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09.野良猫は振り返らない
しおりを挟むそれから数日後、誠人の目の前で可愛い尻をフリフリ振りながら、甲斐甲斐しく店の掃除をする若者を眺めた。
まったくもって最近の若者がよく分からない誠人は、「あー、海翔?」と可愛い尻に向かって声をかけた。
「うん? 何?」
「そんなことしてもらっても、バイト代出せない」
「ボランティアだよ。後、美味しい物が食べたい」
「あっそ……」
あの日から、海翔は暇があれば店先で待っている。好意を持たれているのは感じるが、それなのに抱いてない。誘えば乗って来るとは思うのに、何故か手が出せなかった。
相性が悪いわけでも、つまらない相手でも無い、抱けば漂う色香は極上と言ってもいい、きっと時間が許す限り荒淫し、海翔を抱き潰している自分が想像つく、それなのに、手が出せないのはどういうわけなのか。
同じ相手は続けて抱かない主義とはいえ、目の前にいる男は、その主義を曲げさせるだけの魅力がある。主義と言うなら、あの日、自分の部屋にあげた時点で曲がってる。
どちらにしても、海翔を抱くにはそれなりの理由がいる気がしていた。ただヤるだけなら、何時ものようにバーに行って初物でも探せばいい、それすらしないで、目の前の男を抱く理由を探してる。
――これが、焼きが回ったと言うヤツか……?
そんな歳でもない、と頭を横へ振っていると海翔がこちらへ首を傾げる。
「来週、食事をしに店に来るけど、本当に良かった?」
「あー、友人の誕生日なんだろ? いいよ、何か特別な物考えておく」
「やった」
そう言って海翔はニコニコと笑顔を見せる。
出会った当時の危うさがすっかり抜けて懐かれているからだろうか、今の関係も割といい物だと思えてしまう。
長いゲイ人生の中で、一人くらい例外がいてもいいのかも知れないな、と誠人は思い始めていた。
「何度も言うけど……、マナーの悪いのは連れて来ないようにな」
「分かった」
軽く返事をするが、本当に大丈夫だろうか? と心配になる。自分の大学時代を思い返して見るが、正直、品行方正とは言えなかった気がした。
それとは別に誠人は気になることを聞いて見る。
「そういえば、大学の友人にはゲイだって言ってあるのか?」
「まあ、近しい人にはね。一応、こんな身なりだし、無駄に女子にモテるからさ」
「……なるほど、自分の容姿に自覚があるんだな」
美は性別の枠を超えることくらい分かるし、人が美しい物に引き付けられるのは、仕方ないことだ。
それにしても、海翔の普段の大学生活は一体どんな物なのだろう。自分が知っている限り、性には奔放で特定の相手は作らない、当然、ベッドに誘う相手にも困ってないだろう。
それこそ、自分もその他大勢の中の一人に分類されている……。
――面白くないな。
そんなことを考え、本気で泣かせてやろうか? とわけの分からない闘争心が湧き出てて来る。ただ、海翔を知った今だから言えることは、素直に可愛い子だと思う。今まで、知識の無い相手に身を委ねてきたせいか、誠人の手の中で快楽に溺れる姿は異様に可愛いと思えた。
それに、特定の相手はいらないと言ってるが、恐らく本気で人を好きになったことがない気がした。もし海翔が、恋する気持ちや、愛することを知ったら、どうなるのか見て見たいが、さすがに誠人は自分がその対象にはならないだろうと思ったし、なりたくはなかった。
誰かに本気で恋に落ちるほど若くないし、年の離れた海翔など、なおさら歯止めがかかる。
――そうだ……十九歳だ……。
ふと、自分が海翔と同じ年頃だった頃を思い浮かべた。ゲイだからという理由で、他人から距離を置かれるくらいどうってことないが『社会不適合者』と言われた時は流石にへこんだな、と思い出したくない一場面が思い浮かんだ。
「……誠人さん?どうかした?」
嫌な思い出を脳内再生していたせいで、呼ばれていることに気が付くのに少し時間がかかった。
「ん、ごめん考え事してた。何?」
「掃除終わったから、ご飯」
「……はいはい」
本当に自由な奴だな……、と海翔へと目をやれば、カウンターに座り水をくぴくぴ飲み始めていた。
「何食べたい?」
「何でもいいよ。誠人さんの料理は、全部美味しいから」
料理人の褒め所を心得ているセリフに、誠人は口角を上げながら、試作品でも作ることにした。
ラム肉をハーブでサっと焼き上げ、バルサミコソースをかけるだけだが、ソースの下ごしらえに試行錯誤した。
目の前に出してやれば、くるくると目を丸くし食べ始める。
「ワイン、もう少し入れてもいいかも」
「そうか?」
「うん、俺はこのままが好きだけど酒飲みながら食べるなら、そっちの方がいいと思う」
舌もそれなりに肥えているようで、割と的確に感想を言ってくれる。お腹が満たされると、ふにゃっと表情が崩れ、眠くなったのか「もう帰る」と言って出て行く。
――まるっきり野良猫なんだが……?
あまりの自由奔放振りに、誠人の口から苦笑いと一緒に溜息も漏れる。
ふりふりと尻を揺らしながら帰って行く後姿を眺め、たまには振り返れ、と念を送って見たが、やはり野良猫は振り返らなかった――。
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