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側妻の務め

#08

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 与えられた豪華な部屋を眺めていると、中央に置いてある多数の贈り物の箱が目に留まる。リュシアはそれに近付いて一段と大きな包みに目を向けた。

 ――え、王妃様から?

 一緒に添えられていたカードには王妃の名が書いてあり、祝いの言葉が書いてあった。

『リュシア様、王宮入を心よりお祝い致します。つまらない物ですが、わたしが育てた紫吹しぶき花です』

 柔らかな筆跡を見て、どんな思いでこれを書いたのだろう、と胸が痛んだ。
紫吹花は触れると花弁がパラパラと落ちるが、水をかけると落ちた花弁がくるくる回り、めしべへ戻って元の形になる。
 数年かけて純度の高い魔力を注ぐことにより完成品となる水魔法使いのシンボルと呼ばれる物だった。
 大きさといい、透明度といい、王妃がとても大切に育てたことが伺えた。

 ――綺麗……。

 美しく舞う花弁をうっとりと眺め、他の贈り物も手に取って見ることにした。脇にある小さな包みを見つけ、中を見れば王妃の侍女ケイトからの薬が入っており、『御所望の薬です』と一筆書かれた紙が入っていた。
 今日から自分は側妻で、本来ならダーヴィン陛下のために子を宿さなくてはいけないのに、宿さないように薬を飲むなんて……、と良心の呵責かしゃくに苛むが、もし自分に子が宿ってしまったら? そのせいで、あの美しい王妃が苦しむと思うとリュシアは耐えられそうになかった。
 ケイトからの説明文には一回に飲む分量も書いてある。どうやら飲めば一日中効果があるらしいので、取りあえず飲んで見ることにした。

 ――効果あるといいけど……。

 分量通り飲み干したが、とくに味もしないので、これで大丈夫なのか心配になる。どちらにしても、自分が出来ることは限られているし、あとは子が宿らないことを祈るばかりだ。
 すとん、と長椅子に腰を落とした瞬間、ふっと張りつめていた糸が急に切れ、眠気に襲われる。
 お腹も空いて来たけど、ダーヴィンと食事の約束もあるし……、と色々なことを考えている間にリュシアの意識は薄れて行った――。
 
 どのくらい時間が経ったのか、微睡む意識の中で「リュシア様?」と自分の呼ぶ声に、はっと目を覚ます。

「うん……?」
「大丈夫でしょうか、体調が優れませんか?」

 自分を起こしてくれたのはカルメンだった。
 焦った表情を見る限り、リュシアに何かあったのではないかと心配してくれているのが分かった。
 腫物に触るような接し方は、自分の屋敷でも散々受けているので、リュシアは特に気にもならなかったが、世話をする側はそういうわけにはいかない、自分に何かあれば首を切られてしまうことだってあり得る。
 リュシアは起き上がり、長椅子に礼儀正しく座り直すと、カルメンに向き合った。

「ごめんね。少し休憩するつもりだったのに、寝てしまったみたいで……」
「左様でしたか、良かったです」

 ほっとした顔を見せるとカルメンは「お食事に呼ばれております」と言い、リュシアを立たせる。
 休憩して気分も落ち着いたのに、これからダーヴィン陛下との食事だと教えられ、また緊張が戻って来た。
 離宮内にあるダイニングルームへと案内され、部屋へ入れば既にダーヴィンが待っており、リュシアが入って来ると近付いて来る。

「疲れてないか?」
「大丈夫です」

 彼はリュシアの手を取ると席へエスコートしてくれた。
 
「では、食事をしよう」
「はい」 

 見事な装飾に象られた食卓につき、ほぅ、と部屋全体の雰囲気を楽しんでいると、せわしなく召使いが食事を運んで来る。
 彩とりどりの食事に目を丸くさせながら、一口、二口と口に運んだ。けれどダーヴィンはリュシアの食事を取る様子をじっと見つめてくるだけで、手を付けていなかった。
 エグモント執政官の説明通りだ、と心の中で思いつつ、口を開いた。

