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彷徨う心
#16
しおりを挟む数日間、波に揺られ、船酔いに耐えながら東の大陸へ降り立った。
大きな港町だったが、中央のノルマント共和国ほどでは無いようで、近くの食堂で目的の街までの道のりの確認をしたセレスが、「店主の話だと三日もあればノルマント到着する見たいですね」と移動先の話をしてくれる。
それを聞き、リュシアは口を開いた。
「まだこの辺りには魔法使いも来てない見たいだから、慌てて移動しなくてもいい?」
「ですが安心は出来ませんよ」
「うん……、分かってる」
こちらの不安な気持ちが伝わったようで、彼が力強く、「大丈夫です。何も心配はいりません」と言ってくれるが、初めての土地だということも含め、やはり不安な気持ちは隠せなかった。
一番大きな悩みは出産に関してだった。
受巣持ちの場合、排出される場所が無いため、腹を切らなくてはいけないと聞いている。まだ張っていないお腹を擦りながら、溜息を吐いていると、辺りを見回していたセレスから、「お身体のこともありますので、今日はこの町で一泊することにしましょう」と言われる。
身体の不調は特に感じないが、セレスの提案に頷き、一日この港町で休んでからノルマント共和国へ向かうことにした。
「町中を少し散歩してもいい?」
「それは構いませんが……」
「実は今まで自由に外を出歩いたことがなくて、せっかく国を出たのに、ずっと船の上だったし、一人だとちょっと怖くて歩き回れなかったから」
リュシアの話にセレスは笑みを浮かべると「では散歩に参りましょうか」と言う。
港町にある市場へと足を運べば、多用多種の品物がリュシアの目を楽しませた。
それにしても彼はどうして何も聞かないのだろう。子を宿したことも、セレスは直ぐに受け止めてくれたが、普通なら国から出たことを不審に思うはずなのに、一切その話に触れない。だから、自分から口にした。
「ねえ、セレスはどうして何も聞かないの?」
「……私は、貴方が話したくないことを無理に聞きたくは無いのです。人の行動には意味がありますから」
確かに、リュシアの行動がイメルダ王妃を気遣ってのことだとは言いたくなかった。
国を出る前に見たダーヴィンと王妃の険悪な雰囲気を思い出し、何故かぞっとする。
リュシアの一言で、王妃に非があると思われるのだけは避けたいし、国から逃げ出した理由は絶対に言えない。もし捕まった時は、側妻でいることが嫌になったと伝えて、自分は罰を受けようと心の中でリュシアは思った。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど、陛下と王妃は、よく喧嘩をするの?」
「喧嘩ですか? お二人は幼馴染ですので、些細な言い合いは多かったと思いますよ。ただ……」
セレスが、どう答えるべきか悩んでいるのが見て取れて、リュシアは余計なことを聞いてしまったと口添えた。
「あ、ごめんね、言えないことならいいんだ。僕が王宮を出る時、ちょっと喧嘩している見たいだったから」
「そうですか、これは私から聞いたことは伏せて置いて下さい。王妃様には妹がおりまして、その方が陛下の妃になられる予定だったのですが……」
――え……?
