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20.タイミングが悪すぎる
しおりを挟む本当に馬鹿だな、と誠人はホテルを出てタクシーを拾い、乗り込んでから思う。
――何してんだ……。
長谷部の唇に触れようと顔を近付けた瞬間、「俺の方が気になってセックスに集中できないから」と言われ、仕方なく電話をすれば、海翔が例のバーに来ていると教えられて、徹に一時間以内に来れなければ攫うと言われた。
どうぞ、ご自由にと言えば良かったのに、過去最低の判断を下した。
「長谷部……、悪い、何でも好きな物注文していい、あとで俺に請求してくれ」
「うわ、最低」
「だよな、それで足りなければ、今度、タダ働きさせてもらう」
「それは魅力的だな、いいよ、それで手を打つ、俺の方がもっとひどいことしてきたし……」
「本当に悪いな、じゃあ、また連絡する」
そう言って、長谷部を置いて部屋を出たが、こんなこと遊び相手だからと言って、していいことじゃないと罪悪感が湧いた。
タクシーの後部座席から、ふと正面を見ればバックミラーに、自分の姿が映る。濡れた髪のまま、慌ただしく着こんだスーツ姿で、夜逃げより酷い恰好だな、と自分でも思う。
こんな状態で海翔を迎えに行くのか……、何のために? 自分の取っている行動がおかしいことに気が付いているのに、それでも海翔のことを思うと、じっとしていられないのだから、どうしようもない。
徹は紳士的な男だ。今まで海翔が遊んで来た男達より、遥かに優しく扱うだろう。決して傷つけるような抱き方などしない、それなのに、不快な気持ちになるのは……、そういうことなんだろうなと、自分の気持ちと向き合った。
たかがニ十分の距離が、何時間も経過しているように思えて、車に備えられている時計を何度も見る。ようやく自分の知るバーの店内へ踏み込むと、意外にも、ほっとした顔で徹が出迎えた。
「来なかったら、どうしようかと思ってたぞ……」
ぶつぶつ文句を言う徹に、誠人も同じく愚痴る。
「ったく、タイミングが悪すぎなんだよ……って、え……? どういう状況」
後ろの四人掛けソファで丸くなって寝ている海翔を見つけて、誠人は状況説明をしてもらう。
「それがさ、俺がトイレに入ってる隙に、俺の酒を飲んだらしい……」
「は? 何を飲んで……って、バーボンか」
「言っとくけど、一杯だけだ」
「あー……、まあ、酒を勝手に飲んだのは海翔だし、それは自己責任だから別にいい」
どうやら、飲んで直ぐ気を失ったので、急性アルコール中毒の可能性があると、店の中にいる医学関係者の判断で、寝かせている状態だと言う。
「救急車は?」
「呼吸も安定してるし、脈拍も問題ないから、しばらく安静にさせる方向で様子見してる。顔色も別にちょっと赤いくらいだしな」
「そっか……」と誠人は安堵するが、徹がまじまじと顔を覗き込み「その恰好、どうした? 髪も濡れてないか?」と、一番、指摘されたくない所を突いて来る。
「ちょっと忙しかったんだよ」と言い訳を言えば、ははーん? とニヤ付く徹の顔に苛っとした。
誠人がチラっと海翔の方へ目を向けると、徹が今日の話をし始める。
「今日、海翔の大学のイベントだっただろう? 凄く頑張ったんだろうな……、それなのに、お目当てのお前は来ないし、それでヤケをおこしてあの状態だ」
海翔が誠人が来るのを心待ちにしていたと聞かされて、ほんのり胸の奥が熱くなる。
「そっか……、俺はちょっと学会に顔だしてたから、見れなかったんだ」
「は? デートだったんじゃ……?」
「いや、料理の学会と時間が被ってたんだよ」
「何だよ、それ海翔に言ってなかったのか?」
言うも何も、説明する前に電話を切られて、挙句の果てに大学だって何処に通っているかも知らないし、ようやく探して辿り着いたら、終わっていたと説明した。
「っ……は、面白過ぎる!」
