浮気な彼と恋したい

南方まいこ

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04.愛だの恋だの

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 しばらくして店員が「お決まりでしょうか?」と注文を取りに来る。
 互いにランチを頼み終えると、目の前の男のニヤケ顔が、さらにニヤケ顔になって行く。口を横一杯に広げ、何か言いたそうだったので「言いたいことがあるなら言えよ」と誠人は口を尖らせた。 

「いやー、誠人が躊躇するなんて珍しいから、凄い子なんだなと思ってさ」
「だから、危ない子だって言っただろ」
「危ないってどんな風に?」

 仕方なく説明をした。店の前で怪我して倒れていたこと、あの年で手練れ過ぎていることなど、躊躇している理由は、そういう危うさを感じるからだと伝えるが、徹はニヤケ顔を真顔に戻し「ああ、惚れそうなのか」と言われて誠人は絶句する。
 今の説明をどう捉えたらそんな言葉が返って来るのか、オマエの頭の中には、どんな翻訳機が搭載しているんだ? と、その頭をカチ割って見たくなる。
  
「人の話聞いてたか?」
「聞いてた。危ういって言ったけど、たかが十九やそこらだろ? その年齢が危ういのは当然だ。それに……一回ヤって終わりにすりゃいいのに、抱いた後のその先まで考えてるから、手が出ないんだろ?」

 いや、そんなわけないだろう! と何故言えないのか、それは簡単な話だ、遠からず近からず、近からず遠からずで、徹の言っていることが正しいからだ。
 惚れるかどうかは別として、確実に傷痕が残りそうだと感じる。そのくらいの影響は与えて来そうな子だと思うと警戒して手が出ない。まさか徹に諭されるとは思っても見なかったが、先程までの複雑な感情が少し解れた。

「誠人って昔っから、そうだよな……」
「何が?」
「相手に好意を持たれるのが嫌な理由が俺には分からない」
「嫌というより、一線置いてるだけだよ」
 
 抱く時に多少なりとも情は湧くし、相手の気持ちを蔑ろにするつもりはないし、相手が自分に好意を持つのは構わないが、同じ熱量を求められると、要望に応えられないから一線を置くという簡単な話だ。
 こちらの様子を物憂げに見ていた徹は――。

「俺も愛だの恋だの、頭の片隅に一欠けらあればいいと思ってるよ。けど、お前の場合、ちょっとな、本当に冷めてるからな……、誰も好きになったこと無いのか?」
「んー、あるある、最悪だったけどな」
「なるほど、そのせいか」

 そのせいかどうか分からないが、好かれることに恐怖を抱いたことがある。思いが重ければ重いほど愛されてると勘違いして、何でも言うことを聞いていたが、結局は互いに傷ついただけだった。
 言いたくも無い罵倒、されたくもない束縛、本気の恋愛なんて我慢の連続だ。
「人間向き不向きがあるってことだ――」と誠人は水の入ったグラスを持つと口を付けた。
 その後も、くだらない話をしながら、店内の雰囲気を味わいつつ、頼んだランチが目の前に並ぶと、誠人は冷静に料理を分析した。
 ロールパンにグラタンスープと若鳥のグリル。この辺りの立地でランチに出せる最低ラインの価格としなだろう。可もなく不可もなくといった無難な料理を口に運び、味に関しては良く仕込んであると感じる。
「見た目以上に仕込みがちゃんとしてる」と誠人が口を開くと、「本当だ」と徹から返事が返ってきた。
 意外と上品に食べる彼を見て、育ちの良さを感じたが、そういえば、知り合ってから随分経つが、個人的な話をしたことが無かった。

「お前って、いいとこの坊ちゃん?」
 
 こちらの言葉に反応して、ナイフとフォークを皿に沈めた徹が、「急に、なに言い出した?」と驚いた顔を見せる。

「何となく、マナーがいいからさ、裕福な家庭で育ったんだろうなと思って」

 徹は、家は普通の一般家庭だと笑い、育ちは並みだと思うと言うが、どうやら学生時代に三ツ星ホテルのバイトで、サーバーマナーやらを徹底的に叩き込まれたらしい。

「なるほどね、納得だな」
「だからさ、学生の時とか、飲み会あるじゃん? 女子ばりに取り分けしちゃって、ドン引きされたわ」

 ああ、なんか想像が付くなソレ、と誠人は苦笑いをして見せた。
 飲み会でしかアピール出来ない特技は、女の方が多いだろうし、正直なことを言えば、ゲイから見て女が取る行動の大半は滑稽だったりする。
 自分達ゲイにアピールしても仕方ないよ、と心の中で申し訳なく思うことも多かった学生時代を振り返り、二人でその話に共感し合った。
 食事を食べ終わり、店を出ると徹は「結構いい店だったな」と口を緩めて満足な表情を見せる。それを聞き、誠人は付け足すように感想を言った。

「けど、ディナーはちょっと遠慮したいな」
「そうだな、あれはちょっとゲイには敷居が高い」

 徹もコクコクと頷きながらそう言う。なぜなら机のサイドに、ろうそく型のランプが設置してあるのが目に留まったからだ。
 男二人、小さなテーブルでニッコリ微笑み、ロウソクの明かりが反射する顔を互いに見つめ合い、そして時折、膝がぶつかり合う。そんなのは絶対にナシだと頭を左右に振った。
 来た時と同じ道を通り過ぎる際、徹が「ちょっとカフェ寄らない?」と海翔かいとがいた店の方へ視線を向けたが、シッシッあっち行け、と誠人は追い払うように手を振り「一人で行って来い」と伝えるとバーへ向かった。
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