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~Main story~

12.嫌な感じ

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 退屈だと思っていた学校も楽しくなり、早く家を出る様子を見て、母親にどうしたの?と逆に心配されるようになったが、学校に行って勉強するためだと言うと、あっさり納得した。

 合同クラスで同じクラスの高柳たかやなぎと肩を並べて授業が始まるのを待っていると、葵が入って来る。いつものように、兎野の位置を確認するとサっと視線を逸らした。
 この間のデートは楽しかったけど、やっぱり物足りない。湧き立つ欲は尽きないもので確実に新たな欲が芽吹いていた。
 期末テストが終わったら、また二人で会いたい。じっと葵を見つめたが、やはり目を合わせようとはしない。授業中は仕方ないと諦めた。ふと隣の生徒が葵を見て口を開いた。

「葵先生って、あんな顔してたんだな」
「ああ……」
「へぇ…」

 その、へぇ、は何だ?と問いたいが、迂闊なことを言って、葵に興味を持たれても困る。兎野は視線を外すと窓の外を眺めた。 
 
 授業が終わり皆が出て行くのを見て、自分も一旦は外へ出た。
 少し間をおいて教室へ戻ろうと振り返ると、高柳も教室に戻るのを見て嫌な予感がした。後を追うように自分も教室内に入ると、目にしたのは葵の笑顔だった。

――……。

 初めて見た笑顔に何故かショックを受けた。
 考えてみたら自分と一緒の時に笑顔は見たことがない、ずっと怯えた顔が好きだと思っていたけど、そうじゃなかった。
 笑顔の方がいい…、胸がきゅっとして鼓動が激しくなるのを感じた。

「それじゃ、先生ありがとう」 
「頑張れ」

 話が終わったのか高柳は葵に礼を言うと、兎野の横を通り過ぎた。
 ゆっくり葵に近付くと下を向いたまま、何の用事だ?と聞かれる。兎野が何を求めているか分かっている筈なのに、わざわざ用件を聞いてくる。

「今度のデート…いつにしようか?」
「期末テストがあるから終わってからだな、俺も色々準備もあるし…」
「ん…」
「……どうした? 元気が無いな」
「何でもない」

 机の上に無防備に置かれた手に手を乗せた。ピクっと指先が動くが逃げる様子は感じられない。先程すれ違った高柳は頬が紅潮して笑みが零れていた。あれは間違いなく葵と接したことで得た愉悦だ。
 葵は色素が薄く透明感があり、髭とか生えるんだろうか?と思えるほど綺麗な肌だ。髪の毛はこの間カットして、少しマシになったが、元々癖毛なのか軽くカールしている。いや、葵のことだから寝癖かもしれない。
 平凡な顔立ちだが、迫った時に見せる表情が妙にそそる。高柳が変な気を起こさなきゃいいけど…。と先程すれ違った時の顔を思い出し葵のことが心配になった。

「先生、次のデートは…この間の続きにしようか?」
「…、そうだな」
「場所は…、どうする?」
「この間の所でいい」 

 相変わらず愛想の無い返答と態度だけど、焦っても仕方がない。少しだけ指を絡ませてから教室を出た――――。




 自分のクラスへ戻ると、雪城が机の前で待っていた。いつもなら自分から話しかけることは無いが、聞いて見たいことがあり話しかけた。

「あのさ…、好きになってもらうにはどうする?」
「は、私に!?」
「違う! 俺、好きな子がいるって言っただろ…」

 いや、好きとかじゃないけど…。と自分自身に言い訳をしても仕方がないが、取りあえずは情報収集が必要だ。
 雪城は胸元あたりまである長い髪をツルリと撫でると、バランスの良い小さな鼻から息を吐き、口を尖らせる。

「えー…兎野くんを好きにならない子なんている?」
「普通にいるだろ」
「そうかな? まあ、でも基本は意識させることが重要だよね」
「たとえば…?」
「頻繁に会ったり? メッセージのやりとりしたり?」

 そんな簡単なことで好きになってもらえるなら、今頃、葵は自分にベタ惚れのはずだ。はあ、と溜息を吐き、人を頼った所で何も解決しないことを実感した。
 
「デートに誘ってOKなら、脈ありとか?」

 誘ってOKはしてもらっているが、脅迫したようなものだし、どうなんだろうか、それを脈ありにカウントするほど、兎野は図々しくはないと思っていると。

「あとは笑顔かな~、よく笑ってくれるとか」
「絶望だな」
「何その相手、兎野くんを目にして笑顔にならないとかある?」
「ある見たいだ……」
「凄っ、メンタルやばい…」