「笑いごとじゃないんだぞ……、どれだけ振り回されたか」
振り回されたで言えば、出会ってからずっとだ。今更ひとつ、ふたつ、増えたくらいでは何とも思わないが、今日はさすがに精神的に疲れていた。
誠人は海翔の側へと寄り、寝息を立てる顔を覗き込み、中央にあるツンと尖った鼻を指でピンと弾いた。
自分の背後にいる徹に「動かしても大丈夫なのか?」と聞けば、「たぶん大丈夫だろ」と答えが返って来る。バーテンにタクシーを呼んでもらうと、海翔を担いで車に乗り込んだ。
その衝撃で薄っすら目を開けた海翔が「夢……」と言うのを聞き、「ああ、夢だから寝てろ」と誠人の声を聞いて、パチっと目を開けて、起き上がろうとするのを阻止した。
「家に着くまで寝てろよ。急に動くと吐くぞ……」
「ん……」
こくっと頷いて、海翔は目を瞑り、誠人の膝へ猫の様に抱き付いて来る。サラリと動く髪を梳くいあげてから、頭を撫でると、海翔は気持ちよさそうな顔で誠人を見つめて来る。
本当にどうしようもないな、と誠人は大きく溜息を吐いた。
自宅に到着し、海翔を起こして家へと連れ込み、一旦ソファに腰を落とさせたが、まだ酒が抜けてないのかパタリと身体を横にする。
誠人は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと海翔の頬にあてた。
「っ、冷たい……」
「色々と誤解があるんだが……、聞きたいか?」
「うん」
どうして、自分が弁解のような説明をしなくてはいけないのか、と思いつつ、誠人は今日の出来事を話した。
大人しく話を聞いていた海翔は、ガバっと起き上がると「えー、何それ、俺の空回りじゃん……」と落ち込んだ表情を見せた。
「そもそも、大学も何処か知らないし、それを長谷部が調べてくれたんだぞ?」
「あー、それで一緒に……」
「そういうことだよ、徹が俺に連絡してくるなんて珍しいから、慌てて行って見れば……」
チラっと海翔へ目を向ければ、しゅんと落ち込んだ。
「ごめんなさい」
「まあ、それに関しては俺のせいなんだろ?」
その言葉を聞いて、海翔は小さく頷くと、何故か服を脱ぎ始める。
「こらこら、脱ぐな……」
「ねえ……、誠人さんはどうすれば俺だけの物になる?」
一瞬、何を言われたのか分からず、誠人は固まる。
「俺、色々考えても分からなくて、どうすれば俺だけを見てくれるの?」
するっと伸びて来た海翔の手が、誠人のシャツの釦を外し始める。
「俺のものにしたい……」
今までの自分の体裁や自我、それらを一瞬で消し去るような言葉に、濃厚な甘い蜜が溢れる湖でも放りこまれた気分になる。
――コイツは本当に、男を惑わせるのが上手いな……。
誘いどころをわきまえていると言うべきか、こんなの拒否できる男がいるのなら見て見たい、と誠人は思った。
最後の釦を外し終えた海翔の手をぎゅっと握り締め――、「もう、とっくにお前のものだ」と答えた。
「じゃあ、どうして……、俺の番が回って来るまで待ってろって……」
「あー、それな……、ちょっとした虚勢だよ」
「じゃ、じゃあ、あれから誰も抱いてない?」
ああ、もう、本当に恰好悪い、と誠人は思いつつ「そうだよ」と教える。
「あのな、歳の差を考えろよ、この歳で十九歳の大学生に本気になった所で、お前から見たら、俺は通過点に過ぎないんだし……」
「通過点って、そんなの分からないじゃん」
「それに、お前だって本気の相手は必要ないって言ってただろう?」
「そうだけど……」
海翔のせいにするのは卑怯だと分かっていても、言わずにはいられなかった。
「だから、これだけは言っておく、飽きたらいつでも俺の元を去ってくれていい」
「もう……、誠人さんって、男前なのに弱気だな」
何とでも言ってくれ、と不貞腐れ気味に海翔の手を払うと、誠人は立ち上がた――。
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