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彷徨う心
#15
しおりを挟む無事に次の大陸へ向かう船に乗り込むことが出来たが、リュシアの目の前で両腕を組み、ムっとした顔を見せるセレスが「まったく、信じられませんね」と、ぶちぶち文句を言い続けている。
男娼の意味も知らず、言われるまま男に付いて行ったことに関して、リュシアは永遠と怒られ続けている。終わったかな? と安心していると、また思い出したかのように怒り始める。
「あの……、もう、分かったから」
「『分かったから』ではありません!」
意外と口煩い人なのだと知り、今までの礼儀正しくて物静かな彼は何処へ行ってしまったのかと思う。
彼は自分を連れ戻しに来たのでは無いようで安心したが、陛下からの命令が下っているのは本当らしく、特に風魔法使いの一族は血眼になってリュシアを探していると言う。
「取りあえず、髪の色を変えた方がいいですね」
「出来るの?」
「ええ、可能です」
セレスは掌に乗るくらいの大きさの魔法袋を取り出した。
土魔法使いが持っている魔法袋は、様々な薬品を調合出来ると言われており、リュシアの髪くらい簡単に変えることが出来るようだった。
「私と同じ髪色になりますが二日ほどしか持ちませんので、また飲んで頂くことになります」
そう言って小さな小瓶を取り出した。
「味がかなり独特ですので、一気に飲み干して下さい」
そう言われて手元の飲み薬を凝視した。掌に納まる大きさの小瓶に薄緑色の液体が入っている。ちゃぷんと揺らし上蓋を取ると、リュシアは言われた通り一気に飲み干した。
草木の青臭さが口の中に広がり、後味の悪さといい、香りといい、独特の味にリュシアは顔を歪めた。
「今後は定期的に飲んで頂きますので慣れて下さい」
「う、うん……っ」
これを定期的に飲まなくてはいけないと言われて、リュシアは絶句するが、見る見るうちに変わっていく髪の色が面白くて、しばらく自分の髪を眺めた。
リュシアの髪色が栗色に全て変わったのを確認したセレスに、「これで大丈夫です」と微笑まれた。
これから彼と一緒に過ごすなら、そのうち子が宿ったことはバレてしまうだろうと思ったリュシアは、素直に子供が出来たことを告げることにした。
「僕、子供が……、出来た見たい」
「左様ですか、それでどうされるのですか、堕胎されるのですか?」
「そんなこと!」
そんなことは考えてなかったリュシアは、思わず大きな声が出た。
国王陛下の子を殺してしまうなんて、出来るわけが無いのに、セレスは淡々とした口調で、リュシアの重荷になるのであれば、堕胎も視野に入れるべきだと言う。
「そもそも、国を抜け出した理由はなんです?」
「それは……」
「子供が重荷なのでは無いですか? 国を出るなど、単なる家出とはわけが違います。リュシア様なりに色々悩んだ結果の行動なのでしょう?」
その通りだった。セレスの言葉は正しい。死ぬほど悩んで出した結果の行動だ。
けれど、宿った生命を堕胎してしまうなど、一度も思ったりしなかった。
それどころか、守ってあげたい庇護欲の方が強く、自分の体内に新しい生命がいることを嬉しく感じていた。
「取りあえずは、身を隠せる場所を探さなくてはいけませんが、小さな街よりは大国の方が良いでしょう」
「うん、僕もそう思ってた」
「東の大国、ノルマントへ参りましょう、あの国は共和国ですが君主も存在してますし、治安も整ってます」
セレスの言葉にリュシアは静かに頷いた。
その日の夜――。
客船は貸し切りで無い限り、決められた部屋で、数十人が一緒に雑魚寝をするのが当たり前だったが、セレスはこんな場所で雑魚寝などさせられないと言い、皆を追い出そうとする。
「セレス、皆だって疲れてるし、そんなことするなら僕は泳いで行く」
「……分かりました」
不満あり気な声を出す彼を横目に、リュシアは追い出されそうになった人達に謝罪をした。
一人の女性がくすくす笑い「貴方達、兄弟だと思っていたけど違うのね」と自分達のやり取りを見て、奇妙な関係だと思われてしまったようだった。
考えて見れば、十歳近く年の離れたセレスが自分に傅いている姿は、一般的には変に見えるのだろう。
「ねえ、セレス、今後は普通に話出来ない?」
「普通にですか?」
「うん、そんな態度だと周りから変な目で見られるし……」
