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~Main story~

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 朝、目が覚めると、一段と憂鬱な気分になる。あの契約から、そろそろ二週間が経つ、この間の休日は用事があると断ったが、あまり断り過ぎると、学校で絡まれる回数が増えそうで今週はデートに行くことにした。
 来月には期末試験もあると言うのにいいのだろうか。高校三年生と言えば、そろそろ受験勉強が山場を迎える頃、デートなんてしてる場合では無いのに…。
 葵は取りあえず知識のかてになれるような場所へ行く事にした。

 洗面台で顔を洗い歯を磨き、サっと髪を整えると、着て行く服を選んだ。正直あまり美に関心が無い。おかげでスーツ以外は微妙だと自分でも思う。適当に服を選び着替えると、玄関を出て待ち合わせの場所へと向かった。 

 待ち合わせの場所は、地元からかなり離れたターミナル駅にした。
 女子生徒ではないし、そこまで警戒する必要もないが、用心するに越したことは無い。待ち合わせの場所が近付くと、やけに目立つ男が美貌を振りまいていた。
 黒髪に似合う白いインナーを着て洒落たブレザーを着こなし、キラキラと光輝くエフェクトまで見える気がする…。
 いやはや、クラスの女子どころか、どの年齢層にも人気がありそうだと、見れば見るほど皮肉しか浮かんでこない。
 
「悪い遅くなった」

 声をかければ、ほわっと笑顔を見せ、兎野は頭を横に振った。

「そんなことない、まだ約束の時間前だよ。で、何処行くの?」
「科学館」

 怪訝な顔をされて、兎野に首を傾げられた。

「……デートなのに?」
「デート≒お勉強」
「今時はデート≒ホテルだよ」
「俺は古いタイプの人間です。今時の常識は知りません」

 馬鹿なことを言う生徒を無視し、さっそく電車で目的の場所まで移動することにしたが、休みの日ということもあり、電車内も人が多く混んでいる。取りあえず扉付近に立った。
 兎野は葵の目の前に立つと、広い胸板を目の前に晒した。

「兎野って何かスポーツしてる?」
「特にはしてないよ」
「へぇー、してないのに…」

 そこまで発言してから口を閉じた。高校生の体を褒める教師…、あまりいい感じはしないな。と考えクルっと兎野に背を向けた。
 窓に映る彼が微笑み、ピタリと背後に引っ付いてくると、軽く首筋に息が降り注がれゾワリと産毛が立った。

「先生身長いくつ? 歳は?」
「170cm、24歳」
「へぇ、24歳…。7つ差か」

 そう、7つも年上の男に君はおかしな感情を抱いてる。そろそろ目が覚めてもいい頃だぞ?とガラス越しに兎野を見つめた。
 ここは教師らしく、当たり障りのない会話を提供しようと受験の話をした。

「それにしても、余裕だな…卒業まで後4ヶ月ちょっとしかないのに遊んでていいのか?」
「やるべきことはやってるよ」
「何処の大学受けるんだ?」
「N大。勉強を見てくれてる先生がそこの出身なんだ」
「へぇ、名門中の名門じゃないか、だったら最初から、そっちの付属高校に入れば良かったのに」

 兎野は少し頭を傾けガラス越しこちらを見ると。

「どこの高校に入っても同じ」

 最終的に何処に辿り着くかは、努力次第だと兎野は力強く言い放った。なるほど、学年トップなのは伊達じゃないなと改めて感じる。

「先生が高校の時どうだった?」
「俺? そうだな…、必死で勉強してたよ。お前見たいに余裕なんか無かった気がする。睡眠を削って暗記を繰り返したな…」
「恋愛とかしてた?」
「全然だったな~」

 ふーん。と少し考えた後、兎野は何かを思いついたかのように口を開いた。

「先生って初恋はいつだった…?」 
 
 嵩原な気がするが、恋では無かったと判明したばかりで、初恋と宣言するには少し違うと思った。
 そこまで考えて、自分は、もしかすると恋をしたことがないのでは?と一つの結論が出た。

