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絹毛の姫様

#04

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 王宮入りの日、シンと静まり返る屋敷の玄関前で、両親がリュシアに頭を垂れて敬意を表す。
 その姿を見て、今日からお前は私たちの息子ではない、と言われているようで悲しくなるが、笑顔で全てを受け入れた。

「リュシア様、本日より王宮入りでございます。お元気でお過ごしください」

 両親に言われ、リュシアはこくりと頭を縦に動かしたが、二人とも頭を垂れたままなので、自分がどれだけ感謝を込めた態度を示しても、二人には伝わらない。
 馬車へ乗り込む際、今まで育ててくれた感謝の気持ちを心を込めて伝えた。

「今まで、ありがとうございました」

 一言、そう伝えると、小さな呻き声が母から漏れた。
 泣き声を我慢しているような気配を感じて、リュシアは慌てて馬車へ乗り込み、顔を下へ向けた。
 母の姿に自分の目頭が熱くなり、気を緩めると涙が零れ落ちそうだった。何度か瞬きを繰り返し、込み上げてくる熱い泪を零すことなくやり過ごすと、馬車の小窓へと目をやった。
 走り出した馬車は王宮までの道を間違えることなく進む。少しずつ近付いて来る大きな建物を窓から見つめていると、膝の上に置いた掌が僅かに震え出した。
 自分でも緊張しているのが分かる。ダーヴィンに会えると思うと嬉しくてたまらないのに、気に入られなかったらどうしよう? と不安になる。

 ――大丈夫……、沢山の習い事だってしたし……。

 コクっと自分へ向けて頷き、頭の中で大丈夫だと納得させる。この時、どうして、あんなに沢山の習い事をさせられたのか分かった気がした。
 あれは全て自分に自信を持たせるためで、気弱になったり、心が折れてしまわないようにと、リュシアの身を案じてのことだったと気が付く。それを知ると震えていた手もピタリと止まった。
 落ち着かせようと胸元に手を置き、深呼吸を繰り返していると、否応なしに胸元の五芒星の紋章が視界に入る。この衣装を着せてくれた母の姿を思い出して、また涙が溢れそうになり視界が揺らいだ――。

 王宮の門を潜ると、突然、光の矢のように眩い光に包まれ、一体、何が起きたのか分からなくてリュシアは、ぎゅっと目を瞑った。
 視界が戻って来ると、パァと馬車の扉が開き、大勢の召使いが出迎えてくれる。筆頭で挨拶に来たのは、この国の執政官しっせいかんを務めるエグモントだった。

「リュシア様、王宮入りをお受け頂き、ありがとうございます。先程、魔診ましんが終わり高潔な身だと診断が下りました」

 それだけ言い終えると、下げていた頭を上げ、執政官は鮮やかな笑みを浮かべた。
 知の泉と名高い博識を持つエグモント執政官は、土魔法の使い手であり、若い頃から先王せんおうに仕えていた人物だった。
 その彼に導かれるように、リュシアが馬車から降りた瞬間、コツコツと踵がなる音が聞えて来た。
 こちらへ真っすぐ歩いて来る人物が、全ての空気を両断するかのように声を発る。

「待ちわびたぞ」

 初披露目の日に聞いた声が自分の耳に届き、胸の奥がきゅうと鳴いた。
 勝手に熱くなる体と漏れ出す吐息が、どれだけ恋焦がれていたかをリュシアに認識させる。
 いけない、見惚れている場合じゃない、と咄嗟に頭を垂れ、挨拶をしようとしたが、一瞬、何が起きたのかと思った。
 頭を垂れた目線の先に、自分に跪くダーヴィンの姿があり、あの日、初披露目の時と同じように、リュシアが羽織っているローブの裾を持ち上げる。
「へ……、陛下?」と素っ頓狂な声が出て、何をなさっているのですか、と言葉を続けようとしたが、彼の優雅な仕草に見惚れてしまった。彼は、手に持ったローブの裾を唇に押し当てると、サっと顔を上げてニッと口を横へ広げた。

