上 下
19 / 43
彷徨う心

#19

しおりを挟む
 
 気が付けば、見慣れた天井に、見慣れた人物の姿が見えて、「セレス?」とリュシアが声をかけると、大きな瞳を潤ませた彼が、「よかった、心配しました……」と呟いた。

「ごめんね、心配かけて、急にお腹が痛くなって」
「今はどうですか?」
「大丈夫見たい」

 あんなに痛かったのに何ともなくて、リュシアの方が拍子抜けした。

「恐らく、あなたの心が不安で揺れていたので、お腹の子がそれを察知したのではないでしょうか?」
「そうなのかな……」
「陛下との間に出来た子ですので、すでに魔力を胎内から発動出来るのかも知れません……」

 受巣持ちから生まれた子は、膨大な魔力を所有して生まれて来ると教えられていたことを、すっかり忘れていたリュシアは、もし、危機が迫ったことを感知したら、この子は腹を蹴破って出てくるのでは? と身震いする。
 ふるっと肩を震わせていると、急に自分を覆う彼の体の体温のおかげで、ふわっと身体が暖かくなった。

「寒いですか……?」
「ううん、違う……よ?」

 肩まで伸びたセレスの髪がリュシアの頬に触れて、そのままトンと自分の肩に彼の頭が乗っかる。

「倒れている……あなたを見た時、心臓が止まってしまうほど驚きました」

 こんなに弱々しく声を出すセレスは初めてで、本当に心配させてしまったのだとリュシアは申し訳なくなる。
 どうやら彼の仕事中にハンナが血相を変えて呼びに来たらしく、生きた心地がしなかったと言う。リュシアを抱き込みながら、すりすりと頬を寄せて来る彼が、「今日は一緒に寝ませんか?」と聞いて来る。

「っ、一緒に?」
「駄目でしょうか……?」
 
 客船で添い寝をしたこともあるし、それこそリュシアの体調の悪い時、隣で寝ていたこともある。だから、彼の申し出は特に気にするようなことではないのに、なぜか素直に頷くのは躊躇ってしまう。
 
「……私は動揺し過ぎですね。すみません……、あなたが消えてしまうのではないかと思ってしまって、だから胸に抱いていれば安心出来るのですが」

 彼は、ぼそぼそと胸の内をリュシアに告げると、顔を上げて心許ない瞳を向ける。その姿を見て、どうしようもなく心が動かされてしまった。

「一緒に寝てもいいよ、セレスがそれで安心するなら……」

 既に横たわっているリュシアの横へ彼が身を沈める。背後から腕枕をされて、もう片方の腕が自分を包むと、大きな手が少し張った腹に添えられた。

 ――なんだか変な感じ……。

 こんなことは特別なことではなかったのに、急にセレスのことを意識している自分に困惑してしまう。
 首にかかる彼の吐息が熱くて、そこから熱が身体中に広がって行く。彼が僅かに動く度に、衣擦れの音が耳に纏わりつき、気になってしまい、どうして今まで気にもせず寝られてたのだろう? と不思議に思った。

「眠れませんか?」
「うん……、さっきまで寝てたからかな……」
「そうかも知れませんね、じゃあ、少し話をしましょうか?」

 リュシアは小さく頷いた時、お腹がトンと張った。

「あ、蹴飛ばされた」
「私にも伝わって来ました。元気のいい子ですね」
「やっぱり男の子かな? 僕は女の子がいいけど」
「私はどちらでも構いませんが、男の子だと陛下に似た場合、とても大変そうです」

 くすっと笑ったセレスが、ダーヴィン陛下はご覧通りの気難しさなので、反抗期は手に負えないかも知れないと言うのを聞いて、リュシアも静かに頷いた。
 彼は少し間を空けたあと、子が産まれたら、この街を離れることを提案してくる。せっかく周りの人にも馴染んで来たのに、どうしてだろう、とリュシアが疑問に思っていると、

「子供は無意識に魔法を発動させてしまうことが多いですからね。人里離れた山奥へ行こうかと考えてます」
「そっか、うん、そうだね」

 考えて見れば、子供に魔法を使わせないことを言いつけても、咄嗟に発動してしまうこともあるし、彼の懸念していることは十分に理解出来た。
 それに街中で育てて行くには、制御剤を服用させるしかなく、幼い頃から薬剤を乱用するのは、あまり良くないとセレスは言う。
 