「ねぇ、初恋は?」

 黙っている自分に執拗に問いかけてくる。馬鹿正直に初恋は『まだ』なんて言うと、いい年した大人が恋すらしたことが無いのかと、馬鹿にされそうで引かれそうだと思った。
 でも…?引かれた方がいいかも知れない。少しでも興味を失ってくれるなら、その方がいい。

「先生、答えて初恋」
「……初恋は、まだ…のような気がする」
「ホントに?」
「多分、恋したことが無い」

 後ろからグっと手を握られると

「じゃあ…、俺が先生の初恋の相手になるんだ…?」
「…まあ、好きになれば…そうなるかな」
「それは…凄く…うれしい」

 耳元に熱のある声が響いた。むず痒いと思う反面、いっそ蜂蜜風呂にでも浸りたい気分だった。
 甘い雰囲気にどうすればいいのか分からない。引かれると思ってたが、逆効果だったのか?兎野は口元を緩め、葵の耳朶に触れるか触れない距離まで顔を近付けると。

「ねぇ…先生、早く…俺を好きになって」

 その声と言葉にクラリと脳が揺れた。
 さっさと振り払わなくてはいけない手を、ずっと解けないままでいる。そして頭の中のリフレインは結婚式の鐘の音だ。

――いやいや…。鳴り止んでくれ鐘!

 やっと我に返り、サっと手を引っ込めた。じわりと熱が残る手の甲が徐々に冷めていくのを感じ、どうかしてると自分でも思うのに、温もりが消えるのは勿体無い気分がした。

 そして後悔と言う文字が浮かび上がった。自分はとんでもない約束をしたんじゃないだろうか。0%が1%になるだけだって?誰がそんなことを言ったんだ。今ので10%近くは持っていかれた気がする。
 考えてみれば、恋愛経験がまったく無い自分と兎野では、兎野の方が断然有利だ。気を引き締めないとあっと言う間に100%にされる。目と目の間に力を入れ、頬にパンっと平手で気合を入れた。

「よし、降りるぞ…」
「了解」

 目的の場所まで言葉少なめに移動した――――。


 科学館へ到着し色々見て周るが、同じ分野に長けている同士だと結構楽しい物だと感じる。小学生レベルの実験コーナーだが、初めて理化学に興味を抱いた日のことを思い出し、頬が緩んだ。
 つまらなさそうに隣で化学実験のオモチャを動かす兎野が口を開くと。

「最初に会った時から思ってたことがあるんだけど…、先生、すぐ怯えるよね」
「……」
「なんか理由あったりする?」
「んー…、単純に自分より体格の大きな人が苦手なだけだよ」
「…もしかして…何度か襲われたことがある?」
「子供の頃はな、って何で分かる…」

 ふっと短い息を吐くと彼は、近くの壁にそっと凭れ掛かり。

「そっか、たぶん、先生は社交不安障害だと思う。重度では無いにしても見下ろされた時、極度の緊張を発する。瞳孔が開き目尻の筋肉が硬直して、少し血流が悪くなっているのが見て取れる。本来だと14歳~16歳までには克服出来るんだけどね、出来ないまま大人になったんだね」

 兎野は腕を組み冷静な顔で淡々と述べると、克服した方がいいと言うが、
別に大丈夫だと伝えた。

「克服すると俺が興味を無くすから、勿体ない?」
「は、…はぁっ?」
「だって、俺は先生の怯えた顔をずっと見ていたいし、自分の物にしたい…、克服したら俺が離れていくと思って克服出来ないのかな~って」
「そんなこと、あるわけないだろ」

 克服するような物でも無いと思っていた。それ以前に病気だと思っていなかった。

――社交不安障害…。
 
 葵が考え込んでいると兎野は話を続けた。

「思春期には多い病気だと思うよ。自覚がない人が多いけど、自分は他の人とは違うと認識したりすると、周りの視線は一気に攻撃に変わるから怖くなるんだ」

 兎野はそう言って真剣な顔をして見せると、医者を目指してるのは、一人でも多くの悩みを解消する為だと言い。 
 彼の優し気な視線に、思わず『克服しようかな』なんて返事をした――――。



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