「……妹のリーズ様は魔凍病という不治の病で治療法が見つからないまま……、成人前に凍結されて、聖堂の奥深くで今も眠り続けております」
「それじゃ……」
「はい、陛下は王家の盟約の通り、十八歳を迎えると同時に姉のイメルダ様と婚姻されました。ですが、もしリーズ様の病の解決方法が見つかれば、イメルダ様の立場がどうなるか」
そんな複雑な事情があったとは知らずにいたリュシアは、あの優しく美しい王妃が、毎日どんな思いでダーウィンと居たのかを知って切なくなった。
「でも、ダーウィン様とイメルダ様は夫婦だし、いくら妹のリーズ様の病気が治ったからと言って離縁なんてしないでしょう?」
「ええ、陛下としてはイメルダ様を王妃として認めてはいるのですが、リーズ様のことで……、しばし話が拗れるようです」
そういえば、リュシアが王妃にダーヴィンの話をする時、彼女はいつも動揺をしていたし、周りにいた側近もピリピリしていた気がした。
今の話を聞いて、王妃と対話した時に感じた側近達の動揺も納得が出来たし、それに、国を出る前に聞いた『初夜を迎えてない』という話、それも原因のひとつなのだと思った。
ふと、突然イメルダ王妃の顔が浮び、申し訳ない気持ちが溢れて来る。
「どうしましたか?」
「ううん、王宮にいる時の僕は無神経だったなって思って……」
「そうなのですか?」
「少しでも陛下のことが知りたくて、イメルダ王妃に色々聞いてしまった気がする」
本当はリュシアに会うことも嫌だったのかも知れないのに、無神経に陛下の話を話題に出したりして、知らないうちに彼女を傷つけていたかも、と思うと居ても経っても居られない気持ちになった。
こちらの様子を見たセレスが、「あまり気になさらないで下さい」と言うのを聞き、リュシアはコクと顎を下に向けた。
彼が、「何か食べましょうか」と店先に並ぶ菓子類へ目を向けると、いくつか甘い物を選び、近くにある憩いの場へと向かう。座れそうな場所を見つけると、そこへ腰を落とし、購入した品物を膝の上に広げた。
「どれが食べたいですか?」
「どれでもいいよ?」
微笑んだセレスが焼き菓子を手に取り、リュシアへ手渡してくれた。
見た目より重量のある焼き菓子を頬張ると、しっとりとした甘さが口に広がった。
「お好きなのですか?」
「元々、甘い物は好きだよ」
「あ、いえ……、陛下のことです」
今までの言動を見てリュシアの気持ちに彼は気が付いたのかも知れないと思った。
真っすぐなセレスの眼差しに、自分の嘘が見透かされそうだったが、リュシアは首を横に振った。
「……ううん、僕は側妻と言う役職だから、陛下に特別な感情は抱いてないよ」
「左様ですか、陛下は少なくとも、あなたを寵愛されていたと思います」
「そうかな……」
リュシアは今ひとつピンと来なかった。なぜなら、受巣があるからダーヴィンが自分を抱くことも義務だろうし、そうで無いにしても男には性欲があるのだから、抱くことが愛情に繋がらないことくらいは分かるつもりだった。
セレスはリュシアの複雑な心情を読み取ったかのように、「愛情にも色々あります」と言いながら菓子をひとつ摘まみ上げると口に入れる。
「特にリュシア様は健気ですから、陛下も可愛く思っていたのではないでしょうか」
「そうだといいけど……」
そんな話をされても、何故かリュシアの心は潤わず、渇いたままだった。
ダーヴィンのことを思い浮かべ、急に不安に襲われた。
自分のお腹を擦りながら、この子はどうなるのだろう? と子供の行く末に不安が走る。
リュシアが一人悩んでいると「どうかしましたか?」と彼に聞かれて、子供のことが急に心配になったと伝えた。
「僕の子供は、どうなるのかな……」
「本来、お子様は成人されるまでは、あなたに権限がありますが、成人後は当人の意思に委ねられます」
「それは王族を継ぐという選択をした場合?」
「そうですが、ただ、国を出たことで、その辺りはあやふやになりそうです」
どちらにしても子供はリュシアが育てる権利があり、将来どうするかは当人次第だと言うが、現状を言えばダーヴィンの子を宿したのはリュシアだけであり、選択はひとつしかないと言われる。
「子を生むのが不安ですか?」とセレスの潤んだ土色の瞳が揺れるのを見て、こくりと頷いた。
「それが理由で国を出たのであれば……、戻る選択をされた方が賢明だと思うのですが」
「違う……、それだけが理由じゃない」
「そうですか、どちらにしても、あなたの望む通りにしてください。私はその手伝いをするだけです」
彼の言葉に「ありがとう」とリュシアは感謝を伝えた。
一息ついた彼が菓子を口にし、喉を詰まらせながら「これはかなり甘いですね」と眉を寄せた。
どうやら彼は甘い物が苦手のようで、無理して食べなくてもいいのに、とリュシアが言えば、「貴方がどのような物を好むのか知りたかった」と微笑んだ。
その笑みを見て、気を遣わせたと思った。
「セレスって気を遣ってばかりだね、僕のせいなんだろうけど……」
「いいえ、そうでもありません」
苦笑いを見せる彼に、ほら、今も気を遣っている……、と言いそうになったが、その言葉は焼菓子と一緒に流し込んだ。
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