浮気な彼と恋したい

南方まいこ

文字の大きさ
上 下
7 / 22

07.価値を知った方がいい

しおりを挟む
・・・ん?・・・朝? 
もう、そんな時間?
何だか、温かいな。
それに、顔に何か当たってる?
何だろう。 
もぞもぞ動いてみる。
まぁ、気持ち良いし、いいか。
ああ。でも、そろそろ鍛練を始める時間だから起きないと・・・

幼い頃から早朝鍛練に興味を持ち、お父様や護衛騎士の鍛練に勝手に参加していた私は早起きすること十四年。
体が勝手に目覚め、シャキッと動き出すというのに、どうも今朝は勝手が違った。

「シュガー、熱烈なのは大歓迎だが、そんなにひっついて呼吸されたり、もぞもぞされると流石にくすぐったいぞ」

頭のすぐ上から聞こえてくる、深みがあるのに甘く、吐息が混じった艶のある声に慌てて飛び起きる。

「ちょっ・・・、どうして人のベッドに!」

信じられないことに、アントニオが私のベッドで横になっている。
しかもその胸元ははだけていて、貞操の危機といったものが頭を過ぎる。
オロオロして自分の姿を確認すると、昨夜借りた見慣れない男性用の寝間着をきちんと身につけている事にほっとする。

「人を犯罪者のように・・・。
俺は呼び鈴が鳴ったからこの部屋に来ただけだ。
そしたら、魘されているお前が水を飲みたいような事を言ってるから、手を貸して飲ませた。
寝かせてやったら、今度は俺の腕を離さない。
というより、しがみついてきた。
仕舞いに抱きついてきて、今に至る」

どうだ、解ったか?
ベッドに肩ひじをついて横になったまま、なぜか嬉しそうに笑顔を浮かべている。
はだけた白いシャツの胸元からは逞しい身体が見えて、なぜか直視出来なかった。
落ち着かないので部屋を出て行ってもらうことにする。

「普通に起き上がれるみたいで良かった。
頬はその湿布薬を貼っておけば、腫れや痛みは治るはずだ。
朝食はここに運ぶから待ってろ。
ああそう。
三日はベッドで安静にするんだぞ。
後になってから、調子が悪くなる場合もあるからな。
間違っても鍛練なんてするな」

アントニオはガバッとベッドから起き上がると、私の頭を数回撫でて行った。
・・・湿布薬?
頬に触れてみると、確かに冷たいものが貼られていた。
しかも、痛みも腫れも引いている・・・。
昨夜、てっきり頬を冷やすものと思いきや、医師にはスースーする塗り薬を塗られた。
『アレは無いのか?』
アントニオが医師に聞いていたのは、この湿布薬だったのかな。
寝る前は貼ってなかったはず。
・・・ってことは、貼ってくれた?

呼び鈴を鳴らした記憶もなければ、水を飲みたいなんて言ったことも覚えていない。
でも、結果的に異性と同衾してしまった。
起こってしまったものは、しょうがない。
私はもぞもぞしたのが、実際にはアントニオに擦り寄っていたという恥ずかしい記憶を封印することにした。

「この湿布薬の効き目すごいですね」

朝食を運んできてくれたアントニオは、自分の分も持ってきたようで、分厚いベーコンを口に運んでいる。
私のベーコンは、食べやすいように薄く小さくカットされている。 

「この国にはない湿布薬だ。
フレジアって国知ってるか?」

私は頷く。
フレジアは四方を海に囲まれた神秘の国。
フレジアの王族、そして一部の貴族は魔法や錬金術を使うと聞いたことがある。

「この国に来る前はそこで役者をしていた。
まぁ、フレジアでも一流だった俺は色々とツテがあるんだ」

「ヘェ~」

フレジアの魔法薬。
どおりで、あんな効果があったんだ。

「何だ、俺のすごさが解ったか」

アントニオはコーヒーに角砂糖を四つも入れて、それを飲み干す。

「・・・シュガー、そういえばお前、短剣を持っていただろう。
なぜ髪を切ろうとした時、出さなかった?」

「ああ、あれはですね、スパイスさんでしたっけ?
彼がこう、嫌な雰囲気を出してたので」

スパイスさんは私に警戒していた。
多分スパイスさんは、アントニオの護衛的な役割なのかも。

「そうか。
実は、お前が昨夜使った短剣が見つからなかった」

「・・・そうですか」

あの時、図体の大きい男の短剣と同時に飛んで行った。
辺りは暗かったし、見つからなくても仕方ない。
そう思った。

でも、あのライアン様から贈られた短剣が、翌朝騎士によって発見され、血痕のついた短剣が現在捜索願いの出されている私ジュリアナ・アッシュフィールドの私物であることが判り、捜索が拡大しているなんて、私は知る由もなかった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)  甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。  ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。  しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。  佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて…… ※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...