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