「セレスの判断に任せるよ」
「では、すぐに住めるように準備だけはしておきます。それと、聞きたいことがあります」

 そう言った彼だったが、一向に言葉を発しない。僅かに漏れる吐息から躊躇っているのが伝わって来て、「どうしたの?」とリュシアが言葉を繋げると、

「陛下のこと、今でも好きですか?」

 聞かれるとは思っても見なかった言葉に、リュシアは驚いて顔だけセレスへ向けた。
 彼の表情は聞かなければ良かった、と少し後悔しているように見える。どうして陛下のことを聞いたのか分からないけれど、リュシアは胸の内を打ち明けた。

「以前も、セレスに陛下が好きかと聞かれた時、好きじゃないと言ったけど、本当は初めて会った時から、ずっと陛下を想ってた」
「ええ、そのことは気が付いてました」
「この大陸に辿り着いて、最初の頃は陛下のこと考えていたけど、今はそうでもないよ? 確かに忘れたりは出来ないけど、宮入した頃のような想いは無くなっている」

 それは紛れもなく事実だった。
 あれほど恋焦がれていたのに、不思議なくらい想いは消えている。リュシアの告白を聞いて、お腹にあてがわれている彼の手に力が入ったのに気が付き、その手に自分の手を重ねた。
 セレスが、「また、お会いすることになったら……」と言うのを聞き、それに関してはリュシアにも分からないことだった。

「会って見ないと分からないけど、セレスがリーズ様のこと教えてくれたでしょう? あれで何となく踏ん切りが付いたような気がする」
「そうなんですか?」
「うん、それに最初から、片思いに満足してたんだ。僕は色んな意味で子供だったなって思う」

 この大陸に着いてセレスと生活するうちに、人間関係も含めて色々なことを学び目にしてきた。
 幸せな家族や恋人など、どれだけ仲が良くても喧嘩をするし、お互いのことを思いやりながら生きている。そんな人達を見て、自分の想いが独りよがりだったことを知ったし、ただの憧れが捻じ曲がって、愛だと思い込んでいただけだと気が付いた。 
 
「その証拠に僕が陛下を本当に愛していたのなら、王妃様に申し訳ないという理由で王宮を出たりはしなかったと思う」

 うっかり国を飛び出した理由を告げてしまったけど、彼は気に留める事無く、「そうですか、では――」と言葉を続ける。

「あなたに……つがいがいたら……どうしますか?」
「え……?」
「陛下を愛していないというなら、そのつがいに出会ったら、あなたはその相手を愛すると思いますか?」

 急につがいの話をされて驚いたが、いくら魔法王国を出たとはいえ、自分には陛下の側妻としての役職がある以上、つがいがいても結ばれることはないことに気が付き、リュシアは首を横に振る。

「どれだけ惹かれても、結ばれない相手なら、つがいなんて辛いだけだよ……」

 仰向けになっていたリュシアの顔を覗き込むようにセレスは「そうですね」と言った瞬間、ぱぁっと彼の瞳に輝く六芒星が宿った。

「セレス……魔法が……」

 リュシアは魔法が発動してることを彼に伝えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腕の噛み傷うなじの噛み傷

Kyrie
BL
オメガだった僕。アルファだった彼。 * 表紙 晶之助さん https://twitter.com/s_nosuke_oekaki pixiv https://www.pixiv.net/member.php?id=16855296 * オメガバースの設定を自己流にアレンジ。 他のサイトで短編として発表した作品を大幅に加筆修正しています。 他サイト掲載。

[完結]兄弟で飛ばされました

猫谷 一禾
BL
異世界召喚 麗しの騎士×捻くれ平凡次男坊 お祭りの帰り道、兄弟は異世界へと飛ばされた。 容姿端麗で何でも優秀な兄と何でも平均的な弟。 異世界でもその評価は変わらず、自分の役目を受け入れ人の役に立つ兄と反発しまくる弟。 味方がいないと感じる弟が異世界で幸せになる話。 捻くれ者大好きです。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)  甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。  ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。  しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。  佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて…… ※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

処理中です...