「これが普通の態度です」
目を大きく開いたまま、彼はリュシアの言い分を軽くかわし、「そもそも、国を出たからと言って、互いの立場は変わりません」と、もっともな意見を述べる。これ以上、何か言った所で聞き入れてもらえそうにないと思った自分は早々に諦めた。
皆が次々に雑魚寝のための場所を確保し始めたので、リュシア達も寝る場所を取るが、セレスが躊躇い気味に、今までもこのように皆と一緒に寝ていたのかと尋ねて来るので「そうだよ」と答えた。
「……他の男と一緒にですか?」
「うん、そうだけど?」
「貴方は自分の立場が分かって無い」
「立場は分かってるし……、でも、国を出たら僕は普通の男だよ」
ぐっと喉を詰まらせたセレスは大きく嘆息すると、大人しく寝る場所を作った。
隣との距離はそれなりにあるし、さほど窮屈ではないが、どうしても気になるのか、セレスは他の人がリュシアに触れないようにと布を巻つけ抱き込んだ。
「セレスって心配性なの?」
「いいえ、そんなことはありません。きっと、あなたにだけ心配になってしまうのでしょう」
その言葉には、世間知らずな男だから、という意味も含まれている気がした。それは間違いでもないし、その前提で言われているなら、なんだか納得してしまうけど、面白くない感情が湧いてしまい、つい、リュシアは拗ねるように呟いた。
「どうせ、僕は世間知らずだし、心配になるのも分かるけど……」
「分かって頂けているようで、良かったです」
にっこり微笑みながら、満足そうに言う彼を見て、やっぱり面白くなくて、リュシアは話を逸らした。
不意に自分達の背後にいる親子の会話が聞こえてきて、そういえば、一度も両親と遠出したことがなかったことを思い出した。
なぜか急に両親の顔が浮かんでしまい、寂しい気分に襲われて、涙が勝手に溢れた。それを見たセレスが、「どうかしました?」と慌てる。
「……分からないけど、悲しくなった」
「ああ……、そう言えば妊婦は感情の起伏が激しくなると聞きました。そのせいかも知れないですね」
セレスがリュシアの涙を掬い、「もう寝た方がいいです」と彼の大きな手で瞼を閉じるように促される。けれど、全然眠くないし、困ったなと思っていると、セレスは「初めて貴方を見た時……」と小さな声で話し出した。
初めてと言うなら、十二歳の初披露目の時かな? とリュシアが勝手に思っていると、魔導アカデミーへ書類の手続きに来たのを見かけたのが最初だったと言う。
本来ならリュシアも十歳から通う予定だったが、アカデミーなどに通って、側妻であるリュシアの身に何かあれば取り返しが付かないので、入学拒否の通知に同意する手続きで呼ばれていたことがあった。
当時、特別講師をしていたセレスは、アカデミーの校舎入り口でリュシアを見かけたのが最初だと言う。
「あなたが側妻と教えられて驚いた」
「どうして……?」
「もっと儚げな子かと思っていたら、ウリックと口喧嘩していたからです」
「あ……」
ウリックと言い合う姿を見られていたなら、かなり恥ずかしいことだと思う。けれど当時は本当の意味で子供だったし、皆は外で遊べるのに自分はまったく外に出れなかったから、鬱憤のような物が溜まっていたのも事実で、その説明をした。
「あの頃は、皆と遊べないし、ウリックはいつも揶揄ってくるし、僕は除け者だったから、つまらなかった」
「魔法も使えないし?」
「そう!」
「しー……」
少し大きな声が出てしまい、隣に寝ていた人が呻き声を出したので、セレスがリュシアの唇に指をあてた。
彼は微笑みを浮かべ、リュシアの苦悩は理解出来ると言い、初めて見た時の感想も、「可哀想だと思いました」と言う。
生まれた瞬間から将来が決まっているのは皆そうだが、けれどリュシアの場合は特殊で、男として生まれたのに、強制的に性を捻じ曲げられ、側妻になるための教育を受けるなど、不憫で仕方なかったと言う。
話を続ける彼の優しい声と口調が心地よくて、眠気に襲われる。
「いつか……あなたに……聞きたいことがある……」
意識が薄れそうなリュシアの耳に、唇を押し当てるようにセレスが呟く。
けれど、途切れる意識の中で聞こえた言葉は、上手く聞き取れず、夢の中へと消えて行った――。
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