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02.あの時の
しおりを挟む数日後、いつものように仕入れが終わって店へと戻ると、店先にいる不審な男を見つけて、歩みを止めた。
普段、セックスの時はホテルを使うし、家には呼ばない主義だし、そもそも、待たれるような情を相手にかけたことは無い。うーん? と誠人が、しばし頭を悩ませていると、その影が近付いて来た。
「この間はありがとう」
「ああ……、あの時の……」
へぇ、と思わず喉が鳴った。
ちゃんとした姿を見るのは、今回が初めてだったせいかも知れないが、年の割に色気のある子だなと改めて思った。
少々、体が細すぎるが、男臭くない所が自分の好みにピッタリ当てはまる。だが、どう見ても未成年に見えて、流石に子供は相手にしたくないなと、抱く前提で値踏みしている自分に呆れていると、男が口を開いた。
「名前聞いてなかった。おじさんのこと何て呼べばいい?」
「おじ……、俺、まだ二十八歳よ?」
「そうなんだ? この間誘っても無反応だったから、おじさんだと思った」
――コイツ……、未成年じゃなかったら、さっさと突っ込んで、今頃泣かせてる所だぞ?
本当に生意気な子だなと誠人は目を細め、こんな子供相手に一瞬でも欲情した自分を張り倒したくなる。
じっと黙ったままこちらを見つめる男に、わざとらしく咳払いをし、誠人は名前を名乗った。
「おじさんじゃなくて、須藤誠人だよ」
「誠人さんね。俺は大鳳海翔」
海翔と名乗った男が上から下まで誠人を眺める。普段から値踏みされるのには慣れているが、こうも露骨な目は投げられたことがなく、逆に新鮮だと感じた。
店先で男同士視線を絡めているのは得策ではないな、と思った誠人は不本意だが店内へ招き入れる。
「で、海翔くんは、何しに来たのかな?」
「ん、この間の御礼……、コレ」
渡されたのはワインオープナーだった。
そんな物、店にたくさんあるけどな? と思いながらも受け取るために手を伸ばした。
その瞬間、劣情を含ませた指が這うように、腕のシャツの隙間に忍び込んでくる。
「おい、何して……っ」
それは見事な誘い顔だった。
顔立ちのせいもあるが、薄っすら口を開き笑みを浮かべる表情は、幾多の男をその手に沈めてきたことが安易に想像出来るほど、濃厚な色香を漂わせていた。
海翔の腕が誠人の首に回し、可愛気のある顔で「他の御礼もしようか?」と身体を寄せて来る。あまりにも手慣れたその仕草に、このまま相手のペースに巻き込まれたら、確実に家に連れ込んで押し倒しそうだと、自分の理性の無さに苦笑いしながら、少々強引に「やめろ」と海翔を引き剥した。
どうやら断られるとは思っても見なかったようで、きょとんとした顔を見せると、退屈そうに溜息を吐き出した。
誠人は目の前の男を見つめ、危なっかしい子だなと思いながら「歳、いくつ?」と聞けば「今年十九歳」と返事が返って来る。
「ギリギリって所か」
「何が?」
「あー、いや、あのな、俺は子供には手は出さないんだよ」
子供と言われてカチンと来たのか海翔は「大人でもないけど、子供でもない」と不貞腐れながら言い返してくる。その言い分には大いに頷けるが、どちらにしても、危ない男は相手にしないに越したことは無かった。
それに年下は面倒臭い、かまって欲しいタイプの子が多く、過去に一度、執着されてからは、紹介された子以外は相手にしなくなった。
とにかく、お帰り頂こう、と海翔を追い出すつもりで「悪いが……」と声を掛ければ、とろりと目尻を下げながら瞬きを繰り返し、誠人を見つめて来る。
――それは……、なかなかクるな。
誠人が堪らず喉を鳴らした瞬間、海翔の顔が揶揄を含ませた表情に変わり、「やっぱり、おじさんだ」と呟く。
「……お兄さんは、そんな挑発には乗りません!」
「ふぅん……、ま、いいや、じゃあね」
「え、何しに来たんだ?」
海翔はくすりと笑い、芳醇な色気を醸し出しながら誠人の体に擦寄ると上目使いに「だから御礼だよ」と甘く掠れた声を出し、脚の間に自身を割り込ませてくる。
その途端、ズシっと、よく知る腰の違和感と熱を感じる……。
こんなことで挑発に乗って抱いたら絶対に後悔することになる、と重みを増した自分の下半身に言い聞かせた。
だいたい、数日前にボロ雑巾見たいに捨てられていた子だ。背後にどんな危ないヤツがいるか分かったもんじゃない。
ぶるぶると頬を左右に揺らしながら、海翔と少し距離を取り「御礼ならこれでいいから」とワインオープナーを見せた。
「……それに、この間、殴られてボロボロだっただろ? どんな相手と付き合ってるか知らないが、俺は巻き込まれるのは、ごめんだよ」
それを聞き、海翔が笑みを見せる。
「誰とも付き合ってない、そもそも特定の相手なんて作らない……」
ドライな性格なようで、その辺りも好みにピッタリ合うな。と、またしても値踏みしている自分に叱咤したくなる。
それに、こっちは一度だってゲイだとは言ってないのに、誘惑してくる海翔が不思議だった。
「あのさ、なんで俺がゲイだと分かった?」
「知らない」
「知らないって……」
「ゲイじゃなくても、誘えば乗って来るヤツ多いから」
誠人は絶句した。自分はゲイだから、海翔レベルに誘われれば、思わず手を出したくなるが、ノンケを躊躇なく誘えるなんて、何処かのネジが壊れてる気がした。
「……とにかく、いいから帰りな、御礼はコレで十分だからさ」
「ん、分かった」
それじゃあ、と立ち去る海翔の後姿に目をやった。
小さな尻がフリフリと揺れているのを見て、なんて勿体ないことをしたんだ、と思わず心の声が漏れそうになるが、誠人は気持ちを切り替えると、仕込みを開始した――。
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