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~Main story~
07.平和
しおりを挟む街並みはいつもと変わらない。街路樹を見れば、黄金色に変わる木の葉に、昇ったばかりの日の光があたり、季節の移り変わりを感じる。
人は皆それぞの思惑を胸に乗せ、学校へ登校する人間もいれば会社へ出社する人間もいる。葵のように変態に告白されて悩む人も…。
――そんなヤツは、俺くらいか…。
過去これほどまでに、学校へ行くのが嫌だと思ったことは無い。小学校の時だって注射が嫌いだったのにも関わらず、ちゃんと学校へ行き予防接種も受けた。なのに大人になってから、こんなにも学校に行きたくないと思うことになるとは思っても見なかった。
取りあえず、気をしっかり持ち教師の威厳を保つことだ。と久々に強く拳を握った。
校内に入り職員室へ足を運ぶ、先生方に挨拶を交わし、自分の席に着くと授業の確認をした。今日は合同授業も含め、三年に授業が無いことが分かり、少し気が楽になる。いつものように朝礼を終わらせ、ペアを組んでいる藤山に今日の授業内容の確認をして教室を出た。
――…この中庭通るの怖いな…。
ビクビクしながら、この通路を通るのは葵くらいだろう。辺りを慎重に見回しながら通り抜けると教室に入った。
シンとする教室、挨拶が反響し椅子が様々な音を奏でる。
正直好きじゃないと、なかなか覚えるのが面倒なのが化合物と元素、その道に進みたいなら分かるが、普通にサラリーマンやOLになるのなら、然程必要ではない分野だと思う。
このカリキュラムを受けている生徒たちは、皆、理系を活かしたその分野のどれかの道に進みたいと考えているだろう。
自分は大学で研究員になるか、どうするか悩んだが、結局は教員を選んだ。もちろん、それは間違いだったと昨日思った。
まだまだ、未来を選ぶことが出来る一年の生徒を見ながら、将来を間違えないように、決して変態に目を付けられないよう祈るばかりだった。
無難に授業を終えると教室を出た――――。
授業の間もずっと気になっている、あの変態男のことが…。気にしたくも無いのに、それは脳に焼き印でもされたかのように消えてくれない。隣の席にいる金田にそれとなく兎野の話をした。
「あー、兎野は出席日数足りてます?」
「え? そう言えば、ギリギリでしょうね」
「そうですか」
不思議な顔をしながら、金田が自身の髪の毛をクルっと指で摘まみ口を開く。
「葵先生が兎野の心配なんて…、どうかしたんですか?」
「いや…、この間、相談に乗ったので…」
「ああ、そう言えばそうでしたね」
机の教材をパラリとめくり、頭の隅から追いやろうと思えば思うほど、兎野の顔が浮かびあがる。
葵のことで気まずくなろうが、出席日数が足りなくなろうが関係ないはず。結局、あの日も、よく分からない告白を受けただけで…、とそこまで思い出すと両腕で自分で抱き、ぷるぷると頭を振り頬を横に揺らした。
――何が従わせるだ、やめやめ、もう考えるな!
ふと、チラチラと金田が視線を送って来るのが気になり、視線を受け止めた。
「葵先生、気になってたんですが…、それ、ご自分で切りました?」
ああ、この不格好な前髪が気になっていたのかと、その視線の理由が分かり、目線を上にあげて自分の前髪を覗いた。金田からクスっと鼻を抜ける笑いが聞え、葵は「これ変ですか?」と確認して見た。
「少しだけ、斜めになってますから」
自分は気にならないが、金田の笑みを見て、整えた方が良さそうだと感じた――――。
放課後ハサミを持ってトイレでカットを試みる。職員室の隣にある洗面台の前で改めて前髪を見ると、確かにナナメになっている。
だが、一直線に切るのも変じゃないだろうか…。どうすべきなのか正解が分からないまま、取りあえず前髪を持ち水で濡らし、真直ぐ切ろうとハサミを構えた所で藤山が呼びに来た。
「葵先生、ご指名ですよ」
「?」
「あの生徒」
「…まさか、兎野ですか?」
コクっと頷かれ、寒気がした。
ハサミを下に置き、深い息を吐くと洗面所で顔を洗った。
何度洗っても疲れた顔が見える。結局、逃げる術は自分が学校をやめるしかない。葵はあきらめて潔くトイレから出た。
「先生、きて」
「? …ちょ、っ」
いきなり腕を取られ引っ張られる。葵は思いっきり踏ん張ったが、無駄な体力を使っただけだった。
化学室のある専門棟と、それを繋ぐ連絡通路の間に、ちょっとした隙間があり、辺りを確認すると葵の手は解放された。
ズイっと目の前に立ちふさがる男の顔を見上げると、ポスっと葵の肩にバランスのいい顔と頭が落ちて来る。
教師と生徒がこんな所で…。そこまで考えて男同士なのだから、別に人目を気にする必要はないことに気が付き、思わず馬鹿らしくなった。
「兎野、俺の気持ちとか考えた事あるのか? こんな勝手な行動ばかりして、まずは俺に承諾を取ってからだろ」
「わかった…」
「あと、ああ、そのーなんだ…」
――自ら地雷を踏むのか……。
「従わせるとか抱くとか…、そういう…」
「出来れば…シたい…いい?」
「…いい…。っわけない!」
しおらしく言われ、うっかり頷きそうになった自分がいた。
「どうすればいい?」
「どうすればって…、そんなこと言われても…な」
「先生が俺を好きになったら? そうすれば、従って跪く?」
凄い男だと感じた。普通、こんな変態発言を口に出せば、引かれるかも知れないと考えて発言を躊躇するのに、堂々と宣言出来る精神力と、怯まないこの態度に思わず敬意を表したくなる。
「兎野は……俺のこと好きじゃないんだろ…?」
溜息と同時に、そんな言葉を兎野に改めて言う。彼はコクっと頷くと。
「好きとは違う」
葵は肩を竦め、だろうなと肯定の言葉の代わりに、細々と息を吐いた。だいたい好きだと思う相手に、そんな発言出来るわけがない。
葵は兎野を見つめ否定の言葉を口にした。
「兎野? 俺ゲイじゃないって言ったぞ…」
「問題ない、好きになってもらえたら、そこはクリアできるから」
「お前が俺を好きじゃないのに、俺がお前を好きになったら…、俺は可哀想だろ」
「そうでもない、こんな不思議な感情誰にも抱かない」
そよそよと流れる風、辺りは下校を知らせるようにシンと静まり返っている。そして目の前の男子生徒は、涼し気な顔を見せながら、教師に向かって変態発言を繰り返す。
実際、一般的な男子の頭の中はソレやアレで埋め尽くされている。それが変態か変態でないかの差、発言するかしないかだ。葵は大きく息を吸い込み、最終確認をすることにした。
「確認なんだが…、お前は本当にどうしたい?」
「取りあえず、従わ…、ん、好きになってもらいたい」
――今…、明らかに従わせたいって言いそうになっただろ。
「俺、SMとか無理だ…」
「先生…いやらしい」
「お、お前が言うなよ! だいたい従わせるって、そういう感じだろ…?」
「ん…、違うと思う」
取りあえず、変態発言がSMのような感情を持って言っているわけでは無いことが確認出来ただけでも良かった。
いや、良くは無いが、考えてみれば、自分が兎野を好きになる可能性はゼロに等しい、それなら…。
「わかった。お前を好きになれば従う」
「……本当に!?」
「約束するよ、だから今後、勝手な行動はしないで欲しい。必ず俺に承諾を取ってからだ」
「了解」
これで平和に過ごせる――――。
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