 葵のメンタルが凄いのかどうかは分からないが、兎野に対して笑顔は一度も見せたことは無かった。「どうすれば笑顔になるかな」と呟けば雪城が得意気な顔を見せる。

「伝授してあげようか?」
「笑顔の…?」
「うん、その好きな子に振り向いてもらえるように、色々教えてあげてもいいよ?」
「うーん、なんか信用できないな」

 ちぇっ、と雪城は口を前に窄ませ、じゃあ、いいよと離れて行くのを見て呼び止めた。

「やっぱり教えてくれ」
「じゃ、放課後、中庭で待ってるね」

 雪城は満足そうな笑みを見せた後、自分の席へと戻って行った。
 授業が始まるまで、しばらく教室内を眺めていると、視界の端に高柳の姿を捉えた。さっき、葵と何を話していたか知りたくなる。たぶん、授業に関してだと思うが、葵が笑顔を見せた話題なら気になる…。
 ひとり机に向かっている様子を見て横から声をかけた。

「高柳、ちょっといい?」
「ん?」

 ストレートのサラサラとした髪に、骨格は自分より一回り小さいが、それなりに男っぽい体付きだ。
 顔の作りは素直そうな雰囲気が漂う、自分とは全然タイプの違う従順な生徒にほだされ、葵は笑顔を振りまいたのか…。と怒りの矛先が目の前の高柳ではなく、何故か葵に向かっていく。

「さっき、葵先生に何か聞いていた?」
「あ~、…分からない所があったから聞いただけだ…」
「…それだけ?」
「……うん?」

 本当に嫌な予感しかしない、まず、第一に目の下のリンパが薄っすら薄紅色に染まっている。目は口ほどに物を言うが、まるで、そう、高柳は恋する乙女と同じだ。その目を何度か見た事がある。自分に告白をしてくる女子の大半はそんな目だからだ。
 お前に望みはないと睨み、その場から離れた。葵の前髪をカットした事を思い出し、切ったりするんじゃなかったと後悔した。平凡な顔立ちとはいえ、ちょっとした時に見せる葵の憂い顔は、男をソワソワさせる。
 育毛剤でも買ってプレゼントをしようかと真剣に考え、はたとなる。葵のことを考えると、若干、馬鹿な思考に偏り始める自分を見つめ直し、教科書を開いた――――。



 
 中庭で雪城に恋愛相談をしている自分が何とも情けないが、兎野ひとりではどうにも出来そうに無かった。
 葵を笑顔にさせることは難易度で言えば医学試験並みだ。出来れば最初の出会いからやり直したい。ぼーっとしながら、目の前に雪城がいることも忘れ、初めて葵に会った日のことを考えた「聞いてますか~?」と雪城が目の前で腕を組む。

「聞いてるよ」
「だからさ、兎野君は冗談とか言えないタイプだから、そっち方面で笑顔は無理だと思うの、だからね……、えーと、まずは相手に好きになってもらうことから始めないとダメだと思うの」

 そんなことは十分に承知しているが、既にマイナスからのスタートだと思うと、プラマイゼロになるのは卒業する頃になりそうな予感がした。

「あ、葵先生~」

 中庭の通路を歩く葵を雪城が見つけ手を振っていた。チラっとこちらを見た後、教材を持った手を少し上げ、通り過ぎて行った。

「なんか、最近、先生の雰囲気変わったよね」
「そうか?」
「彼女でも出来たかな」
「無理だろ」
「えー、ひどっ、でも前に保健室のセンセに、教員で誰がタイプか聞いたら、葵先生って言っていたよ」
「は?」

 保健室の先生と言えば、胸のやたらデカイ柴田しばただ。兎野はまったく興味ないが、年頃の男達にとってはオカズの的だろう。
 兎野が知らないだけで、意外と女性のウケがいいと雪城は言う。

「何処がいいんだよ…」
「ん~、母性本能くすぐる? 守ってあげたい感じだよね」

 いや、わかる。凄くそれは分かる。が、他人に知られるのは面白くない。なんだか急に、胃がムカムカと消化不良を起こしかけているように気持ち悪くなった。

「まあ、私は兎野くんが好きだけどね」
「好きって何が好き? 俺の顔?」
「…うーん? かな?」
「それは本当に好きとは言わないだろ」

 外観がいいから好きと言うのは、本当に好きなわけじゃないし、キッカケに過ぎない。好きだと実感するには、もっと時間がかかるはずだ。毎日、相手の事を考えて胸が擽られて、集中力が途切れれば、いつだって相手のことを考えるものだ…。
 兎野の葵への感情はもっと奥深い、好きなんて何度でも体験できる安っぽい物じゃない、この感情が誰とも共有できないのが残念で仕方ないが、理解者は自分だけで十分だった――――。




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