「今日まで長かったな、絹色のお姫様?」 
「は、い」
「ん、怒らないのか?」

 彼は悪戯っぽく目をすがめ、自分の屋敷で絹色のお姫様と呼ばれることを嫌がっていると聞いたと意地悪く言い、「怒ってもいいぞ?」と微笑む。
 そんな怒るなんて、とんでもない、と返事をしようとしたが、自分の屋敷での振る舞いは、全て報告されていたのだと気が付き、リュシアは顔が引き攣ってしまう。
 確かに王家からの使いの者は定期的に来ていたけど、身体の具合や習い事の話、それと用意された質問事項に答えるが大半だった。
 だから、両親や屋敷の使用人にも、リュシアの様子伺いをしていたとは思も寄らず、自分の醜態を彼に知られていると思うと、頬から火が出てしまいそうなくらいカァと熱くなった。

「使いの者が言ってた通り、美しく育ったな……」
「あ、ありがとうございます」
「では、行こう」

 リュシアの手を取り、ダーヴィンが歩みを進めるが、背後から近付いて来る執政官と侍従長が「陛下、お待ちください」と慌てた声を出す。
 その声にピタリと歩みを止め、面倒臭いとでも言いたげに、ダーヴィンが無言で彼らへ向き直る。

「リュシア様は今から広間で挨拶をっ……、っ陛下……! どちらへ!?」

 ダーヴィンはリュシアを抱いて空を舞い「そんなことする必要ない」とエグモント執政官へ言い返していた。
 風の魔力があれば空を舞うことは可能だが、リュシアは魔力が無いため、滅多に空を飛ぶことは無い、なので不慣れな浮遊に怖くなる。神聖魔法の使い手であるダーヴィンが、四属性の全ての魔法が扱えることを、すっかり忘れていたリュシアは 突然のことで「ひっ」と自分の喉から引き攣った声が出てしまい、ぎゅっとダーヴィンにしがみ付いた。

「どうした、飛ぶのは初めてじゃないだろ?」
「はい、けど突然でしたので、驚いてしまいました……」

 子供の頃とは違い、リュシアも多少は重くなっているはずなので、重くないのかな? と心配に思う。本当はもっと抱き付いていたいけど……、と彼の体温と体臭にうっとりしながら、名残惜しい気持ちを振り切り、自分の意思を伝える。

「陛下、降ろして下さい」
「ダーヴィンと呼べ」
「ダーヴィン様、僕、もう十六歳になりました。あの時のような子供ではありませんし、重たいと思うので降ろして下さい」

 リュシアは毅然とした態度で、ダーヴィンへ思っていることを伝えた。本音を言えば、もう、このまま彼に身を任せたいのに……、と身体がダーヴィンへの想いで溢れ返っているが、はしたないと思われても嫌だったので、降ろして欲しいと訴えた。
 彼はリュシアの言葉を聞いているのか、聞いてないのか、素知らぬ顔をし、ふわふわと王宮の外庭を漂い、とあるバルコニーへと到達するが、一向に降ろす気配が無く、リュシアを抱き上げたまま、じっと見下ろしてくる。一体、どうしたのだろう? と彼を見つめた。

「ダーヴィン様?」
「お前は、この四年の間、俺のことは考えなかったのか?」

 そんなこと、毎日のように考えていたに決まっている。朝も、昼も、夜も、さらには夢の中にも貴方が出てきて、なのに触れられなくて、どれだけ辛い思いをしてきたか……、と言いそうになるが、グっと堪え「毎日、思っておりました」と返事をした。

「毎日か、それは光栄だな、だが報告によると――」

 言葉を途中で切り、リュシアを抱きかかえたまま、ダーヴィンはバルコニーから部屋の中へと入り、椅子へと降ろしてくれた。
 その刹那「あ……」と言葉が零れてしまう。
 彼に抱かれていた熱が、サっと熱が剥がれしまい、一気に切なくなって、泣きたくなる。
 今まで会えなかった反動のような物かも知れない、鼻の奥から目頭に向かってツーンと湿っぽい刺激が走り、こんなことで、泣いてしまうなんて情けない、と目頭をグっと押さえて必死で堪えた。
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