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06.揶揄ってない
しおりを挟む数日後の早朝、必要な食材を揃えるために買い出しへ出向いた。必要な物を買い、段ボールに詰め込むと、それを抱え車から降りる。
駐車場から店先へと回れば、またもや店の前に人影がいることに気が付く、嫌な予感と言うよりは、店の前で待たれることなんて殆どない。だからだろうか、誠人からしてみれば、確信しか無かった。
近付けば海翔が溜息を吐き「やっと帰って来た」と言う。
「また来たのか……、で、今日は何の用?」
「あのさ、今度、友達連れて来てもいい?」
意外なことを言われて、誠人は拍子抜けしたが「友達って?」と切り返した。
「うん、大学のサークルのメンバーなんだけど、もうすぐ誕生日の奴がいてさ、ここでお祝いしようかなって思って、どうかな?」
「いいけど、騒がしいのは困る」
誠人は店のシャッターを上げ、店内へ入ると、その後ろから、まるで昔から出入りしている猫のように、海翔も自然に店内に入って来る。
「大丈夫だよ、文化系のメンバーばかりだし、皆、大人しい」
「分かった。いつ? 予約入れておく」
「やった」
普段が生意気なせいか、嬉しそうに無邪気に喜ぶ海翔の姿は、ちょっと可愛いと思ってしまう。芽生えてはいけない欲求を押し殺しながら……。
「あー、海翔、くん?」
「はい、何でしょう、誠人さん」
両手を胸元に置き、女の子のように小首を傾げ、揶揄うような仕草で返事をする海翔に、「君はちょっと警戒心を持った方がいいんじゃないかな?」と助言をした。
「どういう意味?」
「君はゲイで、俺もゲイだ」
「うん、知ってる」
「で、君は俺を誘ったことがある前科持ち」
うん? と海翔は眉を寄せると、ポンと何かが浮かんだ顔をして見せる。
「あ……、なるほど、もしかして俺の穴に挿れたくなった?」
「……ビッチ発言禁止な……。あのね、俺みたいな紳士は少ないんだぞ、もっと自分を大事にしろってことを言ってるんだ。俺が悪い男だったら、この間みたいに酷い目に遭うかも知れないだろ?」
寸刻考えたあと、海翔は「酷い目って、殴ったり蹴ったり?」と目を丸くしながら、そのまま言葉を続ける。
「誠人さんってセックスの時に殴るってこと?」
「そんなことするわけないだろ、そうじゃなくて、ちゃんと、お互いを知って、それから求め合う方が、気持ちも体もいいだろ、ってこと」
それを聞いた海翔は、くすっと笑みを零し「意外だね」と言った。
言われて誠人も、意外な言葉を口にしたと思った。自他ともに認める快楽主義で、お互いを知る以前にセックスをするのが、自分にとっては当たり前のことだ。
付き合いは、その場限りで十分だと思っているのに『お互いを知ってから』などという清純な言葉が何故出たのか、誠人自身も理解出来ず考えあぐねていると……。
一歩ずつ、間合いを詰めて来る海翔が、「ねぇ? 俺は十分に誠人さんを知ったと思うんだ」と、またしても、あの仕草をして見せる。
とろっと落とした目尻で、視線を彷徨わせ、誠人の腰に手を回すと身体を合わせて来る。
「俺はそんなに単純な男じゃない、数回会っただけで分かるわけ……」
「分かるよ、胸も分厚いし、腕は俺よりも太くて、たぶん……、ここも?」
太腿で股間を辺りを擦って来る。
「っ――」
「あとは、そうだな、優しい……、俺が知る限り、きっと誰よりも優しく抱いてくれそう……」
持っていた材料をうっかり落としそうになり、まてまて、とかぶりを振る。
「俺を揶揄うな……」
「全然、ちっとも揶揄ってないのに、誠人さんが勝手にそう決めつけているだけだ……、そんなに抱きたくないの?」
誠人はコクっと熱くなった喉を鳴らした。
揶揄っていると思っているのは誠人だけで、海翔に、そんなつもりで誘っているわけじゃない、と言われれば、流石に自我と我慢は崩壊した。
「そのまま待ってろ」と告げると冷蔵庫に仕入れてきた食材を突っ込んだ。
本来なら家には連れ込まない主義だが、その主義を曲げてもいいと思えるほど、さっさとベッドへ沈めたかった。
店の外へ出て、裏へと回り脇にある階段へ向かうように言う「この上が自宅なの?」と聞かれ「そうだよ」と答える。
「そうなんだ。ここも何かの店なのかと思った。部屋入ってもいいの?」
「なぜ?」
「誠人さんモテそうだから、俺が部屋に入ったことで修羅場とか……」
――ああ、それで、この間……殴られて怪我したのか。
「なるほどね」
「ん……?」
「俺は特定の相手は作らないタイプだから大丈夫だ。この間見たいなことは起きない」
その言葉を聞き海翔の肩が揺れるのを見て、やはり図星だったのか、まったく危うい子だ。誠人は手をヒラヒラと振り、さっさと上がれと催促した。
部屋に入ると、室内をクルっと見回し、「意外と広い」と海翔は部屋の感想を述べた。
確かに男の一人暮らしにしては広めだとは思うが、殆ど寝るだけの安息空間だから、余計な物は置いてないせいで、広く見えるのだろう。
趣味で集めたアンティークや、懐中時計が眠るガラスのローテーブル、それから店で使えそうなポスターや、壁飾りのウォールデコなど、一通りの物に目を通したあと、海翔は「お洒落だね」と言葉をこぼした。
「そうか? その辺の物は、店で使わない物を適当に置いてるだけだ、捨てるに捨てられない性格なんだよ」
誠人としては別に洒落っ気を出そうとして置いてあるわけじゃなかった。店で使わなくなった物を「いらない」と言ってポイポイ捨てられる性質じゃないだけで、店を構えてなければ、部屋に飾られることは無かった品物ばかりだった。
それにしても、変な感覚だ。自分以外の人間が、こんな時間に部屋にいるのが珍しくて、誠人は海翔をしばらく眺めた。朝の八時過ぎ、仕込みを後に回して、朝から抱くには少々気が引けるが、本人の要望なら仕方ない。
決して罪悪感や背徳感など抱いてはいけないと、誠人は自分に言い聞かせた。
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