「ダーヴィン様は召し上がらないのでしょうか?」
「俺はこのあと違う物を食べる予定だからな、腹が一杯では堪能できない」

 違う物を食べると言われ「何を召し上がるのでしょう?」とリュシアが首を傾げると、ダーヴィンは微笑し、華美かびな衣装の肩が揺れ動いた。

「分かってて言っているなら、随分と教え込まれたと思うが、きっとお前は心の底から、そう言ったのだろうな」

 ダーヴィンの言っている意味が分からず、リュシアはまた首を傾げた。

「食べると言うのは隠語だ。つまり、お前を食う・・・・・という意味だ。これから閨事が待っているから、腹いっぱい食べると動き難い」
「あ……、はい」 

 ぼっと火が点いたように頬が熱くなる。
 そんな隠語の意味も分からず、単純に何を食べるのだろう? と疑問に思っていた自分が恥ずかしくなる。きっと子供だと思われたに違いないし、こんなことも理解出来ないようでは、彼がリュシアとの閨事に満足してくれるとは思えず、妙な汗が噴き出してくる。
 
 ――そっか、あまりたくさん食べてはいけないんだ……。

 メインの肉料理が出て来たが、リュシアはナイフとフォークを置いた。
 当然ダーヴィンが「どうした?」と聞いて来るので、自分も同じように閨事に備えて食事はいらないと答えた。
 彼が食べないのに自分だけお腹を満たすわけにもいかないと思い、我慢することにした。
 正直なことを言えば、何を食べても味なんて分からない、それに、じっとこちらを見る彼に、見つめられながら食べるのが困難だった。

「……こちらに来い」
「はい」

 言われた通り、彼の側へ赴いた。

「ここに座れ」
「?」

 座れと言われた場所を見てリュシアは変だと思う。
 そこは人が座る場所ではないし、座るなんて出来るわけが無かった。一歩、後ずさると腕を掴まれ、あっと言う間に彼の膝の上に座る形になる。
 
「ダーヴィン様、こんなこと駄目です」
「こんなことねぇ……、これから、もっと凄いことをするのにな?」
「……そ、そうですが」

 くすくす笑う彼は、スプーンで自身の皿の上にある卵料理を崩し「これは消化がいい」と言うと、ツイっとスプーンでリュシアの口元を突いた。

「いただきます……」
「美味いか?」

 緊張で味なんて分からないけど、リュシアはコクコクと頷いた。

「本当なら、お前は普通に魔法も使えて学校に通い、結婚もして子供を授かったのにな、受巣を持って生まれたばかりに災難だったな」

 落ち着いた優しい声で、ダーヴィンに言われて、本当は自ら望んで貴方の物になりに来たのです。と言いたかったけど、自分の本心を悟られてしまうのは不本意だったし、これは陛下の役に立つための公務なのだから、気持ちを込めてはいけないと自分に言い聞かせ、「いいえ、光栄です」と答えた。

「……お前は物分かりが良すぎる、抵抗しても良かったんだぞ?」
「抵抗ですか?」
「『嫌だ』とお前が一言言えば無理に王宮入りはさせる気は無かった」
「そんなこと一度も思ったことありません。嫌だなんてとんでもないことです」
「その口癖は禁止にする。今度『とんでもないことです』と言ったら、罰を与える」

 ジロっとダーヴィンに睨まれ、リュシアはこくっと頷いた。
 仮に嫌だと口に出しても一族に説得させられていただろうし、従兄のウリックくらいは、一緒に国を出て自由な生活を与えてくれたかも知れない。
 けれど、どのみち身体に子を授からない限り、魔法も使えない普通の男なのだから、魔法王国に居るのは肩身が狭い。そんな思いをするくらいなら、リュシアは自ら王宮入りをしたと思う。
 ふと肩に重みを感じ、背後で彼が言葉を発した。

「まあ、どちらにせよ――」 

 その後に続く彼の言葉は、激しく動く自分の心臓の音と耳鳴りで聞き取れなかった――。
 
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