それは先生に理解できない

南方まいこ

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~Main story~

13.今って何パーセント

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  電車の中で窓に映る冴えない自分の姿を確認し、休日に生徒とデートなんて、ホント何してるんだろうと、出口の見えないトンネルに迷い込んだ旅人の気分だった。

 前回と同じ、待ち合わせの場所へ辿り着くと、またキラキラと輝く人物が視界に入った。
 兎野と一ヶ月ぶりのデートになるが、学校でも顔を合わせるのだから、別に久しぶりという気はしなかった。けど、それとは関係ない感情が湧き、ソワっと足先が浮く感覚に襲われる。

「悪い、待たせた」
「ん、まだ時間前だよ」
「けど待っていたのは事実だろ?」

 そう言って兎野の前に立つと、ツンと横を向いた。顔を見た瞬間、なんだか面白くない感情と光景が蘇って来る。
 それは中庭で二人仲良く寄り添う、雪城と兎野の姿。それに関して、どうして自分が気にする必要があるのか?と言う謎の不快感に襲われ早10日ほど経つ…。
 目的の場所まで移動しながら、葵は不機嫌を隠すことなく口を開き、試験の話をした。

「試験どうだった?」
「んー…どうなんだろう」
「なんだ、自信ないのか」
「いや、自信はあるよ。けど自信と結果は違うからな~」
「やっぱり優秀だな、普通は自信と結果を一緒に考えることが多いけどな」

 兎野は少し考え事をした後、拳を作った手を顎に置くと、爽やかな笑みを葵に見せ口を開いた。

「ねえ、葵先生、試験の結果…トップだったら、ご褒美が欲しいな」
「ご褒美…、って、だって、絶対トップだろ?」
「分かんないよ」
「……あまり高い物は…」
「あー、違う違う、物じゃないよ…いい?」

 何を要求されるのか怖いが、一応、何が欲しいのか聞いて見ることにした。返って来た答えは、葵の家に行きたいと言う要求だった。
 なんだ、そんなことかと思った。数ヶ月前は拒絶していたのに、不思議と家に遊びに来ても大丈夫だろうと、思っている自分に驚いた。

「うーん、まあ、少しの時間ならいいよ」
「……」
「どうした?」
「絶対ダメって言われると思った」

 驚いた顔をして見せる兎野を見て、断られてもいいと思って言ったのかと気が付き、慎ましい所もあるんだなと、人として普通の部分があって良かったと思った。
 しかし、今日は会った時からずっと笑顔を見せる兎野が不思議で、何がそんなに嬉しいのか分からない。
 葵とのデートで嬉しいのか、それとも何か良い事でもあったのかと、少し前に見た雪城との光景を思い出すとモヤモヤしてくる。

「センセ? 通り過ぎるよ」
「あ、うん、悪い」

 兎野の案内で、前回と同じ建物のレンタルスペースに入った。

「え…、ここ…?」
「うん」

 以前入った時の部屋とは、まるで作りが違っていた。1LDKの作りで、テレビは配置してあるが、二人掛けのソファがひとつあるだけだった。必然的に座る場所は、そのソファしかない。

「あの、兎野…」
「どうしたの先生? 座ろう?」

 躊躇して立ち止まる自分の手を、兎野が引き寄せソファへ腰かけた。
これは、所謂いわゆるラブなんとかでは?とソファの狭さを実感していると、葵の病気の話になった。
 どうやらストレス障害の部類かも知れないと教えてくれた。ただ、葵の場合重度ではないこともあり、日常生活に支障が出そうなら、いい病院を紹介すると言われ。

「なんか悪いな、色々…」
「丁度、家庭教師の先生が医者で、聞ける機会があったから聞いただけだよ」

 日常生活に支障もないし、今まで病気だと思っていなかったこともあり、病院へ行く必要もないと思えた。そんなことを考えていると、不意に手を握られる。

「大丈夫だから、怖くないよ」
「……ん」

 まるで子供に言うような口調に、素直に頷いた。これも治療なのかと聞くと。

「違う」

 葵の問いに間髪入れず否定の言葉が飛んで来た。それなら握らなくてもいいのでは?という疑問の声が出そうになるが、何故か言えなかった。映画でも観る?と言うと兎野はテレビのリモコンを手に取った。

「何観ようか…」
「うーん…、兎野が観たいものでいいよ」

 今時はネットに繋げる環境があれば、特に問題なくボタンひとつで視聴が可能だ。たまにはのんびりするのもいいかと、兎野が選んだ映画を観ることにした――――。





「う…ぅっ」
「先生…、涙もろいんだな…」
「お前がドライなんだよ…」

 ポロポロ涙を流した。本当に可哀想な話だった。最愛の人を失っただけでは無く、信じていた友人にも裏切られ、最後の最後、ハッピーエンドが待っていると信じていた葵は、悲しいラストに溢れる涙が止まらないと言うのに…。
 しれっと冷静に分析をする隣の高校生を見て、感情を何処に置いて来たのか心配になった。

「はい、ティッシュ」
「…ありがとう」

 ティッシュを受け取る際、兎野との距離が近くなり、彼もそれなりに感動していたと気が付いた。よく見れば、うっすら瞳に赤い血管が見える。人としての感情を持っていることに、良かった…、と安堵した。
 それにしても、今日の兎野は本当にどうしたのかと思う。終始笑顔を見せる姿は、非常に心臓に悪かった。
 いつものクールな表情も、それはそれで見惚れるが、微笑む顔は更に破壊力がある。隣にいると不意に息がかかり、その甘さにクラクラしそうだった。
 一体、今現在、自分の中で兎野に対する好き度は何パーセントなのか見当もつかなくて、思わず、うーん、と唸り声が出そうになる。

「センセ? 考え事?」
「好きってなんだろう」

 素直に言葉に出してしまった。それを聞き目を大きく開いた兎野は…

「……教えてあげてもいいよ」
「分かるのか?」

 そう返事した瞬間、むにゅっと唇に何かが触れた。それが唇だと気が付き、押し退けようとしたが、体格差で無理だった。腰を抱かれてさらに奥へと舌が入り込んで来る。

「ふぅ…っ」

 甘い息が漏れてピチャと口腔から音が漏れだし、頭の中がうるさくて脳が揺れているようだった。上手く呼吸が出来ないまま、何度も舌が出入りし交わるとピチャと音を立てる。その度に目の前が霞んで、蕩けそうになる。

「ん…」

 唇が離れ、互いの唾液が混じった糸を引くと、何だか恥ずかしくなり、急いで口を拭いた。

「先生…ドキドキする…?」

 もちろんドキドキはするが、葵の疑問が膨れて行く、自分が知りたかったのは、兎野へ対する好きだと思う感情が、どのくらいなのかを知りたかっただけで、決してキスのテクニックを堪能したかったわけでは無いのに…。

「ごめん…、俺、キスするのはじめてだから、下手だった?」
「は…、はじめて?」
「うん」

 はじめてする…。確かに目の前にいるイケメンはそう言った。どれだけ残念な男なんだと、マジマジと兎野の顔を見つめた。
 だって、そうだろう?この男が少しでも色目を使えば、どんな女でも、いや、男だって手に入りそうなのに…。

――なんか嬉しい…。
 
 不可解な感情が湧き動揺した。
 どうして嬉しく思った…?キスしてた時よりも、胸の音が大きくなっていく、その音に押しつぶされそうになり、慌てて席を立つと荷物を持ち、帰ると兎野に告げ、葵は急いでその場から逃げた――――。



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