それは先生に理解できない

南方まいこ

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~Main story~

19.もういいです

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 今日が休みで良かったと、葵は身体を起こした。部屋を見回したが兎野の姿が無く、家に帰ったのかと物悲しい気分になる。体は兎野が拭いてくれたが、シャワーを浴びたほうが頭もスッキリすると思いベッドから降りた。

「痛い! …っ」

 とんでもない場所に激痛が走る。自分の尻が無事なのか鏡で確認したいが、見るのが怖い。でも見ておいた方が安心できるのでは?と恐る恐る、鏡に向かってお尻を付き出した。その瞬間、トイレの扉が開き兎野が顔を出した。

「弓弦さん?」
「げっ…」
「何して…」
「尻の生存確認をしようかと思いまして…」
「…ぷ…っ」

――ハズイ…!

 どんなポーズを生徒に晒しているのかと、一瞬で茹蛸になった。
兎野は診てあげると言うが、流石にこんな明るい時間に見られるのは、ちょっと恥ずかし過ぎて無理だと言うと。

「弓弦さん、そう言えば、ずっと恥ずかしいって言ってたね」
「は、初めてなんだから、恥ずかしいに決まってるだろ」

 兎野が微笑み抱きしめて来る。昨日までは、この男を好きになっても対価を得られないことに、わだかまっていたが、あんなに一生懸命、労わるように抱いてくれたのだから、感謝しようと思った。
 兎野の体が離れニンマリと笑みを浮かべながら、口を開く。

「ね、ね、好き?」
「…40%な!」

――くそ~…

「だから、そのパーセンテージなに?」
「好きな度合いだよ」
「……何処にその量りがあるわけ?」

 ヤレヤレと兎野は肩を竦める。好きは好きだが、何故か悔しい。そして、兎野にお前は?と聞くのも悔しい。どうせ、また苺とか栗とか可笑しな話をされるに違いないと、葵は小さく溜息を吐き出し、ふと、頭を過ったことを言葉に出した。

「そう言えば、家の人に連絡したのか?」
「昨日の夜したよ先生の家に泊まるって言った」
「は?」
「あ、違う、家庭教師の先生の家、たまに泊まることあるから、そっちに泊まったことにしてもらった」

 それは、教師としてちょっと良くないと感じた。取りあえず、その家庭教師の所に挨拶に行った方が良さそうだと、兎野に提案をした。

「え…、行きたくない」
「駄目だ。挨拶しておく必要がある。それと今後は嘘を付いたりするな。俺の所に泊まると言っていい」
「今後…」
「あ、今後って…、高校卒業して…その…、お前の気が変わらなかったらの話だから…」

 改まって今後の話をするのも、ちょっと違う気がして、その辺りのことは今日は話すのを止めた。葵はシャワーを浴びた後、その家庭教師の所に挨拶に行くことにした。
 一旦、バスルームに入ると、淫らな行為の数々が蘇って来る。あんなことを風呂でするんじゃ無かったと後悔した。きっと当分、風呂に入る度に思い出しそうだと羞恥が込み上げた。

 シャワーを終え家を出ると、浮かない顔をする兎野に何か心配事でもあるのか?と聞いた。

「心配と言うか…、面倒臭いと言うか、まあ…、弓弦さんには害はないよ」
「そうか?」
 
 どうやら兎野の苦手なタイプの人間なんだと言うことが感じ取れた。学校でも教師に対して太々しい態度を取ることが多いのに、兎野にも苦手な部類の人間がいることに、葵は妙に興味が湧いた――――。




 閑静な住宅街にある一軒家の前で、葵は姿勢を正した。ちょっと後ろのアノ部分が痛いので、集中力が途切れそうになり、つい腰に手を当てしまうが、なるべく不格好にならないよう気を付けた。
  
「凄い家だな…」
「まあ…、資産家の息子だからね」
「へぇ…」

 門前で待っていると、インテリ系の物腰の柔らかな男が現れた。兎野に家庭教師の先生で間違いなのか?と確認するとコクリと頷いた。
 早川と呼ばれた男は葵より10歳ほど上だろうか、如何にも学がありそうで上品な感じがし、それなりにいい男だと思った。早川はニッコリ微笑むと、葵へ視線を向け口を開いた。

「はじめまして早川です」
「…あ、葵です。はじめまして。昨日は申し訳ありませんでした。私の家に泊まらせたのに、早川さんの家に泊まらせた事にして頂いて…」
「そんなこと気にしなくても大丈夫ですよ。わざわざ挨拶にくるなんて律儀な人ですね」

 早川はスっと腕を組み替えると兎野へと視線を移動した。

「颯太、葵さんにご迷惑をかけたようだけど?」
「…迷惑なんてかけてないし」
「…だって見るからに葵さん、体が辛そうだ」

 その言葉を聞き、ボっと火が着いたように顔が熱くなる。どうして分かった?物腰の柔らかな早川は兎野に説教をしているが、その内容の大半が葵の体に関してだった。細い体に無茶をさせて、その後の処置はどうしたとか言われている…。自分としては可笑しくないように、細心の注意を払って姿勢だって正しているのに、何故、色々バレているのだろうか。
 葵が疑問に思っていると、兎野は弾かれたように口を開き。

「あ、そうだ。弓弦さんとは恋人になったから」

――ちょ、っと!? 何を言い出したの、この子!?

「そうなんだ? お前のような面倒な子と付き合ってくれる人がいるなんて驚きだよ。貴重な人だな」

 憐れむような目を早川から一瞬向けられた気がしたが、これ以上いると兎野からどんな発言が飛び出すか気が気じゃない。取りあえず、挨拶を終え逃げるように、その場を去った。道すがら早川から渡された名刺を眺めていると、さっと奪い取られ。
 
 ビリビリ

「お、おい、なんてことするんだ」
「……」
「まったく、早川さんが知ったら気を悪くされるぞ」
「嫌なんだ。弓弦さんが興味持たれるの…」

 少しは葵を好きだと言う感情があるのか?と思い、不貞腐れた顔を見せる兎野に、本当の意味での最終確認をしようと葵は口を開いた。

「あー…最終確認を…したいんだが」
「弓弦さん確認好きだな…」
「俺のこと好き…?」
「ううん、弓弦さんは特別だよトリュフのような…」
「あー…、分かった! もういいから!」
 
 兎野の言う特別の意味はよく分からないが、好意はあるのだと思うことにした。いや、思いたい。どちらにしても、自分の気持ちの方が重要だと並んで歩く影を見ながら、そう思った。

――この先も、理解に苦しむんだろうな…。

 葵は腰を抑えながら隣で微笑む男に溜息を付いた――――。




END.


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